第13話、眼鏡の男
金属が軋む音が聞こえてくる。
……この音は!
そこでベッドから飛び起きた。
見れば自室の鉄格子が上がっている最中だった。今は鉄格子が上がる時間、つまりもう朝なのか。
ファーストステージに潜ったのがだいたい昼過ぎであそこにいたのは三十分くらいだったろうから、かなりの時間睡眠を取ったことになる。しかし時計が無いのは不便だな。
そんな事を考えていると、大きな欠伸が出たので口を手で押さえる。
あれっ、そう言えば右手の痛みがない。
見れば左手には全ての指が引っ付いているし、両足も元通りに戻っている。これはステージが終われば、傷が完治し元通りになる事を意味していた。ここら辺の設定はゲームと全く一緒か。
回復薬とかに無駄なお金を使わなくて良い事に一先ず安心する。あとはソラがクリア報酬でいくらGを稼げたかだな。
いや、それより秋葉さんだ!
朝一で部屋を見て回れば会えるかも!
しかしまたしても秋葉さんの姿は見当たらなかった。もしかしてゾンビになってしまっているのでは。そんな嫌な予感が頭をよぎる。
えーい、考えてもわからない。もしかしたら朝一で外に飛び出しているかもしれない。とにかくソラの部屋へ行こう!
部屋へ着くと、彼女は今起きたばかりのようで呑気に欠伸なんかしている。
人の事言えないか。
「お兄ちゃ~ん、おはよ」
ソラはこちらに気付くと、久々に笑顔を見せてくれた。
俺たちは今まで緊張してまともに寝ていなかったので、強制的とはいえ長い時間の睡眠は、心に十分な休息を与えてくれたようだ。
そして確認したところ、ソラは十万Gと称号『無傷の生還者』を手に入れていた。
なんにしてもよかった、これでソラは潤滑油を購入出来る。
しかしゲイリーはヤバかったな。あんなの地図が無ければ何をヒントに宝玉なんて見つければいいんだ?
そして最初にクリアした奴は地図なしでそれをやってのけたのか。凄いやつがいるもんだ。案外そいつに任せてれば、あっという間にゲームをクリアしてくれるかもしれない。
ただ任せるにしても、結局G稼ぎでどこかのステージには潜らないといけないが、地図があったとしても流石にゲイリーの所をマラソンする気にはなれない。
それこそシンジのように他人を平気で蹴落とすぐらいではないと、一人では直線で捕まる可能性が極めて高いだろう。
そうなると他のステージをプレイしなければならないのだが、まだ攻略されていないステージ3は未知すぎて挑戦するリスクが高ぎる。
しかしステージ2なら必ず誰かクリアした奴がいるはずである。ファーストステージでの失敗を繰り返さないためにも、とにかく情報を手に入れるのだ。
あと秋葉さんの安否も気になる。あの人は知る人ぞ知る人物だから、もしかしたら目撃情報くらいならあるかもしれない。
それから俺たちはアイテムショップに行き潤滑油を無事に購入すると、そこでソラと別れた。最初ソラは同行出来ないのなら見送ると言い張ったのだが、他人の目がある中で見送りにだけ行くのはいらぬ騒ぎを起こす可能性がある事を話し、まだ何か言いたそうにしていたソラをなんとか自室に戻した。
そういう事で、俺は情報を求め一人で第三の門まで行く事に。そして門の場所に到着したのだが——
なんだ?
なぜ一人もいないんだ?
見渡す限り、どこにも人の姿が見当たらない。
危険をおかしてまで挑戦する者が少ない、と言う事なのだろうか?
既に挑戦している奴がいたとしても、すぐに順番待ちが来る状態、攻略を目指す奴等が少ないと言う事である。
軽い目眩を起こしながら気持ちを切り替え、第二の門へと向かう。
もしかしたら俺と同じ考えで第二ステージをマラソンしようとしている奴がいるかもしれない。そいつを見つけ出し情報を売って貰うのだ。お金やアイテムの譲渡が出来ることは先ほどソラで実証済みだ。
もし見つからなかったり、交渉決裂の場合はゾンビから逃げて……いや、ソラのためにもGは稼がなくてはいけない。その時はゲイリーだ。
そこでゲイリーの大柄な巨躯が、覆いかぶさってくる場面がフラッシュバックする。
……くそったれが!
第二の門に着くと、こちらは人がいないなんて事はなかったが、やはり最初の門と比べると少ない。
やはりみんな、俺と一緒でクリアする気がないのか?
辺りを見回している間に、門の先の霧へと進む人たちでここにいる人数がどんどんと減っていっていた。
不味い、早く情報を聞き出さないと!
いや、それより仲間探しが先か?
そこで周りのプレイヤーにやたらと大声で話しかけている、ダサい黒縁眼鏡の奴がいる事に気がつく。
他人の腕を掴むと上下に振りながら話し掛けるそいつの周りには、自然と人が遠退いていくためちょっとした広場が出来ている。
しまった、そんな面倒臭そうな奴と目が合ってしまった。目を逸らすが既に時遅く、こちらに向かい歩いてきている。
「君も頑張ろうな! 」
仕方ない、こうなったらこいつに聞いてみるか。しかし近くで見るとでかいな。
180ぐらいはあり細身で前髪を真ん中から分けている眼鏡は、紺のスーツにネクタイなんかしている如何にもリーマンの姿に身を包んでいた。
「あの、秋葉さんって言うリュック背負った人、知りませんか? 」
「君は、あの廃神アキバの知り合いなのか? 」
秋葉さんのその名を知っているという事は、ある程度ホラーホラーをプレイした事がある人のようである。
「まぁ、ちょっとした」
「彼ならこのサーバーのファーストステージをクリアした攻略組の一人だ。しかしほんと、あの人がこのサーバーで良かった」
秋葉さんがクリア、流石だ。
「多分第三ステージかこの第二ステージに潜ってるんじゃないのかな」
ん?
「どういう事なんですか? 第三はわかるんですけど、第二ステージって、ここはもうクリアされたんじゃないのですか? 」
「それが真のクリアが出来てないんだ。だから次のステージで足止めを喰らってるってわけさ」
今までのシリーズでもあったが、ただクリアするだけでは次のステージの途中で進めなくなる事があった。そんな時は前のステージに戻り、何処かに隠されたキーアイテムを見つけないといけなかった。
「なるほどですね、それで何が障害になってるんですか? 」
「今回は鍵さ。ステージ3が始まって少し行くと扉があるんだが、どうやらそこにあるブレーカーを上げないといけないみたいなんだよ。そしてそこには鍵がかかっている、お手上げ状態って奴だ」
つまり攻略組も、わざわざ第二ステージまで戻ってきていると言うわけか。
「それより廃神アキバの知り合いとは心強いな。私は庵馬だ、よろしく学君」
なんで俺の名を?
すると庵馬はクイっと眼鏡を持ち上げた。
「なんで知っているんだ? って顔をしているな。タネはこの眼鏡さ。このステージを直接クリアした者のみが与えられるアイテム「覗き眼鏡』のおかげで、プレイヤーの名前と称号を見ることが出来るんだ」
眼鏡はこのステージのクリア者なのか、それなら話が早い。情報を聞き出すのみならず、一緒に潜って貰えるかもしれない。
そこで見回すと、俺たちを含め周りの人が殆どいなくなっていた。
「おっと俺たちで最後みたいだな。じゃ、あまり者同士仲良くしような! 」
そして眼鏡がボッチな奴らに話しかけ、あっという間に五人が揃った。
眼鏡を先頭に残りの四人がぞろぞろとついて行く。
「庵馬さん、ここってどんなステージなんですか? 良ければ前もって色々と教えて貰えないですか? 」
「あぁ、ゲイリーでうんざりしたタチだな。安心しな、スタート付近は大丈夫なとこなんだ。だから詳しくはステージ内で話すが、簡単に言うならここは、呪いのステージだよ」
そして俺たちが霧の中へと足を踏み入れると、あの耳障りなザザッというノイズが走った。




