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【短編小説】あいぼうロボット

作者: 青いひつじ


あいぼうロボット。それは、もうひとりの自分であり、なにものにも代え難い親友のような存在であり、あなたに新しい気づきをくれるパートナーである。



男は、最近買ったアンティーク調のコーヒーテーブルにトランプと焼き菓子を並べ、配達員がやって来るのを楽しみに待っていた。時刻は午後3時50分。要望の欄には、4時ぴったりに届けるようにと書いていた。当然、今回も4時ぴったりに届けにくるだろうと、男は優雅にその時を待っていた。どうしてそんなことが分かるのか。これまでの配達員たちは、男の要望した時間ぴったりに届けてきたからだ。男の気の短さは配達員たちの中でも有名であった。

指定時間ぴったりに届かなければ、普段の紳士的な姿から豹変し、たちまち炎を纏った鬼と化するのだ。

しかしこの日、短針が4をさしても配達員が来る気配はなかった。秒針の音が響く部屋の中。男の右足は小刻みに振動を始め、沸々と沸騰するヤカンのように首から徐々に赤く染まっていった。



5分を過ぎた頃。家のチャイムが鳴り、男は鼻息を荒げ立ち上がった。ずんずんと玄関に向かい勢いよく扉を開いた。そこには若い配達員と、その横に彼と同じくらいの高さのダンボールがあり、男はやはりと思った。男の様子を察した配達員が慌ててなにか言おうとしたが、それを遮るように声を放った。


「おいお前、遅いじゃないか!要望の欄を確認していないのか。まったく、これだから新人の配達員は使えない。今後私の家にはベテランの配達員を手配するように伝えておけ!お前は2度と顔を見せるな!」


男は思いつくかぎりの罵声を浴びせると、配達員から品物を奪い取った。そうして最後の一撃をあたえるように、わざと音を立ててドアを閉めた。こうすることで男はだいたい満足する。迎え入れたダンボールに嬉しそうに両腕を回すと、浮かせてリビングまで運んだ。

この時にはもう、男の気分はほとんど元に戻っている。熱々のヤカンが水に当てられ冷めていくように、男の気分も急速に変化するのであった。


「はぁ、やっと届いたか。私はこの時をずっと待っていたんだ」



男が待っていたのは、"あいぼうロボット"

外国で開発された、独居者のためのロボットだ。最近になり日本に輸入され、それを知った男はすぐに予約した。"あいぼうロボット"とは、自分とまったく同じ性格のロボット。自分のいちばんの理解者であり、親友のようであり、家族のようでもあるという。

友人と呼べる相手のいない男にとって、寂しさを埋めるのにもってこいの代物だ。

少し値が張るが、これからの寒さをこの部屋でひとりで超える辛さに比べれば、取るに足らない問題だった。男は独り身で、金を使う相手もいない。そうしてついに、念願の"あいぼうロボット"が男の家にやってきたのだ。


男は鼻歌を奏でながら、頑丈に巻きついたガムテープを切った。開くと、中には梱包材で守られた人型ロボットが入っていた。触れてみると、肌はまるで、本物の人間のように柔らかかった。頬を伝う血管や目元のシミまで、細かく作り込まれている。シンプルなシャツにデニムを履くその姿は、まさに男そのものだった。

梱包材の間に小さな冊子が挟まれていた。表紙には、〜あなたも知らなかったあなたに出会える〜あいぼうロボット。と書かれている。このロボットを操るための説明書だったが、男はそれをパラパラとめくるだけだった。


「なぁにが、あなたも知らなかったあなたに出会えるだ。所詮はロボット。黙って私の話を聞いてればいい」


ロボットを取り出すと、優しく床に寝かし、電源スイッチを探した。腰のあたりにあった緑色のボタンを押してみるとピーと機械音が鳴り、数秒かけてロボットが瞼を開いた。ゆっくりと上体を起こすと、男を見つけ、口を開いた。


『私はナンバー256です。あなたは?』


流暢に話すロボットは声こそ似てないものの、口調は男にそっくりだった。


「私はこの家の家主だ。今日からどうぞよろしく頼むね。自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ」


『そうですか。それではお言葉に甘えて。そちらのトランプは?』


「お!トランプ好きか!さすが私にそっくりなロボット。ぜひお手合わせ願いたい」


男は無類のトランプ好きだった。いちばん好きなのは真剣衰弱。男の記憶力が活かせるゲームであり、相手がいなくてもできるゲームだからだ。

神経衰弱は見事、引き分けに終わった。同じ記憶力を持つ相手との戦いは簡単ではなく、勝負は白熱した。


「いやぁ。こんなに楽しいゲームは久しぶりだよ。もう一戦!」


この日、男とロボットは食事も忘れ、朝方までトランプをして過ごした。



ロボットが来てから1ヶ月が経った頃には、男はロボットがいない生活など考えられなくなっていた。細部まで気を配る性格から、ロボットは料理も得意だった。乾いた洋服にはシワひとつない。食器もいつもピカピカだった。

同じ性格であることから、何をされたら嬉しいか、お互い手に取るように分かった。反対に、相手が嫌がるようなことはしなかった。N極とN極が近づきすぎると強い反発を起こしてしまうことを、男はよく理解していた。




快適に暮らしていたある日のことである。

トイレの扉を勢いよく開いたロボットは、顔を赤らめ、男にずんずんと近づくと突然怒りだした。それは、音のなかった海がいきなり大荒れになり、津波を起こすようにあまりにも急な出来事だった。


『ずっと言おうと思っていたんだが、トイレットペーパー。君は自分が交換したくないから、いつもギリギリで止めて、その役割を私に押し付けているのだな』


「そ、そんなことはないさ。考えすぎだよ。たまたまさ」


『それに食器洗いや洗濯物も。自分は仕事をしているからと言って、全て私に押し付けてくる。私は都合のいい召使いではないぞ』


「そんな召使いだなんて。そんなこと思ってないさ。そうだ、それなら今日は私が料理を振る舞おう。君は座って待っててくれるだけでいい」


なだめるような男の言葉に、真っ赤になったロボットの顔は普段の色を取り戻していった。男にはなぜそこまでロボットが怒っているのか分からなかったが、料理を作り終えた頃には機嫌はすっかり元に戻っていた。



それからしばらくは、男が料理を振る舞った。ロボットはそれをご機嫌に見守っていたが、時々以前のように怒りだし、思いつくかぎりのひどい罵声を浴びせることもあった。


『お前、7時には帰ってきて晩御飯を作ると言っていたよな?約束も守れないのか。まったく、これだから人間は使えない』


これには、さすがの男も頭にきて言葉を返した。


「お前、誰に向かって口きいてるんだ。誰のおかげでここに居られると思ってるんだ!お前なんて電源切って、ごみ収集所に持っていけば終わりなんだぞ!」



ふたりの言い合いは深夜まで続いた。言い合いが続いたのはこの日だけではなかった。ロボットは思い通りにならないと突然怒りだし、男に罵声を浴びせた。お互いくたくたになり、電池が切れたように床に転がり眠る日もあった。そんな日が続き、2ヶ月が経つ頃、男の心と体は限界を迎えようとしていた。




太陽が雲に隠れる朝。男の家のチャイムが鳴った。時刻は7時。こんな朝早くに誰だと、パジャマ姿のまま玄関に向かい、扉を開いた男。立っていたのは、きれいな黒のスーツに身を包んだ、20代前半くらいの男だった。真っ直ぐ背筋を伸ばし丁寧にお辞儀をすると、ハキハキとした口調で話し始めた。


『おはようございます!私は、あいぼうロボット株式会社の営業を担当している者です。本日は、受け取りに参りました』


「‥‥?なにを言っている」


『昨晩ロボット側から、あなたとは一緒に暮らせないと我々に連絡があったのです。これは規定ですので、あいぼうロボットは回収させていただきます』


「突然やってきてなにを言うんだ。そもそも迷惑していたのはこっちの方だ!あいつのおかげで心も体もボロボロだ。それに、ロボットが人間を嫌うだなんて、そんな馬鹿げた話があるか」


『えぇ、ですので私たちも驚いているのです。これはまったく、初めてのケースです』


「あぁいいさ。とっとともってけ。なにがあいぼうロボットだ、くだらない。こいつは自分の思い通りにならないとすぐに怒りだす。こんな奴と誰が仲良くできるものか!どうせこんな性格のロボットは、友人もできず、周りから厄介者扱いされるだけだ。こんな奴こっちから願い下げだ」


受取人は、はぁと困った表情を見せた。


『そうでしたか。しかし、このロボットはあなたそのものですからね。私からはなんとも』


その言葉に男はハッと目を見開き、受取人の男はにやりと笑みを浮かべた。


『あなたも知らなかったあなたに出会えたようで、なによりです』





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