迷い猫と神社
「こらぁ!」
閑静な住宅街に怒声が響く。同時に一匹の猫が魚を咥えて人々の足元を駆け抜けた。近所でも有名な泥棒猫であり、商店を営む人々から嫌われている猫だった。
魚を盗まれた八百屋の主人は猫に追い付くと、彼をしたたかに打ち据えようとする。猫は魚を諦めると塀の上へと飛び乗り逃げていった。
「まったく」
主人は忌々しそうにそう呟くと、店へと戻っていった。
当てもなく逃げた猫はやがて広場のような場所で倒れてしまう。
「おやおや、これはこれは」
そんな猫に誰かが近付いてくる。猫は逃げようとも考えたが、しかしもうあちこちを逃げ回るのにも飽いていたので結局は立ち上がらずにそのままそこで寝転がっていた。
すると近付いてきた人物は猫をひょいと抱き上げた。抱き上げられた猫が驚いて目を開いて周囲を見てみると、そこは神社の境内であることが分かった。有名な神社ではないのか、抱き上げている人物以外には人気がない。
そのことと、自分を運んでいる人物には敵意がないことを理解した猫は、安心してゆっくりと目を閉じた。
「神の手に抱かれる栄誉に与りながら寝るとは、なかなかにふてぶてしい猫じゃなあ」
その人物は手の中の猫を撫でながらそう呟いた。
それから幾歳かの歳月が経った頃。
神社には連日人が集まるようになっていた。
神社に来た人々は参拝もそこそこに、神社に住む猫に餌をやり、可愛がる。
参拝客に撫でられて、その手から餌を頬張る猫を見ながら、あの日猫を抱えた神は誰にも聞こえない声で一人呟く。
「まったく、猫の方が有名な神社とは、神としてはやりきれないのう」
どこか得意そうに猫はにゃあと鳴いた。
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