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9.捧げられた呪い


 ヨランの複雑な心中とは裏腹に、ナーナは幾分かすっきりした顔で過ごした日々が、早くも数日経過した。

 本館の見合いも順調であるらしく、時折作戦会議だと飛び込んでくるテトスが救いだと思うなんて考えもしなかった。

 その時間だけは、変に気負わずにナーナとも会話をすることができたのだ。

 見慣れない制服以外の姿に挙動不審になったり、普段では見ることのなかった様子を目にして物思いをしたりもない。そのたびに物珍しいだけだと自身に言い聞かせることもない。

 平和だった。


 どうにかこのまま穏やかに終わってほしい。

 そう願えば、叶わないのが道理なのか。ヨランの願いはあえなく消え去った。



「呪いの品が贈られたんだが」


 ヨランは眩暈をこらえて、朝早くに別館へとやってきたテトスの手元を見た。手のひらよりやや大きいくらいの小箱がある。


「そう、がんばってね」


 そっけなく答えたナーナが、部屋で優雅にお茶を飲む。どういうわけか、ヨランの部屋ではなくナーナの部屋にテトスはヨランを連れてきたのだ。

 いわく、「兄妹間の交流だといえば通いやすいから」らしい。それが本当かはともかくとして、部屋の机に小箱を置いたテトスは腕を組んでナーナを睨んだ。


「俺じゃない。ジエマさん宛だ。どうやら見合い相手の一人が思いつめた結果、これを贈ったまでは吐かせたんだが」

「終わったことじゃない」

「話を急かすな。ちゃんと聞け」


 空いた椅子に腰かけて、ナーナのほうへ小箱を寄せる。


「触れた瞬間から、時間経過で効果が出るやつらしくてな。人魚にまつわる宝らしい」

「えっ」


 ヨランが声をあげれば、テトスは意味深にうなずいた。


「贈った相手と添い遂げないと溶ける呪いらしいぜ。三日だ。できるか」

「……いつ触ったの」


 ナーナがカップを置いた。声音は硬く、顔つきが一気に真剣なものへと変わる。


「昨日の夜中らしい。朝、ジエマさんの具合が悪そうでな。それから俺が犯人をふんじばって明らかにさせた。今はお母上が他の奴を帰らせて、お休みになっている」

「姉さんが」

「安心して、すぐにやるわ」


 ヨランを安心させるためか、肩に手が触れる。ナーナの手が数度励ますように、とんとん、と触れてから離れた。

 それからナーナが姿勢をただすと、指先を小箱へと向ける。淡く瞳が輝く。今まさに小箱にかけられた魔法を読んでいるのだろう。

 何かを読むように指先がさまよう。視線が動き、ぽつぽつと言葉が漏れる。


「刻限。変化。水溶。成就……ちょっと複雑で古い文字、かしら」


 しばらくして、ナーナが手を戻してテトスへと顔を向けた。


「私がいて、よかったわね? たくさん感謝しなさい」

「するする。必要なものはあるか」

「まずはさらに魔法の構築式を解析するから……そうね、昼にまた来て。甘いものは欲しいかも」

「おう。ヨラン」

「はい、すぐに手配します」


 腰を浮かしてヨランは返事をする。

 予期しない問題に、気まずさも何もない。

 部屋を出ると、慌てたように家の使用人から「ジエマ様が」と報告を受けた。

 テトスの行動の速さで知っているといえば、納得の顔をされた。ここ数日の滞在で、テトスはすでに何度かやらかし、すっかり認知されてしまっている。

 それがいいのか悪いのかはともかく、ヨランは本館に向かって取り乱しているだろう母親のもとへと急いだ。


 本館は、蜂の巣をつついたような騒ぎが広がっているかと思ったが、静まり返っている。

 案内された一室では、憔悴した様子の母、マイラが力なく椅子に座っていた。


「母さん」

「ああ、ヨラン。ジエマが」


 部屋のベッドには、すやすやとジエマが眠っている。まるで何も起きていないようにまどろんでいる。


「今から解呪を請け負う魔法使いに頼むなんて、間に合わないわ。どうしてこんなことに」


 途方にくれたマイラの顔は、いつもよりもずっと老けて見えた。家をきりもりする力強さがすっかりなりを潜めていた。


「チャジアさんが、どうにかすると仰っていたけど。どうなの、ヨラン。期待して本当にいいの」

「それは、わからないけど。でも、力を尽くしてくれるはずだよ」

「そう、そうよね。チャジアさん、この子のために犯人をすぐに見つけてくれたから。もしかしてって思って」


 ジエマの手を握りこんで、はらはらと涙を流すマイラに、ヨランは根拠のない「大丈夫」を何度か伝えた。今欲しいのは気休めでは決してないけれど、それでも安心は少しなりともする。

 涙がようやくとまった相手に、ヨランはおずおずと頼み込んだ。


「あの、母さん。こんなときにだけど、用意してほしいものがあって」


 マイラはいぶかしげにだが、それでも甘いものは心を慰めるとの言い訳に、下手な笑顔を作って許可を出した。用意されたものからマイラにもと勧めてみる。

 そうして、おずおずとヨランはこれから行うことについて、説明をした。







 あわただしく媒介に相応しい物を取ってくると出かけたテトスを見送って、しばらく。

 ヨランも本館に様子を見に戻ったのだろう。まだこちらに帰ってくる気配はない。

 ナーナは小箱を前に、腕を組んだ。

 中身を開けてみたが、鱗の模様が入った空き瓶が一つあるだけだった。他にはなにもない。

 瓶は青から緑へと色が変わる硝子製のものだ。壊れないように保護の魔法もかけてある。


(久しぶりにこんな気合の入った魔法道具を見たわ。学園で見つけた、呪いの王笏以来かしら)


 呪いに使う代物でなかったら、どんなに心躍ったことか。

 悪意をもって行使する魔法のことを、呪いという。どこの国でも、世界規模で禁忌扱いされている犯罪だ。

 大昔は、もっと境目が緩く、今ほど厳しく分類されていなかったらしい。おそらくその頃の産物なのだろう。


(恋愛の成就なんて、お守りみたいな効能で抑えておけばいいのに。強制は不毛よ)


 そこまでして手に入れたいと恋願われるとは、ジエマは罪作りである。

 しかしのんびりしてもいられない。昨夜に触れたとしたなら、刻限は二日後の夜だ。

 ナーナがいくら普通ではのぞけない魔法構築をのぞけても、ひとつひとつ魔法をかけなおすのは骨が折れる。

 のぞいたときに確認した魔法を構成する文字はおびただしい量だった。強固な条件付けを幾重にもしている構築式は、安易な改変を許さないという執念さえ感じる周到ぶりだった。


(命さえ関わらなければ、もっとゆっくりできたのに)


 ナーナは自分がとれる算段を冷静に考えた。

 ひとつひとつ魔法を変えるのは、時間が足りない。

 条件は変えようと思えば変えられるが、大きくは無理だ。


(≪送り主と添い遂げる≫の解釈を広く持たせて、この道具を介して誰かと≪連れ添う≫や≪縁づく≫で……この際、ティトテゥスと縁があるというふうにしたら。それで、私にこの呪いを繋げてどうにか……)


 そうなると、ジエマとはテトスと仮にでも縁づいてもらうしかない。

 とうとうヨランに常日頃テトスが言っていた「未来の義弟」が実現するかもしれない事実に、わずかにナーナは同情した。


(けど、ほうってはおけないわ)


 ナーナにあからさまに好意を寄せて、嬉しそうに友だちだとはしゃぐジエマの姿が浮かぶ。それが見えなくなるのは、ごめんだった。

 それに、ヨランに実の姉を失う悲しみを与えるわけにはいかない。

 ヨランには常日頃から世話になっている。

 心を預けるに等しい信頼もあるし、ついこの間もナーナの情けない気持ちも静かに聞いてもらった。同性の友だちには決して話せないことだったのに、不思議と軽く話せたのはヨランだったからだろう。

 そう考えると、きっと、特別な存在に近い。友人のなかでも一等、別の。


(親友……協力者、ううん、もっとずっと特別)


 あのときの複雑そうな表情は、ナーナを慮るものだった。そう、ナーナは感じた。

 逆光で陰った表情がよりそう見えさせた。ジエマと異なる風合いの、落ち着いた暗い赤の瞳が、痛ましく伏せる。

 自分ごとのように思ってくれたその姿に、ナーナは決して悲しませるわけにはいかないと己を奮い立たせた。


(ヨランのためにもがんばらなくちゃ。もし嫌がったら、あとで時間をかけて解けば、お別れもできるし)


 うんうんと一人うなずいて、ナーナは両頬を軽く叩いて気合を入れた。


「やってやろうじゃない」


 辺境一の魔女の名をほしいままにする自負を発揮して、ナーナは口にして準備を始めた。







「……――いいかしら。ティトテゥスからジエマの呪いに介入する。それなら私もこの呪いに干渉ができるはず。きっとこれが一番早いわ」

「ジエマさんと俺をつなぐ媒介はばっちりだ。こんなこともあろうかと飾らずに持って来ていて正解だったぜ」

「準備は、家の者がしています。甘いものは声をかければすぐにでも。母にも簡単に話しています」


 それぞれに報告しあってから、ナーナが頷いた。

 テトスが持ってきたのは、大ぶりの琥珀。それが真ん中から綺麗に半分割れたものだった。もう半分はジエマが持っている。

 以前、プレゼントを献上しに行くからと渡す現場に連れていかれたので、経緯もヨランは良く知っている。


「ナーナ、用意ができたなら早く行くぞ」

「いつでも」


 小箱の中身に入っていたという瓶を取り出して、ナーナが抱える。私服姿はいつの間にか学園の制服へと戻っていた。ヨランの身内に会うなら、身分が分かる服が好ましいという判断らしい。

 そういう考えは双子で共通なのか、テトスも同じように服を直している。指摘するときっとそろって嫌そうな顔をするのだろう。

 じっと見ていれば、ナーナはヨランを見返して言った。


「安心して。なんとかしてみせるから。ヨラン、案内してちょうだい」


 ナーナの魔法の腕前に不安はないが、それでも得体のしれない不安がある。

 本当に大丈夫なのか。干渉するにしても、ナーナにまで何か起こるのではないか。


(ナーナティカは、無茶をするから)


 やると決めたらやりきって、それで後から倒れてしまう人だ。直接目の当たりにしたことが二度もあったので、実感をもって言える。


「……いえ、はい。ナーナティカこそ、気をつけて」


 うまく言えずに、微妙な声掛けとなってしまった。ナーナはそれを聞いて、ぱちぱちと丸い目を瞬かせる。それからおかしそうに小さく笑った。


「やだ。私こそってなあに。でも、ありがとう」


 とん。

 背中を軽く叩かれた。


「ほら、早く行きましょう」


 ナーナの言葉に促される。そわそわとしたテトスの様子を見て、ヨランは先頭に立って足を動かした。



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