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8.秘密の吐露



 賑やかな声が離れていく。

 遠ざかる学園の門を背に、ヨランは席で身じろぎした。

 ガタゴトと車輪が跳ねている。轍をつけて進む金属の車に揺られて、避暑地へと一行は向かっていた。

 レラレ家は、それなりに歴史も長く、繁盛している商家だ。

 昨今の技術革新で生まれた最新の移動型魔法道具。それを個人で所有できるのも、ふつうより裕福であるおかげであった。


「それでね」


 ころころと鈴が鳴るような軽やかな声が響く。

 複数人が乗りあう車の都合上、どうせだから一緒にとジエマが友人たちを招待した。すなわち、ナーナとテトスである。

 ナーナはジエマに合わせて、あの小さな童話集について話している。ジエマは自分が好きな話に合わせてくれるナーナを見つめては、とても嬉しそうに聞いている。

 そして、それをぼうっとしたなんともいえない顔でテトスが聞いている。


(……なんか、複雑だ)


 自分の姉に恋する姿を間近で見させられる、独特のいたたまれなさ。しかし残念ながら見慣れた姿でもある。

 対面に座席があるから、この様をジエマに見られるのはどうなのか。そう思って隣のテトスを肘でつつく。途端、きりっとした顔に戻った。

 ナーナとジエマはなおも話に夢中である。

 この調子だと、避暑地に到着するまで続きそうだ。なにせ、話の解釈から始まってあとからおすすめの本とジエマがどんどん本を荷物から取り出す。


(仲がいいのは、嘘じゃないんだな)


 あのジエマにこうも話せる友人ができたことはいいことだ。それをヨランに押し付けなければ。


(そもそも、僕のほうが先に知り合っていたんだし……仲も姉さんより)


 そこまで考えて、は、と目を閉じた。

 どうにもいけない。

 ジエマにあれこれ余計な世話を焼かれ始めてから、しなくてもいい思考と煩悶ができた。時間をおいて、すこし落ち着いた気がしたのに。


「ヨラン。あなたも読む?」


 じ、と見ていたら目が合ってしまった。

 ナーナが手にしていた本が回されて、しどろもどろになって受け取る。そんなつもりはなかったのだが、とくにやることもない。

 ナーナたちの会話に加われるほど、ヨランはジエマ好みの本に興味もない。

 しかたなしに、ぱらぱらとめくって本を読むことにした。

 テトスもジエマが勧めるので、喜んで読み始めている。車内に響く車輪の音と女性陣のおしゃべりを背景音にして、ただ黙々と文字を目に通す作業を費やした。






 レラレ家の避暑地は、都外の人里離れた場所にある。

 予知能力者、純人の見た目から離れた異形持ちが現れたときのために、用意されたものだ。

 人魚の血を引くだけあって、選ばれた避暑地には水場が多い。ちょっとした湖があり景観も非常に良い。


 いくつかの大陸と諸島にわかれるなかで、この国は恵まれていた。

 大国とは離れ、煩わしい周辺諸国との間に峻険な山がある。豊かな環境資源を持ち、それを狙われることもあるもののその回数は少ない。

 まるで国を守るように、峻険な山や国の周囲には危険な動植物が多いためである。

 しかし、実際にそれらに守られているかといえば半分そうで半分は違う。危険な生き物たちは環境資源豊富なところほどよく湧く。

 つまり、逆に言うと、資源はあるが危険も大きい。この国は、各国が併呑してやろうと目論むには難がある国なのだ。


 長らく世界的な悩みの種となっている危険生物。

 魔力を持つ生き物も独自にそれぞれ進化を果たして、あちこちの国で悪さを働いて暴れているのだ。ときには戦どころではなく、国を超えて防衛戦線を張らねばならないことだってあった。

 だからこそ、純人主義の増長があったとき。他国との没交渉がたたったこの国に、世界的な倫理が追いつくのは遅かったのだ。


「本当に綺麗なところね。すごい」


 ほう、と感心のためいきをこぼすナーナを横目に、ヨランは久しぶりの土地を眺める。

 都の過ぎた純人主義から逃れるための場所が、ふつうの避暑地に変わったのはヨランの先祖のがんばりのおかげだ。この場所を手に入れるために並々ならぬ年月と努力があったと家の教育で聞いている。

 それを褒められると、自分のことでもないのになんとはなしにくすぐったくなった。


「泊まる場所まで、とても素敵だったわ。手配はヨランなのでしょう? 何から何までありがとう」

「いいえ、こちらこそ姉のわがままに付き合ってもらって。ありがとうございます」


 普通の会話ができることにほっとする。

 本館はジエマの見合い会場として機能させるため、ヨランは別館に出された。ごく私的な身内用の建物なので、さほど大きくはない。ヨランのほかに、家の関係者の寮としても機能しているものだ。

 そしてナーナも別館に案内された。

 さすがにジエマと見合いする男性が出入りする本館に、女性の客人を置くのはいけない。そうした家からの制止の声があがったためだ。

 家の差配をする母、マイラより、ヨランは手配ともてなしを言い渡された。予期せずいいことになったとジエマが喜んだのは癪である。

 部屋を案内して、せっかくだから場所の散策をと言われた。場の雰囲気にも期待するナーナにも気持ちが負けて、結局ヨランは請け負って今に至るのだった。


 さくさくと整えられた草地を踏む。

 別館回りの道は見栄えのよいよう柔らかな草を敷き詰めて、彩りよいタイルを道しるべにぽつぽつと並べている。この道を辿れば、ちょっとした湖につく。


「でも、ティトテゥスが迷惑をかけていないかしら……何かやらかしそうで」

「それは……」


 言葉に詰まる。大丈夫だとは言い切れない。

 早速これから軽い顔合わせと連れられて行く前の様子が浮かぶ。

 テトスはなぜか、準備運動をして武器の手入れをしていた。制服姿のままだが、なぜか戦う準備をしていた。何をするつもりなのかと思わずナーナと顔を見合わせてしまった。


「無理に魔法で干渉してみてもいいけれど、それはジエマのプライベートをのぞいてしまうし。でも、ねえ」

「テトスだって、そこまで常識外れなことはしないと思います」


 多分。

 言外につけたしたが、ナーナは片方だけ眉をさげて「そうだといいわね」と思ってもなさそうな声音で返した。

 すこしの沈黙。

 湖側から風が吹いている。前方にはすでに日差しを反射して光る湖面が見えた。


「ここも所有地って……レラレ、思った以上に本当に、すごいのね」


 また感心の声をあげてナーナが早足になる。なかば駆け出した足で数歩進んで、わあ、と声があがった。


「実は貴族だったりしない?」

「まさか」


 茶化した風に言って、ナーナが笑う。


「そうだったとしてもおかしくないもの。ジエマもお姫様みたいだし」

「ああ、まあ」


 濁して答える。

 ジエマの待遇は確かにお姫様待遇といってもいい。車のなかで読んだ、姫に目合わせる男たちの話みたいな状況と似通っている。


「でも、ジエマも大変よね」


 言いながら湖側へとナーナが歩いていく。ちょうどいい場所を見つけたのか、手招きしている。

 近寄るとナーナはハンカチを出して座った。そして当然のように、魔法を使ってハンカチを複製すると隣に敷く。

 また手招きされた。ヨランはそろりと遠慮がちに腰を下ろした。


「そういう風に扱われるのが、いつだって嬉しいわけではないでしょう。私を呼んで喜ぶくらいだもの」

「ナーナティカに心配されるだけで、姉も嬉しいと思います」

「ほんのささやかなことで喜んでくれるのよね。優しくていい子だわ」

「そうでしょうか」


 弟には横暴な気もするが。

 ヨランはジエマがやってきた言動を思い浮かべる。確かに、深窓のお嬢様然とした物言いや気遣いは優しいほうだろう。


「ちょっと、うらやましくなっちゃうくらい」

「うらやましい?」


 思わず聞き返してしまった。ナーナは湖面を眺めたまま、なんでもないように言った。


「あのね。ヨランだから話せるけれど、私やティトテゥスは生まれがちょっとばかり特殊でね。あ、もちろん家族には大事にされているからそういう環境の不満じゃないのよ。ただね」


 少し早口に、それから一瞬の間をおいてから続けた。


「生殖能力がちゃんと機能するかわからなくて」

「……は、あ?」


 今、なんといった。

 あまりにあけすけな話題にヨランは固まってしまった。しかし、ナーナは気にせずぽんぽんと詰まっていたものが抜けたように話していく。


「ティトテゥスは体が丈夫だからともかく。私はあんまりだから。それでジエマみたいに誰かと血を繋ぐのがちょっと難しいんじゃないかって昔言われちゃって。だから、恋とか愛とか、結婚とか考えなくていいやって育ってきちゃったけど、やっぱり駄目ね」


 ぎゅ、と膝を抱えてそのうえに顎を乗せる。自嘲気味に、笑い混じりに呟く。


「いいなあ、憧れちゃう」


 なんて声をかければいい。

 そもそも、異性である自分に話すことだろうか。それだけ信頼されているのか。やっぱりなんとも思われてない証左では。

 荒れ狂う怒涛の思考が流れる。


(僕に話すことか、それ! ここで! この人は!!)


 はくはくと口が動いて、止まる。

 何かを言おうとして、結局言葉の一つも言えずに、ヨランはナーナの横顔を見つめた。

 沈黙が降る。

 さあさあと風が湖面に波を立てる。

 ヨランの耳には、そんな音よりも自身のうるさいくらいの脈動しか流れてこない。


「……なんだか、話したらすっきりしちゃった。変な話を聞かせてごめんなさいね、ヨラン。忘れてね」


 振り返って、気遣うようにナーナが微笑んだ。

 湖面に反射した光が輪郭を縁どって、白く浮き出ている。下がる細い眉、長くたっぷりとした金色のまつ毛がゆるく動いて青い瞳を見え隠れさせる。つんとした小鼻に、控えめに微笑みの形に変えた桃色の唇。

 人形めいた美しさをはらんだ姿に、とうとう声もなくヨランは小さくうなずいた。

 どんな顔をして、なんて言えばいいのか。ちっとも頭は働いてくれなかった。




 そのままなんともいえない微妙な時間をすごして、別れた。

 そして別館の自室に戻って、ヨランはベッドにつっぷした。


「あー! ああ! もう!!」


 わけのわからない感情ごと声に出して吐き出す。頭を抱えて、ヨランはベッドマットに顔を埋める。


「なんっなんだよ!」


 こぶしを握って叩く。息を大きく吸って、吐いて、額を柔らかなマットに押し付ける。


「ほんと、なんなんだよ……くそ……」


 心がぐしゃぐしゃになりそうだ。

 火照った顔は、苛立ちのせいだろう。そうに違いない。

 悪態をつくだけついて、それに自己嫌悪がわいて、ヨランはのろのろとまたベッドにつっぷした。



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