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3.さらなる贈り物


「ヨラン、大丈夫かー?」


 おおい。防音魔法がかかったカーテンごしの声を耳が拾う。

 普通ならある程度の物音を防ぐらしいが、ヨランの聞こえすぎる耳を集中させれば容易に聞き取れる。


(しまった。いま、時間)


 ぱち、と目が覚めてヨランは慌てて起き上がった。

 制服のまま寝転がって皺が出来てしまっている。よれていた箇所を指先で撫でつけて、まばらに切った髪も手櫛で直す。


「ヨラーン。夕飯どうする?」

「ああ、今……」


 空咳が出た。掠れ気味の声に眉が寄る。喉元に手を当てて数度声を出して慣らす。


「今、出るよ」


 呼びかけてきた同室者に返事をする。襟元を手早く直して、ヨランはスペースを区切るカーテンを開けた。

 寮の部屋は二、三人と共同で使う。大き目の一室に共用スペースを中心として、三方に魔法をかけた分厚いカーテンでそれぞれの個人スペースが割り当てられているのだ。


「どうした? 風邪か?」

「いや、ちょっと寝てて。そのせいだと思う」


 声をかけてきたのは、同室者のホシャム・ヒエズだ。ホシャムは都で小間物や細工物で商売する家の出で、商家の子同士でなにかと親身にしてくれる。

 ヨランより背は低く、丸々とした体で愛嬌がある。不潔感はなく、むしろやや潔癖なくらいだ。今もヨランの寝起きの格好を検分するかのように眺めて「おいおい」と声を上げた。


「お前、せっかく素材はいいんだから、もっと気を遣わないと損だぜ。ローガンが見たら、嬉々として世話を焼かれるぞ」

「それは嫌だ」


 ローガンという名前にヨランは即座に応える。

 ローガン・ナッタイドも、ヨランの同室者の一人だ。奇しくも彼も同じ商家の出で、衣料品を扱う家の嫡男である。ローガンも親身にして仲良くはしてくれるが、困ったところがある。

 それは、小柄で可愛い存在が好きと公言してなにかと世話を焼きたがることだった。


「……あ、ウワサをすれば」

「げ。帰ってきたか」


 ヨランの耳が部屋を訪れる足音を拾う。呟けば、ホシャムは嫌そうに顔をゆがめた。

 決して仲が悪いわけではないのだが、今朝さんざん構われたばかりなのだ。コウサミュステの男子寮で一番背の低いホシャムを嬉々として世話を焼く姿は、同室になってから嫌というほどヨランも見てきた。

 それに、ヨラン自身も「うおーっ、いいね! いい可愛げだ!」と意味不明な奇声とともに詰め寄られたことは、鮮烈な思い出として残っている。


「愛する同室者たちよ! 私が帰ってきたぞ!」

「おう、おかえり。大人しくして入り直してこい」


 くるくると体を回して部屋に入ってきたローガンに、ぴしゃりとホシャムが冷たく言う。

 中肉中背の茶髪に茶色の目。それだけの特徴ならどこにでもいるようだが、ひときわ目立つ点がある。顔に女性らしい化粧をしていることだろう。

 本人曰く、女性になりたいのではなく、女性がする可愛らしいタイプの化粧を愛しているらしい。それをヨランたちに押し付けないだけ、まだマシな趣味だとヨランもホシャムも許容している。

 ローガンは気分を害した様子もなく、言われた通り出て入って戻ってきた。そういう奇妙に律儀なところも嫌いになれない部分だった。


「さて。ともに夕餉としゃれこみたいところだが、ヨラン、君に便りがあったそうだよ」

「おかえり、ローガン。寮監督から?」

「そう。緊急ではないらしいが、時間があるときに来てくれと」


 ヨランは誰が送ったのかと数人頭の中に浮かべて、目を瞬かせた。


「じゃあ、今から行ってくる。ご飯は気にしないで先に取ってて」

「いいのか? 長くかからないなら待ってるぜ」

「いいよ、ホシャム。ついでに家に手紙送らないといけないからさ」

「お前の家も大変だなあ。こないだの販路の危険生物のこともあったろ? 解決したっていうけど、後処理があるんだろ」

「うん、まあね」


 レラレ家の商売は主に植物に関する品物全般だ。実家の手伝いであれこれしていると話してから、ヨランがこまごまと動いているのもそのせいだと二人には思われていた。ジエマの予知に関しては口外できない秘密だ。

 適当に濁して答えて、部屋を出る。




 陽が長くなったせいもあり、食堂に夕食が並ぶ時間であってもまだ空は明るい。

 食事のことを考えると、腹がくうくうと鳴りだしそうな気がしてきた。ヨランは腹に手を当てて一呼吸ついてから足を速めた。


 学園で手紙を扱うところは決まっている。学園事務室だ。

 規則として、手紙や配送物などがあると生徒たちは学園事務室まで取りに行く決まりがある。知らせは寮の担任教員や監督官たちだ。今回は寮監督の生徒から知らせが来たわけである。

 最初に見たとき、ヨランは感心したものだ。広い空間をところせましと並ぶ戸棚に、飛び交う魔法のかかった郵便物たち。にぎやかな様子を目にして、呆気に取られてしまった。

 都の中心部でもそうそうないくらいの技術がある場所だとここを見てヨランは認識した。

 いつか自分の家が出す店でもそういったことが出来るのだろうか。そう夢想して、便りを受け取りに入る。


(なんだろう。母さんからの文句じゃないといいけど)


 姉のジエマを、よくフォローしなさいと言われて送り込まれた過去がある。

 間違いなく母はヨランを愛してくれているが、ジエマに関しては特別なのでそうも言ってられない。万が一ジエマの予知が公になれば、ジエマだけでなく家の者全体が危険にさらされかねない。

 家業の商売に関しては都の貴族の後見があるが、レラレ家に伝わる予知能力は代々ずっと秘してきたのだ。

 過去にばれそうになったときは、ありふれた天気予報とかそういった類の古い占いでとごまかしてきた。


(ナーナティカに姉さんが予知したって知られたときも、うるさかったしなあ)


 よりにもよって都外の部外者に。

 そう怒って心配する母に、ナーナならば問題ないと何度ジエマと説得したことか。おそらく、家の者がこっそりと監視を飛ばしていそうだが、きっとナーナは意にも介していないだろう。

 家の監視を遮ることも難なくこなせる恐るべき魔法の腕前。あっさりと他人の魔法へ干渉して改変できる能力者。

 辺境随一と本人が言いはるだけあって、ナーナは魔法が大得意だった。

 そのままナーナの姿を頭のうちで描きそうになって、はっと我に返る。先ほどの、アミクの絵のせいだ。

 気を取り直して、ヨランは手続きを済ませると、自分宛の手紙を受け取った。


(……うわ、仲介か。まとめて送り返そう。あとは、ええと?)


 いくつかはおなじみとなった、ジエマへの仲立ちを頼む手紙。それから家の商売に噛みたいと頼む手紙。それからヨランの容姿を気に入ったからと交際を匂わせた好意の手紙。

 たまに碌でもない内容があるため、好意の手紙はありがたいようで身構えてしまう。

 前に一度、ものすごく熱烈に乞う手紙があり、どういう人かと観察したら結局姉がらみだったことがあった。浮き立った心が完膚なきまでにのされた苦い記憶である。

 数枚届いた手紙をめくって、最後に見覚えのある家名を見つけてヨランは手を止めた。


「ブラベリ?」


 思わず口にする。ナーナの家名だ。

 そして、ヨランは周りを見回した。聞き慣れた足音がしたのだ。

 その足音の主は慌てたようにやってきて、ヨランを見つけるとさらに急ぎ足で飛び込んできた。


「ああああ、やっぱりもう届いてた! ヨラン、こんにちは。ねえそれ、ちょっと回収していいかしら!」

「えっ、あ、はい。どうぞ、ナーナティカ」


 きらきらとした長い金の髪をなびかせ、人形めいた可憐な容姿の少女が必死で息を整えている。相当急いできたのだろう。ナーナの体力がないのをヨランはよく知っていた。

 差し出した手紙をひったくるように取ると、ナーナはそれを表返し裏返し眺めてゆっくりと息を吐いた。


「よかった……変な魔法はかけていないわね。うん、あとは中身だけど……あの、見ても大丈夫かしら。手紙の内容までは読まないから。ただ、どうしても確認しておかないといけない事情があって」

「はあ」


 勢いにおされて、気の抜けた返事をしてしまう。ナーナは真剣な様子でいくつか防護らしき魔法を放った。


(いったい何が)


 見守っていると、ナーナは慎重に手紙を開けた。すると、中から数枚の便せんと折り畳んだ紙が現れた。


「ああもう。やっぱり! お義父様ったら。お義母様の連絡で、心配になってきて正解だったわね」

「ナーナティカ、あの? それは」

「ごめんなさいね、ヨラン。私の家、魔法道具を取り扱っているのだけど、こうして紙に紛れさせて運び込むことがあるの」

「これが?」


 ナーナが折り畳んだ紙をつまんでこちらに見せた。紙は、きっちりと折られ、四つの花弁を模している。


「正しい魔法構築式を与えると機能するの。自慢の商品よ」


 得意げに微笑んでから、ナーナはすぐに表情を憂い顔に変えた。相変わらずくるくると変わる。


「間違えると痛覚を刺激する魔法を放つようになっているわ。もう。意地が悪いったら。ふつうだったら習わないものじゃない」


 ぶつぶつ言って、ナーナは数秒折り畳まれた紙を見つめる。青い瞳が真剣にそれを見据えて細まる。それから、小さくうなずいた。


「はい。解除したわ。あとはリラックスができる芳香剤みたいだから、匂いが嫌じゃなければ問題なく使えるはず。急にごめんなさい、ヨラン」

「その、どうして僕に?」

「ああ、それはね。私、前に何度かヨランにお世話になってるって家に伝えたの。そしたら、お礼をしないとってなって。まさかこうなるとは思わなかったのよ」


 しおらしく言ったナーナが、ヨランに手紙を戻して握らせた。


「じゃあ、私はこれで。ヨラン、またね」

「あ、待って。ナーナティカ」


 さっと背を向けたところを、ヨランは慌てて呼び止めた。ちょうどよく出会えたのだ。ジエマに頼まれていたことをついでに伝えるいい機会だった。

 振り返ったナーナに、ヨランはジエマの嬉しそうな様子を浮かべて、少々癪に思いながらも口を開いた。


「姉が、また会いたいと言っていました。もし、よければ会ってあげてください」

「あら、そうなの。ジエマったら、そんなご機嫌うかがいみたいなことしなくてもいいのに。伝言をわざわざありがとう、ヨラン」


 にこっとナーナが笑う。そして、来た時とは打って変わって、背筋を伸ばしてきびきびと歩いていった。ふわふわとゆるやかにうねる金髪がなびく。花の香りだ。


(あ。姉さんと同じやつ)


 馴染んだ香りをかいで、ぼうっと見送った後、ヨランは手元に残された手紙と折り畳んだ小さな紙を見下ろした。

 すん、と嗅いでみる。清涼感のある華やかすぎない淡い香りだ。

 家柄の商売上、いくつか上がる植物の名前を浮かべて素直に感心した。うまく調合されている。


(こっちのほうが好きな匂いがする。ナーナティカの実家か……魔法道具も色々あるんだろうな)


 手紙を何気なく読む。

 あたりさわりのない挨拶文から、ナーナと仲良くしていることの礼が書かれている。品の良い文章で、よい暮らしぶりなのだろうと伺えた。


(あ、そうだ、家)


 それから思い出したように、ヨランも我が家への手紙を書いて送ったのだった。


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