13.ヨランのたからもの
「よお、ヨラン。お泊りどうだった?」
暖期の休み明け早々。
調子よく問いかけてきたアミクにヨランは足を止めた。
新たな学年へと上がる儀礼的な式も間もなく控え、休み明けの緩んだ雰囲気と喜ばしい空気が学園に流れていた。
アミクも例にもれず、楽しそうな様子でヨランのところまで歩いてくる。
いつもの事務室での手紙のやり取りのあと、ちょうど居合わせたのだろう。アミクの手にはおなじみの魔法道具の鞄があった。依頼された絵でも贈るのだと予想がついた。
アミクは、近くに寄ると、じろじろと頭から足先まで見てさらににこにことした。
「お。リフレッシュした感じ? ジエマさんの見合いどうだった?」
「まあ、それなり。姉さんのは、当分延期」
「へえ、何かあったな? 題材になるやつ?」
「なったとしても言えないやつ」
「めかしこんだんだろ。そのときの様子くらい」
「言わない。教えない」
ヨランの返しに、アミクは残念そうに声を出した。
「どーうしても?」
「アミクが余計なことしない、触らない、話しかけないならともかく。できないだろ」
「できませんけどお!」
正直な答えはいいが、駄目なものは駄目だ。ヨランが首を振って再度却下すると、不満が返ってくる。
「ヨランくんはケチだなあ! 仕方ない。わが友に袖にされたので、テトスに聞くしかない」
知っていて話題に出したのだ。ヨランが睨むとへらへらと笑いが返ってきた。
「だってあの人、直々に肖像画頼んできてんだもんよ。まあ、受けたけど」
「テトス……」
やるかやらないかと言ったら、テトスは間違いなくやる。
あの人魚の呪いのあと。
どうやったか知らないが、休みの間にテトスはちゃっかりジエマの信用を勝ち取り、あげくに母親まで覚えをよくし、一歩二歩抜きんでた位置におさまった。
休み期間中、ジエマを連れてあちこちお姫様と冒険者だの、お姫様と騎士だのとジエマ好みの行動をしたのが大きかったのかもしれない。たびたび、ヨランは姉から聞かされる話題の中にテトスが増えたのを微妙な気持ちに思いながら聞いていた。
ナーナはナーナで、ジエマに心底申し訳なさそうに「嫌になったら、いつでも縁切りの手伝いをする」と申し出ていた。そしてテトスと元気に喧嘩をしていた。
互いに夢中になってやりあって怪我をしそうだったので、ジエマと一緒になって慌てて止めたくらいだ。
相変わらず仲がいいのか悪いのかわからない双子である。
「あとついでに未来の義弟にって依頼もあったんだけど、聞くか?」
「なんだよそれ。そんなのはことわ……」
言いかけて、やめる。
「いや、いいや。好きに描いていいよ」
「ふーん。それはそれは」
「なんだよ。悪いか」
「いや、わかりやすいから」
にやにや笑うのに腹が立ち、ヨランはひょろひょろとした胴を小突いた。大げさに痛がるアミクに冷たい視線を向ける。
「じゃあ。急ぐから」
「改めて紹介してくれてもいいんだぜ」
「絶対、しない」
力強く言い切って背を向ける。その後ろからアミクの声が追いかける。
「ヨラン、前の絵。どうだった」
部屋にしまい込んだ絵。もらったときはあれほど心乱れたものも、過ぎればそうと感じない。むしろ、大事なものに入りこんだ。
柔らかな光と明るい色彩。浮かぶ感情は、もう知ったものだ。
裏側に描かれたタイトルまで浮かべて、アミクの感性は本当に馬鹿にできないと思い知った。
立ち止まって、振り返る。少しだけ声を張り上げて、ヨランは返した。
「良く描けてた。でも本物はもっと良いから、今度描きなおせ」
「今度な」
「ああ、そのときは近寄らずに、遠くから魔法を使って見……いや、遠くから観察して描くだけでいいや」
「無茶言うな」
「言う権利が僕にはある」
言い切ったヨランの言葉に、アミクは笑って返した。
「せいぜい嫌われないようになあ」
「ない」
短く言い捨てて、今度こそヨランは踵を返してアミクと別れた。
外の日差しはまだ厳しさを残すが、それでも幾分か過ごしやすくなった。
これまで通りに、慣れ親しんだ道を進んで歩く。
暑いばかりだった風もそよげば涼しいと感じる。ただ何も考えることなく散策するには良い季節になってきた。
しかし今日はそういう時間も惜しい。
学園の棟から少し歩いた位置にある建物。鳥のモチーフが掲げられた図書館を見上げて、ヨランは中へと入った。
気難しい司書のチェックを通り抜け、手続きを済ましていつものように部屋を借りる。
学習用の小部屋に鍵を回して、中の机に荷物を置いて定位置に腰かける。
本と、筆記具と。それからいくつかこっそりとテトスを真似て持ち込んだ小さな菓子包み。本は、最近手を出し始めた医療の本だ。
それを並べて待つことしばらく。
控えめなノックに、ヨランは表情を和らげて返事をした。
「どうぞ。いつもの席はとっています」
【了】
これにてヨランの迷走とやきもきの日々は、ひとまずの終了です。今後も振り回されそうなのは、さておき。
ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。




