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10.肩代わりと目覚め


 何かがあるといけないから。

 そう言って家族であるヨランやマイラ以外を下がらせて、ナーナは早速その魔法の腕前を発揮した。

 まず、ジエマが横になっているベッドサイドに椅子を置いた。

 そこにテトスを座らせたかと思えば、持ってきた呪いの媒介となった小瓶を胸に抱いて数秒佇む。

 そして、何度か確認するようにジエマたちと小瓶を見比べてから口を開いた。


「ジエマはじきに目を覚ますはずです。でも、呪いは完全に解けたわけじゃありません。このティトテゥス……私の双子の弟を介して呪いを私に移しました」

「ブラベリさん。それはどういうことなの」


 マイラはジエマが助かったのかどうなのかとナーナに追いすがる。それをヨランは留めながら、何を言い出したのかとナーナを見た。


「簡単に申しますと肩代わりです。大元はジエマにかけられたものなので、私が呪いを解除しきるまで……すみません、むさくるしいでしょうがティトテゥスをジエマの傍に置かせてください」


(肩代わり……?)


 落ち着いて説明をしているが、ヨランはますます混乱した。


「二日目の夜。元々設定されていた期日が過ぎたら、離れていただいて結構です。あと、一時的にで結構ですので、ジエマとティトテゥスが縁づいたと仮証明していただけると助かります」

「それで、娘は助かるんですのね?」

「はい。ジエマは大丈夫ですよ。信じるのは、ジエマが目を覚ましてからで構いません」


 きっぱりと言い切られた言葉。

 とどめていたマイラの体から力が抜けた。慌てて支えれば、すすり泣いて抱きついてくる。


「ティトテゥス。私は離れて作業するから。あなたは、大人しくしていなさいよ」

「縁づくってことは、それらしい言葉を話かけ続ければ、より効果がないか」

「…………なくはないけど、ほんっとうに適度にしてちょうだい」

「まかせろ。研究もした。ばっちりだ」


 そんななかで目を輝かせたテトスだけがいつも通りだ。ナーナは一つ息を吐いてから「それでは」と軽く礼をした。そのまま踵を返して部屋のドアへと向かう。


「ナーナティカ? どこへ」

「集中して作業することになるだろうから、部屋にいるつもり。ヨラン、お母様のお傍にいてあげてね」


 止める間もなく、ナーナは制服のスカートを翻して出て行った。

 そしてたいして時間もたたず、ナーナの言った通り、ジエマの目が覚めたのだった。


 そこからはもう、テトスの独壇場だった。





 ヨランは直視もできない光景とはこのことなんだろうかと、思わず目を逸らした。

 テトスは、完璧だった。

 ジエマの好み通りの、本のような台詞を諳んじて、懸命にその身を按じたことを言っては聞かせ。普段の無愛想な表情は消し飛び、違う人格でも入れたかのように愛想よく振舞ってみせた。

 自分なら、と考えて慌ててその考えを打ち消す。

 その間もなお、テトスによるジエマのための劇場は続けられていた。


(うわ……親の前なのに。すごい度胸)


 感心すべきことだとヨランは思った。

 思ったが、身内の、それも年の近い姉が、あっという間に物語のお姫様のようになる瞬間を見たくはなかった。

 頬は赤くなり、きらきらと瞳が輝く。寝起きの様子もあいまって、幸せな夢にまどろんでいるかのようだった。

 そのおかげもあってか、マイラもようやく安心したらしい。

 はらはらと泣いていたのは遠い過去のように、呆気にとられた顔になり、終いにはなんともいえない表情になった。


「いったん、戻る。邪魔になるといけないから」


 ぼそぼそと退室の言葉をマイラに告げる。

 拘束されなくなったことを幸いに、この光景をこれ以上見続ける居た堪れなさにも背を押され、ヨランは足早に部屋を出た。



 どこに行こうかと思うまでもなく、足先は自然と別館のほうへと向いた。

 自分にあてられた部屋ではない。


(作業しているとは、言ったけど)


 部屋を訪れて大丈夫かと思ったが、ナーナが一人きりで何をしているか見えないという不安には勝てなかった。部屋の前まで歩いて、少しの逡巡を経ても、やはり不安のほうが勝つ。

 ヨランはそれを振り払うために数度頭を振って、ドアを叩いた。


「ナーナティカ」


 もう一度叩く。

 返事がない。


「……あの、ナーナティカ。入ってもいいでしょうか」


 さらに叩く。だが、やはり返事がなかった。というより物音がない。

 ドアノブを捻るが、開かない。


(中で何かあった?)


 去来する不穏の塊が、腹のうちでごろりと転がる。指先がすっと冷えた気がして、ヨランはドアを見つめて、強硬手段を取ることにした。


(緊急事態かもしれないから)


 内心で言い訳をして、ポケットに入れている道具を取り出す。髪留めのピンが一つあれば、ヨランにとっては万能の合いカギになる。もしものために、小さいころから身に着けている馴染みの道具だった。

 ふっと、息を吹きかけて鍵の構造を耳で聞き取る。それから、ピンへ変化の魔法をかけて合鍵を作り出した。

 それをドアに差し入れて回すと、かちり、と乾いた音を立てる。

 もつれる指をどうにか言い聞かせて、鍵を抜き取りポケットにしまいなおす。

 嫌な動悸が鳴るのを感じながら、息をひそめてヨランはドアを開けた。



 確かに、中にはナーナがいた。



 いたが、瞑想でもしているように目を閉じてうつむき、椅子に腰かけている。

 部屋の中央。備え付けの椅子に背中を預け、両手は小瓶を抱えたまま力を抜いていた。

 呼気は弱く、ともすれば息が止まっているような。まるで本当に人形がそこにあるだけに見える。


「ナーナティカ?」


 そろそろと静かに歩いて向かう。

 顔の前に手をかざして動かすが、やはり反応はない。

 身じろぎ一つせず、口元を引き結んで返事もない。意識もあるのかわからない。


(魔法の解除って、こういうものなのか?)


 ヨランはナーナほど魔法に明るくない。研鑽を積んで、高い実力のあるナーナに比べたら、まだまだ未熟だと自覚している。

 だから、静観するのがいいのか、どうしたらいいかもわからなかった。


(テトスなら、なにかわかるかもしれない)


 はっとして、慌てて本館にヨランは走った。





***





 慌ただしく部屋に戻ってきたヨランによって、ジエマの意識はぱちん、と戻った。

 そうして、「あら」と思った。

 自分はいつの間にベッドの住人になっていたのだろう。

 どうして部屋に母親のマイラがいるのだろう。

 そして、お話のような素敵な言葉をかけてくれるテトスがいるのはなぜだろう。


 いくつか疑問が浮かんで、ゆるく瞬いてからジエマは「ああ」と嘆息した。きっと、また自分は夢見心地で予知をしてしまったに違いない。

 夢のようだったから、そんなふわふわとした感覚のままテトスに応対してしまったのだ。それに対してテトスは誠実に対応してくれたに違いない。

 だから、いつも通りにジエマはヨランへ声をかけたのだ。


「私、またやってしまったのね。それも殿方の前で……」

「そうじゃないけど、大体そう。姉さんは黙ってて」


 ヨランはそんな場合じゃないと、ジエマに向かって言い捨てた。

 それにまた、「あら」とジエマは目を瞬かせて不思議に思った。


「ヨラン、その言い方はなんですか」

「今はそれどころじゃないんだってば。テトス、ナーナティカのことで」


 マイラの言い咎める声も切り捨てて、ヨランはテトスに近寄った。自然と、ジエマの近くにも来る。


(あら。あらまあ、いつの間にこんな近くに? 私、寝ぼけてしまったのかしら)


 ベッドサイドに座るジエマのすぐ下。膝をついたテトスがいる。ちら、とテトスを見れば怜悧な顔つきは柔らかく変わった。


(な、なんだか見てはいけないものを見てしまったよう。それに、寝所に殿方と一緒だなんて)


 こんなことは初めてだ。

 ジエマはテトスをちらちらと伺う。ヨランに向かって話す顔は、きりりとして勇ましく映った。


「そりゃあ、集中して解いているだけだ」

「でも、一切音にもなんにも反応しないなんてあるんですか」

「あったとしても、ナーナならなんとでもなる」

「なんとでもって、でも」

「そこまで心配なら、俺の代わりについてればいい。俺は、ジエマさんの傍にいる必要が、大変光栄なことにあるからな」


 ヨランはなおも納得いかないようで、テトスに食って掛かっている。あそこまで焦っている弟の姿を見るのは新鮮だった。


(必要? ナーナティカさんに何かあったのかしら)


 だが、ジエマは話し合いに割って入るのはいけないと言いつけられている。大人しく待って、じいっと見つめていれば、それに気づいたテトスが爽やかに笑って言った。


「ご安心ください、ジエマさん。俺の妹は、今、少々立て込んでいるだけです。そのうち会いに来るので待っていてくれますか」

「まあ、そうなのですね。ええ、お邪魔するつもりはありませんわ。お待ちします」

「はい、そのほうがいいです。そのかわり、不肖の妹に変わって貴女を飽きさせることなく、俺がもてなしましょう。お客人も帰られて退屈でしょうから」

「そんな……いいんですの? あの、お母様」


 ジエマが作法に厳しい母をうかがう。マイラはわずかにまなじりを下げて、静かに首を振った。横ではなく縦だ。

 思わず目を丸くして声を上げてしまった。


「チャジア様。娘をよろしくお願いいたします。わたくしは、仮の手続きを進めて用意をいたしましょう」

「ありがとうございます」


 目を白黒させている間に、マイラはしずしずと部屋を出て行ってしまった。


(いったい、何があったのかしら)


 ヨランはなおもじれったそうに声をかけてくる。


「姉さんごとこっちに来るのは」

「わざわざ離れたってことは、そうする必要があるってことだ。近づいてもし変化が起きれば、困るのはナーナだぞ。俺はどやされるのはごめんだ」

「そんな……テトスは、心配ではないんですか」


 途方に暮れた顔をしている。そんな顔を見るのも、ジエマは初めてだった。

 ヨランはこんなに激して表情を変えられるのか。

 いつも、ツンとしているジエマの弟。表情を変えたとしても困ったように笑うか、何かを押し殺して我慢したような顔をする。それから、ジエマがお願いをすると時間を置いて穏やかに表情を緩めるのだ。


「心配はしない。信頼をしている。だから評価と敬意をもって、俺は言われたことをやるだけだ」


 淡々と、テトスが言う。


「なあ。ナーナに対して、いまさら何をそんなに心配するのか、俺はお前じゃないから共感できない。だが、俺は優しいから、一つだけわかることを教えてやる」


 ジエマはただ、見たこともない様子のヨランと努めて冷静に語りかけるテトスを眺めて息をのんだ。


「離れて焦るより、傍にいたほうがずっとマシだぜ」


 まるで迷子のように、呆然としている。それからのろのろと背を向けた。


「あとでな、()()()()()


 その背に向けてテトスが声をかけたが、ヨランは振り返らなかった。やがて足を速めて、部屋を出て行った。

 勢いのまま出て行ったのか、思ったよりも鳴ったドアの音にジエマはまたもや驚いた。


「あの子……どうしてしまったのかしら。チャジア様、ご存知ですか?」

「……さあ」


 ジエマには饒舌に話してくれたテトスだったが、その質問には濁して答えてくれなかった。


(ナーナティカさんのことを心配していたけれど、何か……チャジア様が託しているようにも……あら? あら、あら、あら?)


 ただ、もしかするとの想像が浮かんだ。

 ジエマはじわじわと嬉しさが広がってくる気がした。


「それより、ジエマさん。二人きりですが何をいたしましょうか。貴女の望みなら、なんだって付き合いますよ」

「ええと、チャジア様?」

「はい。しばらくは貴女のチャジアですよ。説明をしましょうか」


 そして、訥々(とつとつ)と優しく聞かされた内容に、ジエマの頬は赤く染まった。



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