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エピローグ 日常へただいま



「また、余計なリスクを背負いましたね」



 とある暗い一室。

 巨大なローブを羽織り頭をすっぽりフードで覆らせている女が、目の前に座る眼鏡の女を軽く睨む。


「ここのところのアナタの行動には目が余りますよ?ジュレ=リトルアイ」


「そんなのいつものことでしょう。私は己の首が飛ぶスレスレの行動を取っても、首を飛ばしたことはありません。ま、私の能力上、即死でなければ回復可能ですが」


「……」


 眼鏡の女――ジュレの軽口に、ローブの女は目を細める。

 ローブの女の苛立ちはわかりやすくジュレは苦笑を浮かべながら、


「リスクは犯しましたが、リターンは確かにありました。あの子達四人……特に有栖川周寧の特性を知れたのは良いことです」


「そのリターンがリスク……そしてコストに合ってないと私は言ってるんです。何故『我々』のことがARSSに露呈しかねいリスクを負ってまで……そして何故強力な手駒を一つ失ってまで、有栖川周寧のことを調べようとしたのですか?……なにか特別気になったことでも?」


「ただの勘ですよ。いずれ成長し、『我々』の役に立つアーベントになるんじゃないかっていうね」


「……はぁ」


 ローブの女は大きく溜め息を吐く。


「なら、その勘は外れたとしか言いようがありませんね。あなたは有栖川周寧に着目し、実際珍しい系統の能力の持ち主でしたが、A級の『偽者(フェイカー)』が指摘していた通り彼女の魂はあまりにも弱い。あんな弱い魂の持ち主では、強い狂気を育むことなんてできないでしょう」


「あなたの言う通り……と言いたいところですが、あなたにしては珍しく見落としがありますね。何か、他に気になることでもあったんですか?」


「……」


「そう睨まないでください。話を元に戻しますから」


 苦笑を浮かべながらジュレは、持っていたタブレット端末に映したとある動画を見せる。


「……これは、彼女達の戦闘の映像ですね。それが?」


「ここ、見てください。白い化け物になった『偽者(フェイカー)』の情報を取り込んだ有栖川周寧が血を流して倒れそうになってるところです」


「だから、それが……あぁ、そういうことですか」


「ええ」


 ローブ姿の女が納得した表情を浮かべ、ジュレはしたり顔で微笑む。


「『偽者フェイカー』は、ARSSでいう中級(オルデン)上位クラスの強力なアーベントでした。その彼女ですら、『白き星』のほんの一部ですらまともに再現することができず、むしろ本来変化することのないはずの精神まで侵されてしまった。にも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……確かに、アナタが面白がる理由はわかりました。ですが、元々『偽者(フェイカー)』が再現できてたのは失敗かつほんの一部。それを受け取れたからって、彼女に『星』ほどの器があるとは思えませんが」


「そこまで言うつもりは私もありません。ですが、最低でも『偽者(フェイカー)』以上の器があるのは確定的。ならば、今すぐ確保して、弱い内にこちらで好きなように『加工』するのが一番だと私は考えます」


「……」


 ローブ姿の女は俯いて考えるようにする。

 しかし、数秒後首を横に振りながら、


「……アナタが今回見出せたのは、『面白いかつ将来が有望』ってことだけ。それだけなら、他にもいくらでもいるし、わざわざリスクを冒してまで確保する必要があるとはやはり思えない」


「そうですか。平行線ですね」


「ええ。そして、この話は『ボス』へ持っていくべき話。……有栖川周寧個人は大したことなくても、チームとしてはそこそこのものになってることを考えると、確実に対処するには夏遮那辺りを引っ張ってくる必要がある……というのはアナタもわかってますよね?」


「そして、夏遮那及び彼女クラスの人材を使うとなると『ボス』の許可が必要不可欠というわけですね。……ま、彼女を使わなくても、私が直接確保に向かっても良いのですが」


「それこそ――」


「冗談です。流石にこの案件で十年以上かけて築き上げた『私の地位』を無駄にしたりはしませんよ」


「……」


 ローブ姿の女は疑わしげな視線を送るが、眼鏡の女はどこ吹く風だ。

 ジュレはタブレットに映る銀髪の少女を撫でながら、こう囁いた。



「――興味深い『素材』ですよ。本当に」



 そう嘯く彼女の声色は、まるで長年会えなかった恋人に再会したのかのような愛しさの溢れるものだった。







『――札付き(バッドマーク)対処任務の報告は以上です』


 そんな淡々とした高殿灯雲(ぶか)の声が、携帯端末の向こうから聞こえてくる。

 ARSS日本本部の執務室にて秋倉燕は顔を顰めながら、


「……まさか想像を遥かに越えるレベルの事態になっていたみたいだね。ボクの判断ミスだ、すまない」


『悪いのは「札付き(バッドマーク)」の連中なので、秋倉さんは気にしないでください』


「……ありがとう。それで、君達の怪我は深くは無いんだよね?」


『はい。結構みんなボロボロでしたが、骨は逝ってないんで、アーベントの自然治癒力で問題なく回復できる範囲内なので、大丈夫です』


「それは不幸中の幸いだったね……。……なら、治療が終わり次第、こっちに帰ってきて。大変な目にあった直後に悪いけど、君達は東京のアーベントだからね」


 そう言いつつ燕は、『苦労させたんだし、回らない高い寿司でも奢ろうかな。……あぁでも、真宵君は人が握ったものを食べれないし、そもそも彼女達の大部分が金持ちだから、高級料理の類って彼女達にとって普通だったりするのかな……』なんてことを考えたりしてたのだが、そのことを口にするよりも早く、携帯端末の向こう側から、


『――秋倉さん』


「ん?なんだい?」


『今回の任務、すごい大変でした。しかも、それを一日で終わらせました』


「うん、そうだね」


『そして、体もそうですが、割と精神もボロボロです。そんな部下達に、秋倉さんはまたすぐに働けと言うんですか?』


「いや、流石に東京で待機してもらうだけで、そんなすぐに任務を回すつもりは無かったけど……もしかして、灯雲君怒ってる?」


『怒ってないです。ただ、「少し休みたい」という働いた者としての正当な権利を主張したいだけです』


「……」


『これ、相当頭に来てるな』と秋倉燕は思った。

 ……先程、灯雲は『大丈夫です』と言ったが、あれはこちらを安心させたいだけで、実際は結構酷いものだったのかもしれない。

 そして、それは確実に灯雲本人のものじゃないだろう。

 彼女は、自分のことより他人の為に怒る人間だ。


「……そうだね」


 燕は一人頷くと、携帯端末に向かって、


「君達はがんばって、厄介な札付き(バッドマーク)を始末した。なら『特別な休暇』って報酬を得るのは正当だね。君の言う通りだ」


『……では?』


「……二日、いや三日ぐらいでいいかな。手当とは別に、特別休暇を君達に与えよう。手続きの方はこっちで済ませておくね」


『!ありがとうございます。流石、秋倉さんです』


「何が流石なのか、よくわからないよ?」


 燕は苦笑を浮かべる。

 そして、


「灯雲君、報告ありがとう。……お疲れ様」


『はい。失礼します』


 通話が切られる。

 そして秋倉燕は携帯端末をポケットにしまい、新しくできた書類仕事に取り掛かるのだった。







「……周寧」


 声を、かけられた。

 病院の庭にあったベンチに座っていた周寧は、反射的にその方向に目に遣る。

 そこには、自分と同じく絆創膏が目立つ親友が立っていた。


「隣、いい?」


「いいよ」


 珍しくそう断りを入れて、恋桃は周寧の隣に座る。


「……」


「……」


 互いに無言になる。

 だが、二人の少女の間にあるのは気まずいものではなかった。

 当然の沈黙と、少なくとも周寧の方はそう考えていた。

 だからだろう、口を開いたのは団子頭の少女の方だった。


「あたしは、周寧が死んだら嫌だよ」


 言い淀むこともなく、装飾もなく、平坦な口調で告げられたその言葉。

 しかし、だからこそ、『それ』がどうしようもなく恋桃の本心なのだと、否応がなくわからされた。


「……うん、そうだね。ごめん」


 周寧もまた短く返す。

 本気の謝意を込めながら。


「……謝ってくれるなら、良し!」


 恋桃はバンと周寧の背中を叩く。


「……恋桃、痛い」


「あたしの心の痛みの方が重傷だっての。ってか、気分転換にどっか遊びに行かない?折角の北海道なんだしさ」


「良いけど、ARSSの規定を考えると、多分すぐに東京に戻らなきゃ――」


「その話だけど、気にしなくても大丈夫よ」


「うわっ、チビ雲いつから居たんだよ」


「アンタが周寧の背中をど突いた辺りからよ。ちなみに、真宵の奴はもっと前から居たわよ」


「恋桃先輩、可愛かったですよー」


 真宵はニコニコと恋桃に手を振り、団子頭の少女は嫌そうに顔を顰める。

 それらを無視して灯雲は、


「話を戻すけど、まだ私達は東京に戻らなくても大丈夫。秋倉さんが三日間の特別休暇くれたから」


「マジか。秋倉さん、神じゃん」


「そうね、神ね。……で、どうする?」


「勿論、遊び倒すに決まってるじゃん。周寧も牛見たいよね!?」


「……ふふ、そうだね。私も生で見たことないし、ちょっと見てみたいかも」


「第一の目的は牧場見学ね……。真宵もそれでいいかしら?」


「全然良いですよー。私も初めてなんで楽しみです」


「そう。なら、牧場にアポ取って向かうわよ。……レンタカーと運転手はもう用意してるから、早く乗りましょ」


「準備万端か」


「いいね、そうしよう」


「私も賛成です!」


 四人は適当に言いながら、灯雲が呼び付けた大きめのバンに乗り込む。

 一つ目の行き先は決まっているが、それ以降はまだ決まっていない。

 二日目と三日目のことも、どこに泊まるのかも何も決まってない。

 でも、多分。

 いや、絶対。

 この三日間は楽しかったと言えるものになるだろう。

 そう少女達は確信しながら、第一の目的地である牧場に向かうのであった。








 ABENSHEEss『少女達の青春異戦録』

 END


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