第一章 開戦
1
「北海道の札幌で、ある「札付き《バッドマーク》」による殺人事件が発生した。学校ある日に済まないが、君達には、これを担当してもらいたい」
とある平日朝方の、ARSS日本本部の一室にて。
髪をチョンマゲのように束ねている女――秋倉燕は、四人の少女を呼び出すと、そんな物騒なことをサラリと告げた。
「……一つ、質問いいですか?」
秋倉による指令に対し、一人の小さな少女が行儀良く手を挙げる。
「なんだい、灯雲君?」
「なんで、私達なんですか?北海道の事件なら、北海道の能力者が担当するのが通常だと思うんですが」
「あぁ、それは……」
「あれ、珍しいね」
秋倉燕の言葉を別の少女が遮る。
その少女の名は、棘園真宵。
ピンク髪が目立つ背の高い少女だった。
「真面目な灯雲ちゃんが、仕事を渋るような反応するなんて」
「そういうわけじゃないわよ。ただ、気になっただけ」
高殿灯雲は棘園真宵に対し、乱暴な口調でそう言い放つ。
それを見ながら秋倉は淡々と、
「で、先程の灯雲君の質問の答えだけど……それは、君達のチームに周寧君がいるからだ」
秋倉のその言葉で、その場に居る全員がとある少女――有栖川周寧に目を向ける。
当の彼女は、のんびりとした様子で、
「……私の能力で、事件の調査をしろという話ですか?」
「その通り。キミの固有能力『心的収穫』はありとあらゆる事象の痕跡を読み取る。その力で、『札付き《バッドマーク》』による殺人事件を解決してほしい。……他の三人は、周寧君のボディガード兼補助だ」
「なるほど、了解しました」
「ていうかさ」
ここに来て、四人の少女の内の最後の一人――七瀬恋桃が怪訝そうに口を開いた。
「そもそも『札付き』って何だっけ。どっかで聞いた覚えはあるんだけど」
その恋桃の言葉を受けて、灯雲が溜め息混じりに、
「……所謂、犯罪者アーベントのことよ。アーベントは基本的にARSSの管理下に入るけど、それを良しとしなかったアーベントが『札付き』で、彼らの捕縛もARSSのアーベントの仕事の一つよ」
「へぇ……。でも、そんな仕事、今までやったことなくない?」
「鵺と違って頭が付いてる分、かなり難易度が高い仕事だからね。それに、札付きの数自体もそんなに多くないから、今まで私達に回ってこなかったって話よ」
「そして、君達はもう日本の中でも有数の下級チームだ。だから、君達四人だけで任せたいと思う。……勿論、現地のバックアップはあるけどね」
秋倉はそう言うながら携帯端末を操作し、四人の少女の端末に事件の詳細を送る。
そして、
「もう飛行機のチケットは手配してある。急で悪いけど、このまま北海道に行ってくれ」
とある殺人犯の確保を、四人の少女に託した。
2
「やっぱりというかなんていうか、北海道って広いね」
少々大きめな自家用車の後部座席に座る恋桃が、窓の外に広がるだだっ広い野原を見ながらそんなことを呟く。
助手席に座る周寧は、小さく笑いながら、
「私も北海道初めてだけど、見晴らしが良い景色って好き」
そんなことをボソリと呟く。
だから。
「お、私の管轄地もとい地元を良く言ってくれてありがとうー」
運転席に座るゆるふわな水色髪の女が、のんびりと礼の言葉を口にした。
彼女の名前は、常西理音。
飛行機に乗り北の大地に降り立った四人の少女達を、空港で迎えてくれた案内人だ。
ハンドルを回しながら彼女はのんびりとした口調で、
「そうそう、周寧ちゃん、君達の話は色々聞いてるよー。あのハーモニーを斃したんだって?すごいねー」
「……そうですね。ありがとうございます」
いきなりそんなことを言うものだから、助手席に座る有栖川周寧は曖昧な返事を返す。
……ハーモニーは、後ろに座る高殿灯雲から見て何年も追っていた仇であったため、あまり気軽に話題に出して欲しくなかったのだが、チラリと後ろ見て確認する限り、灯雲は気にしていなそうだった。
そんな周寧に気付くことなく、理音は、
「そういえば、私……あ、私のことは理音って呼んで欲しいんだけど、私の自己紹介?的なのほとんど言ってなかったね」
隣の周寧と、ルームミラーに映っている後部座席に座る少女達にふんわりと笑いかけて、
「何度も言っちゃってるけど、名前は常西理音。で、位は中級、好きな食べ物はうなぎ。能力は、身体強化ってところかな。恋桃さんと同じだね」
「……へぇ」
左後ろの座席にて、外の景色――東京では中々見られない地平線と広大な野原を眺めていた恋桃が、視線を運転席の方に向ける。
「そんなことを言うってことは、あたし達の情報は聞くまでもないって感じ?」
「いやぁ、|ARSSのデータベース《ネビュラリスト》には最低限の情報しか載ってないし、君達の口から直接聞きたいかな。……これから『札付き』と対峙するかも&連携するかもしれないことを考えると、能力のことは特に。あ、あと好きな食べ物もね!」
「好きな食べ物情報、必要かぁ……?」
恋桃は首を傾げながらも、
「んじゃ、あたしから。あたしの名前は七瀬恋桃。能力は身体強化の『覇者の黒衣』で、好きな食べ物は辛いもの全般。……んで質問なんだけど、さっきから野原ばっか続いてるけど、牛とかそこら辺に歩いてたりしてないの?」
「いくら北海道でも、牧場に行かなきゃ見れないわ。……で、次、周寧ちゃんお願い」
「……私の名前は、有栖川周寧。好きな食べ物は肉じゃがで、能力は記憶探査の『心的収穫』。……細かく言うと、黒い根を広げて、触れた人や物の心や過去の記録を見る能力です」
「へぇ……。情報収集系って聞いてたけど、思ったより便利そう。他になんかできたりするの?」
「他にはえーと……あ、根で触れ合った人とはテレパシーみたいなこともできます」
「うわっ、そんなことまでできるのってもはや羨ましい。……今のうちに肉じゃがでも奢って媚びでも売っておくか」
「ありがたくいただきます」
「お、ノリ良いのはいいねぇ。……じゃ、次、灯雲ちゃん、自己紹介お願い」
「……高殿灯雲です。能力は……銃火器を生成する『指先の暴力』で、火器なら大体のものは作れます。好きな食べ物は、レモン飴ですね」
「なるほどなるほど。……次、真宵ちゃん、お願い」
「名前は棘園真宵です。能力は腕を翼に変える『位天変異』、好きな食べ物は特に無くて、手作りのものが食べられません」
「ふぅん……。それであなた達、確か一番のベテランって灯雲ちゃんだったよね?一番強いのは、あなた?」
理音はルームミラーで、後部座席の真ん中に座る灯雲をチラリと見る。
灯雲はつまらなそうな表情で淡々と、
「……結構悩みますが、多分、殴り合いで一番強いのは恋桃で、アーベントとして一番強いのは私です。……ただ、私の場合、能力がちょっと不調なので、殴り合いの方はあまり強くないですが」
「?」
灯雲の隣に座る恋桃が、不思議そうな顔をする。
「チビ雲、殴り合いの強さとアーベントの強さってなんか違うの?」
「違うわよ、バカ桃。……って言い切りたいところだけど、短時間で上手く説明できない。いつか、秋倉さんか百鬼本部長辺りにでも聞きなさい」
「?ま、いっか」
恋桃は満足したのか、視線を再び窓の外に移す。
直後、理音は、
「じゃ、簡単な自己紹介が終わったところで、事件の概要を説明しようかしら」
なんで、四人の少女達を北の大地に呼んだのかの理由を語り始めた。
3
――事件の内容自体は、シンプルだ。
いや、『情報がシンプルなものしかない』と言った方が正しいか。
女性の死体が、あるアパートの空き部屋で発見された。
早朝、管理人がアパートの周りを掃除していたら、空き部屋のドアが大きく開かれていた
ため、不思議に思って覗いたらそこに、椅子に縛られた死体が……というのが発見時の状況だ。
ただ、その死体は『普通』とはとても言い難い有様で、全身が殴打された上、個人の特定を隠すためだろう、顔と手は焼かれ、目と口の部分が徹底的に砕かれていた。
そして、その部屋には死体以外何も無く、目に見えるものは死体と死体の血痕しかなかった。
そんな行き詰まりの最中、影胞子の残滓が部屋から検出されたため、本事件の犯人は『札付き』と推測され、担当が警察からARSSに移行したのであった。
4
「……情報、そんだけ?」
理音から一通り説明を聞いた恋桃が訝しむ。
「そんなの、ほぼ何もわかってないのと同じじゃん。っていうか、警察ってそんな簡単に縄張りを譲ってくれるものなの?」
「何もわかってないというのは、その通り。質問の答えの方としては、警察も別に完璧に譲ってくれたわけじゃないよ?一旦ARSS側の預かりになるけど、割とすぐに合同捜査に移るだろうし」
「?なんで、警察を一旦切り離すんですか?」
後部座席の右側を座る真宵が、そんな疑問を放つ。
それを受けて理音は、
「周寧ちゃんみたいな情報探査系能力で一発で犯人を見つけれたら、警察の捜査力を使う必要が無いからね。そして、『札付き』と衝突する時は同じアーベントだけの方が良いし……ってことで、初動だけARSSで行って、それで犯人の目星がつかなかったら警察と合同の捜査になるのよ。ま、今日は周寧ちゃん引っ張ってこれたし、その必要は無いだろうけどねー」
「そりゃそうよ、ウチの周寧はすごいんだから!」
「なんでアンタが自慢げなのよ……」
親友が褒められ(?)鼻を高くしている恋桃の横で、灯雲は呆れたような表情を浮かべる。
そんなこんなしている間に、
「あ、ついたわよー」
風景が野原からポツポツと民家が並ぶ小さな町に移っており、目の前に少々古めかしいアパートが建っていた。
五人が車から下りる。
直後、恋桃は、
「随分、ボロっちいアパートなんだね。他に住人は居ないの?」
「埋まってるのは二部屋だけ。大家さんが言うには、いくら安くしてもこんな田舎に住もうとする人が居なくて、だから今回の殺人にも全然気付いてなかったんだって」
理音は明るくそう言う。
それに対し、灯雲は真剣な顔で、
「なら、近隣の方々は?ポツポツ民家があるようですが」
「そっちも空振りだって、警察の人が言ってたー」
「……そうですか」
灯雲はチラリと横に――周寧に目を向ける。
周寧はのんびりとした様子で、
「じゃあ、私の能力の出番ってことですよね」
「そういうことー」
「では、犯行現場の扉の記録を読んで、犯人の逃走ルートを探し出します。……部屋はどこですか?」
「あー……。部屋は103号室なんだけど、犯人の逃走ルートを追うより、先に死体の方を調査して欲しいかな。逃走ルートを追うだけだと犯人のことしかわからないけど、死体の方を調べたら被害者と加害者の両方のことがわかるしね」
「……確かにそうですね」
そう言いながら周寧は、事前に支給されていた手袋を手に着けながら歩みを進めると、件の103号室のドアの前で立ち止まり、
「失礼します」
一言そう言って、部屋の中に入る。
四人も周寧の後に続き、最後に入った真宵が、
「……空き部屋だって聞いてましたが、本当にものがありませんね」
その部屋には冷蔵庫すら無く、ただリビングに、椅子に縛られた一人の裸の女性の死体が横たわるだけだった。
「……」
恋桃はそれを見て顔を顰める。
顔の原型を留めておらず、全裸の――しかもあちこちに打撲痕や火傷の跡がある死体を目にしたのだから、当然の反応だろう。
「――」
周寧は目を瞑り、遺体に向けて合掌する。
後ろの四人も追従した直後、周寧は、
「狂気解放――『心的収穫』」
己が能力を発動させるための祝詞を、ゆっくりと囁いた。
5
「……周寧先輩、妙に手慣れてませんか?」
真宵は恋桃の方を見ながらそう尋ねる。
それに対して、団子頭の少女は、
「……周寧はアーベントになった直後から、秋倉さんと一緒に難解な事件を解決してたことがちょいちょいあるからね。それで手慣れたってことなんでしょ」
「なるほどです」
そんな会話が後ろで繰り広げられている中、周寧は能力に集中する。
二分後。
「……一日目、遡り終わりました」
「ありゃ、思ったより時間かかったね。一瞬で終わるとばかり思ってたけど」
「現在の情報を読み込んだり、記憶でも『対象が今考えていること』や『特定の言葉』……とにかく何かに紐付けされた特定の記憶なら一瞬で読み取れるんですけど、心が無い……または消えてしまったものの過去の記録を網羅的に読むのは、情報量が膨大になってしまうので、読み取る期間量によってちょっと時間がかかります」
「なるほど、なるほど。で、大体二分で24時間遡れると」
「そういうことです」
「……それで、周寧、何かわかった?」
理音のすぐ前に立つ灯雲が、本題を尋ねる。
そちらの方に顔を向けながら、
「……わかったことは二つ。この人はアーベントだったってこと。もう一つは、この人は少なくとも24時間拷問を受けてたってこと」
そんな周寧の言葉を受けて、恋桃が嫌そうに眉を顰めながら、
「……拷問って、何かを聞き出そうとしてたってこと?」
「そんな感じじゃない。椅子に縛られた状態で、再生するたびに無言のままひたすら顔を潰されててて、『痛い』って感情しか感じ取れなかったし、顔の形を把握することもできなかった」
「……というか、そもそも」
恋桃に右横に立つ灯雲が、怪訝な表情を浮かべて、
「被害者がアーベントってどういうことよ。被害者は、ARSSだったってこと?」
「それはわからない。ただ、普通の人間ではあり得ないレベルの回復力を持ってたから、アーベントだってわかっただけ」
「……へぇ」
灯雲の真後ろに立つ理音が、感心したように頷く。
「そこまでわかるのは素直にすごいと思うけど……つまり、現時点では被害者も加害者の顔もわかってないってことなのよね?……あ、ちなみにARSSから行方不明者の報告は上がってないから、そこは安心して」
「……そこは良かったですが、被害者も加害者の顔もまだわかってないです。ただ、こんなケースは見たことない。拷問を楽しむにしても、加害者側が一言も発さないのも変ですし、ずっと顔を集中的に攻撃してる意味もわからない」
「……確かに変ね。だけど、その辺も周寧ちゃんがこのまま調べていけばわかるんじゃない?」
「……そうですね」
周寧は頭をフルフルと振って、意識を切り替える。
そして、
「探査を、再開します」
能力を発動し直す。
直後、流れた情報は――。
(……酷い)
ひたすら、女の顔に向けられた拷問の記憶だけが、周寧の頭の中に流れてくる。
故に、相変わらず被害者も加害者の顔が見えなかった。
(そもそも、目的は何?尋問とかしてなさそうってことを考えると――)
周寧は色々思案を巡らせるが、その思考は途切れることになる。
何故なら、一日半ほど遡ってようやく、被害者の顔と加害者の顔が現れたからだ。
「……っ」
周寧は息を飲む。
何故なら。
被害者と加害者の顔が全く同じで。
その顔が、後方に立つ水色髪の女のものだったからだ。
(これは、どういうこと……?)
意味がわからない。
一体これは、何だ?
「理音さん、これは……」
周寧はつい振り返りながら、理音に向かって何かを尋ねようとする。
だが、その前に理音は、
「あれ、周寧ちゃん、まだ追加で一分しか経ってないし、二日目の分終わってないよね?何かわかったとしても、まとめてで良いよー」
「……」
周寧は無言で顔を死体の方に向き直す。
確かに、理音の言う通りだったからだ。
そして、この時点でもう、周寧の頭の中には
、一つの最悪のシナリオが出来上がっていた。
「――」
周寧は能力を発動させる。
そして、理解した。
一体ここで何が起こったのかを。
6
一人の女が、裸で椅子に縛られていた。
彼女の体はボロボロだったがまだ死んでなく、何より顔の原型がまだ残っていた。
彼女の名前は、常西理音。
ARSSに所属する中級アーベントだった。
ボロボロ故に一言も喋れなくなった彼女の前に立つのは、
『ハロー、周寧ちゃん。見えてるー?常西理音だよー?笑』
水色の髪はゆるふわにしている女――常西理音の姿をしていた。
しかし、
『だけど、すごいねぇ。本物の常西理音の死体からこのメッセージが聞けてるってことは、死体からも一日半以上は記録を遡れるってことでしよ?本当、すごいよ』
加害者の――偽物の理音が、感心したように頷く。
そして、
『で、私の目的だけど……まぁそんなこと語らなくていっか』
偽理音はパチンと指を鳴らす。
すると、部屋の隅から、一人の暗い男が立ち上がった。
その男は、椅子に座る全裸の女……本物の理音の顔に手を向ける。
直後。
その掌から、真っ赤な炎が放たれた。
だから、
『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
『私のお願いはただ一つ』
『あぁ、ああっ、あぁぁぁぁぁぁ!!!!』
『あなたの能力で、限界まで死体の情報を遡ってみて。もし、手を抜いたら……そうだね、私の目の前に立ってる子を殺すから、そこんとこよろしくねー』
7
「――」
何が起きたのか、わかった。
ようやく、わかった。
自分達を迎えて、ここまで連れてきた常西理音は偽物で、彼女が犯人だったのだということを、有栖川周寧は理解した。
だけど、そのことを口にはできない。
何故なら、
「どうしたの、周寧ちゃん?」
偽物の理音が、首を傾げる。
そんな彼女の目の前には、金髪の小さいチームメイトが居た。
「……なんでもないです」
周寧は前を向き、能力を発動し直す。
そうしながら、考える。
一体自分が、何をするべきかを。
(力ずくで偽物を倒す?……いや、駄目。彼女は本物の常西理音……中級アーベントを捕らえ殺せるほどの力を持っている。みんなで挑めるならともかく、人質取られてる状況で一人で挑むのは無策が過ぎる)
一人で立ち向かうのは、明らかな無謀。
周寧はチラリと、暇を持て余したのか携帯端末を弄り出した恋桃と真宵、そして人質の灯雲を見る。
(『根』を通して、三人にさりげなくこのことを伝えるのは?)
……いや。
これも、駄目だ。
なぜなら、
(私が『根』を通して、人と意思疎通できるのは既に偽理音に教えてしまってる!)
他に、手は……。
「どう、周寧ちゃん?もう三日分は調べ終わった頃だと思うんだけど?」
「……」
周寧は偽理音の言葉に頷きながら、何か言葉を紡ごうとする。
そうしながら、この絶対絶命な状況に穴が無いかを模索する。
「……被害者と加害者の顔は出ましたが、どちらも知らない顔でした。もう少し、調査します」
適当な言葉を口にしながら、周寧は考える。
答えが無い問題の答えを、独り懸命に探す。
(でも、どうしたら……)
『何かをしなきゃいけないのに、どうしたらいいかわからない』。
真綿のような絶望が、少女の身と心を侵す。
そんな時だった。
「狂気解放――『覇者の黒衣』!!」
「狂気解放――『位天変異』!」
二人の狂気が、狭い部屋の中で吹き荒れる。
さっきまで携帯端末を弄っていた茶髪の少女――七瀬恋桃が、偽理音を玄関の方に殴り飛ばすのと同時に、ピンク髪の少女――棘園真宵が周寧と灯雲を抱え、玄関とは真逆の窓に向かって飛ぶ。
「二人とも、目を瞑って!」
「!」
「!?」
真宵がそう叫ぶと同時に、窓をぶち破りそのまま部屋の外に飛び出す。
「アンタ達、一体何を……」
抱えられている灯雲が困惑の声を上げる。
後ろから走って付いてきた恋桃は、そんな小さい少女を無視して、
「ねぇ、周寧!これ、勘違いの迷惑だったりする?……それが一番良いんだけどさ!」
「――」
周寧は目を見開く。
直後、微笑みを浮かべて、
「勘違いじゃない。ありがとう」
恋桃と真宵の二人が何を考えこんな行動を取ったのかを、能力を使うまでもなく理解した。
〜〜一分前〜〜
ある二人の携帯端末に表示されていた、個人チャットにて。
『ねえ、真宵。口は開かないで、このチャットだけでやり取りしてくれない?』
『?良いですよ、どうかしたんですか?』
『……なんか、さっきから周寧の様子がおかしい。途中から、常西理音のことを怯えた目で見てたような気がする』
『……うーん、私にはそこまで分かりませんが、確かにちょっと前から様子が変わりましたね』
『でしょ?……これは完璧に想像で、考え過ぎかもしれないけど、もしかして周寧、能力で調査してるときに、常西理音にとって不都合な何かを知っちゃったんじゃない?下手したら殺人犯そのものとかそういうレベルの』
『……考えてみると、理音さんもさっきから微妙に高圧的ですしね。可能性としては低いかもしれませんがゼロではないような気が私もします』
『そして、その可能性はゼロじゃなきゃかなりまずい。 ……もし、常西理音が私達の敵なら、理音の目の前に立つ灯雲のヤツは人質ってことだろうし』
『……そういうことになりますね』
『だから、私が狂気能力を発動して常西理音を全力で殴り飛ばすから、その隙に真宵が周寧と灯雲を連れて窓から逃げて。あとから、私も追いかける』
『了解です』
『言っとくけど、今私が言ったことは、考え過ぎの可能性も結構ある。……まぁもし間違えたところで、中級が私の一撃で死ぬわけないからそこまで重大なことにはならないけど……。……ま、取り敢えず責任は私が取るから、その辺のことは気にすんなよ』
『こんな風に共謀してて、恋桃先輩一人の責任で済むわけないじゃないですか〜。もし間違えていたら、一緒に怒られましょう』
『……悪い、ありがとう。じゃ、次に周寧と常西理音が話し出した時が、作戦の決行タイミングってことで』
『了解です〜』
8
「あー、痛ったぁ……」
茶髪の少女によって思いっ切り吹き飛ばされた水色髪のゆるふわ女――偽理音がズボンをパンパンとはたきながら起き上がる。
(何でバレたのかなぁ……。……周寧ちゃんが何かしたのかな?)
偽理音は、直前に起きたことを振り返る
(……いや、周寧ちゃんも殴られてる私を見て驚いていた。さっきのは、周寧ちゃんも与り知らぬところで起きたこと)
ということは恐らく、周寧の不審な様子を察知して、勘で自分を殴り飛ばしたってところだろう。
「思い切りが良いねぇ……」
偽理音はそんなこと言いながら、『パンッ』と手拍子を大きく鳴らす。
「お前達、出ておいでー?」
その掛け声と同時に、三人の男が物陰からスッと現れる。
彼らARSSのアーベント――ではない。
『札付き』。
例え、世界から追われる存在になろうとも、ARSSに所属することを拒否した文字通りの無法者達だ。
その内の一人……本物の理音の顔を燃やした暗い男が、
「……リーダー、これからどうするんで?」
「決まってるでしょ」
偽理音は、右手を指鉄砲の形に変え、四人の少女が逃走した方角に向ける。
そして、
「あの子達を殺すんだよ、一人も残さず。ばきゅん☆」
底抜けに明るい声で、躊躇いなく人殺しの指令を出した。




