今日ぐらいは
三題噺もどき―さんびゃくはちじゅうご。
ヒヤリとした風が、頬を撫でる。
寒さ対策で巻いたマフラーのせいで、少し火照った頬には丁度いい。
手袋はあいにく忘れてしまったので、指先は震えている。
「……はぁ」
その指先を温めるために息を吐く。
白く溶けるその先には、美しい夜空が広がる。
数時間前までは、雨降り状態だったが、どうやら晴れたようだ。
冬の寒さは苦手だが、空気が澄んで、ああいうのがきれいに見えるのはいい。
「……」
指先を温めるついでに、腕につけた時計を見やる。
就職祝いにと買ってもらった品だが、なかなかに気に入っているものだ。
貰ったあの日から、一度壊れたこともあったが、修理に出して今でも使っているほどには大切にしている。
就職したばかりの頃は、少し背伸びしたような大人びたデザインだったので、少し恥ずかしかったのも今は初々し思い出だ。
それが似合う大人になっていると嬉しい。
「……」
そういえば、幼い頃も、こうして少し大人っぽいモノを好んでいた気がする。
あの頃から、背伸びをしているのが私らしいと思っていたのかもしれない。
洋服も、持ち物も、他の子どもが選ぶようなものよりは。
当時の自分よりは少し年上の、大人とか学生とかかが使いそうなものばかり望んでいた。
フリルよりは、シンプルなもの。
えんぴつよりは、ボールペン。
ピンクの鞄よりは、黒の小さめの綺麗な感じの鞄。
キラキラの靴よりは、シンプルな靴。
「……」
それでも、そんな時でも。
将来の夢は子供っぽかった。
「……」
いつか。
白馬に乗った王子様が迎えに来て。
馬車に乗ってお城に行って。
そこで幸せに暮らすんだ。
なんて。
割と本気で言っていた時期がある。
「……」
今じゃ、恥ずかしくてそんなこと言えもしないが。
それでも。
どこかにずっと、そんな気持ちがあったのかもしれない。
白馬に乗った王子様、馬車に揺られていくお城。
「……はぁ~」
再度息を吐く。
白い息が溶ける。
その先に。
「……ぁ」
小走りで駆けてくる影があった。
時計を少し気にしながら。
まだ着られている感のあるスーツを身に纏って。
首にはお揃いのマフラーを巻いている。
「……」
ほんの少し、頬の熱が上がる。
耳まで赤くなっているかもしれない。
口角が上がっているような気がするので、マフラーを少し上げる。
見えただけでにやけるなんて……そんなにだったかなわたし。
「――!」
走ってくる影と。
ぱっちりと目が合った。
その瞬間に。
その表情が明るくなったのが分かった。
小さく手を振っているあたりが、らしくて。
「……」
それだけで、更に頬が熱くなる。
これ以上心拍数を上げないで欲しい。
これ以上喜ばせないで欲しい。
「……」
きゅうと締まる心臓に、自分らしくないなぁなんて思いつつ。
まぁ、それでもいいかなぁなんて思ってしまえるんだから。
何とも不思議なものだなぁと思って。
「……」
年下のこの子の前で。
魅せる自分は、いつもよりは大人びた私でありたかったけど。
「……」
まぁ、今日はそれでもいいか。
お題:雨降り・背伸び・馬車