第9話 一寸先も楽
前回急いでてあんまり書かなかったので、また献血の話でも
献血の会場って何であんなに平和なんですかね?
スタッフの人達もすごい丁寧に対応してくれるし、メチャクチャ感謝されます。
自分に価値がないと思っている人は1回献血してみたらどうでしょうか?
血液400mlで自分が価値のある人間だと思わせてくれます。
「やっと帰ってこれたー」
1度は卵を冷やしに戻って来たが、まだ外でやるべき事が残っていたのでそれはノーカウントとしている。
本来なら学校が終わった昼にはこの状態になる筈だったのに、もう空が赤くなって来ている。
明日もまだテストが残っているが、朝から走り回ったり、血を抜かれたりで疲れたので、今は休憩して夜ご飯を食べてから勉強をすることにした。
もう家から出る予定もないのでとっとと風呂に入って、夜までゴロゴロする。
「今日はゆっくり風呂に入りたいんだけど?」
「残念だが、もう用意してある」
「準備が良くても困る時ってあるんだね」
脱衣所で服を脱いでお風呂場に入るが特に変わった所は見つからなかった。
「まだ無事」
「そんな報告いらんから、早く体を洗ってくれ」
風呂に入る時も神子都とは一緒にいる。勿論、神子都は服を着たままだし、ちゃんと加護を与えてくる。
一時期、神子都と一緒に入る事を気にしていた時期はあったが、神子都は全く気にしていないようなので、少し気になる所はあるが俺も気にしない事にした。
今までの加護の内容としては、シャワーが滝になってたり、床がやたら滑ったり、ドラム缶風呂になってたりと色々あったが、シャワーの水圧が上がった時が1番危険だった。
あの時のシャワーは体を洗う為のものではなく、完全に人を殺る為のものになっていたからだ。
シャワーで体を洗ってから湯船に移動する。流石にこっちには何か細工がされていると思っていたのだが、まだ何も変化が無い。
何も起こっていない時にしかゆっくり出来ないので、今のうちに風呂を堪能しておく。
「あぁ〜、極楽だぁ〜」
頭の中が気持ちいいという信号で満たされ、体から力が抜けていく。
極楽浄土や天国に行ったら多分こんな気分になれるのだろう。
この至福の時間が永遠に続けば良いのだが、現実はというか神子都がそんなに甘くないのは俺が1番知っている。
「そろそろやっていいか?」
「もうちょっとこの幸せに浸らせて」
「分かった、じゃあいくぞ」
どこが分かったのかわからないんですが、どこが分かったんですか?
神子都が指をパチンと鳴らすと、天井から黄色いアヒルのおもちゃが1つ降って来た。しかも独りでに泳いでいる。
「ピィー、ピィー」
可愛く鳴いてもダメである。君が危険だという事は今までの経験から分かっている。
とりあえず、そのアヒルにお湯を掛けて対岸まで送り、距離を離す。
「こんなに可愛いアヒルにそんなにビビるなよ」
「神子都が出した奴だからね。そりゃビビるよ」
端に送っても直ぐに泳いでこっちに向かってくるので、負けじと何度も送り返す。
送り返すたびに目つきが怖くなって戻って来るが大丈夫だろうか。
「おいおい、そんな事したら可哀想だろ。ほらよく見てみろ、可愛いだろ?」
神子都が両手でアヒルのおもちゃを掬い上げて、俺の目の前に持ってくる。
「いや、可愛いのは認めるけど、それをあんまり近づけないで」
「そんな事言っちゃダメだぞ」
「ピィピィ!」
俺の発言が気に入らなかったのか、鳴き声と共に俺の両目に向かって口から泡を噴射した。
この泡がありえないぐらい目に染みた。
普通に泣く時の何倍もの量の涙を生産し、スマホの連写も驚く程の回転数でまばたきをして、体が泡の成分を全力で排除していた。
追加でシャワーも使って徹底的に泡を洗い流す。
1分程度悶え苦しんだが、泡が流れ切ったのかだんだん楽になってきた。
「一生分の涙を流したわ……。それで、そのアヒルと何すればいいんだ?」
「ピィピィ」
アヒルのおもちゃは神子都に掌の上で鳴き声とジェスチャーで何かを伝えていた。
「なるほど、この子は命と遊びたいだけらしい」
「って言っても何して遊ぶの?」
また、アヒルのおもちゃが神子都に何かを伝える。
「目潰しゲームがやりたいって」
「やるわけ無いだろ、もう風呂出るぞ」
もうあの泡は食らいたくないので、足早にその場を後にする。
「また今度徹底的にやらせてやるから、それまで待っててくれ」
そう言って、神子都がそのアヒルを両手で包むと、もうそこにはアヒルの姿は無くなっていた。
脱衣所で服を着て廊下に出ると、丁度母さんが仕事から帰ってきていた。しかも、大きな買い物袋を両手に持っている。
「おかえりー。お疲れ、これ持ってくよ」
「2人ともただいま。重いから気をつけてね」
母さんには神子都は見えていないが、ちゃんといつも2人に対して挨拶をする。
玄関からキッチンまで袋を運ぶと、母親が仕分けしながら冷蔵庫に食材を詰めていく。
「今日の夜ご飯もテキトーに作るからね」
「オッケー。でも、今日は味噌汁以外にして」
「今日は味噌汁がダメなんだ。分かった、それ以外は何出しても文句言わないでね」
「はーい」
「夜ご飯何がいい?」という質問に対して何回も「なんでもいい」と回答をし続けた結果、先に「テキトーに作るから」と言われるようになった。
質問をするのにもエネルギーを使うので、どんどん省エネになって行くのは仕方のない事だろう。
この先もこれが続いていくと、この質問の行き着く先は「質問をしない事」になるだろう。
夜ご飯の事は母さんに任せて、それまでは自室に行って寝る事にした。
「あっ、ちょっと待って、最後に聞いておきたいんだけど」
「何?」
「今日のテストどうだった?」
今日のテストか……、別に全然出来なかった訳ではない。
全然出来なかった訳ではないが、出来たかと言われるとそこまでの手応えがある程でもない。
出来たと思っている所が出来ていない可能性、また殆ど無いとは思うがその逆の可能性、途中入場してきたあの変な神様の問題があの後どうなっているのか、そもそもあのボロボロな解答用紙が原型を保って返却されるのか。
色々な可能性を考えた結果、結局この言葉に落ち着く。
「まあまあ出来たよ」
「結局まあまあなのね」
「出来たとまでは言えないレベルだから」
そう言って、また自室に向かう。
部屋に入ったら、直ぐにベッドに仰向けに倒れるように寝転ぶ。
「あぁ〜、第二の極楽だぁ〜」
「明日のテストの勉強を早くやっといた方がいいんじゃないか?」
「夜ご飯食べたらやるよ」
夜ご飯を食べたら勉強をする。絶対にやる。
だからそれまでは休憩して、体の回復に努める事にした。
ベッドでスマホをいじっていると、段々と眠気に襲われてきたのでそのまま寝ることにした。
「ご飯できたよー」
「ん、今行く」
母さんの声で目を覚ましてテーブルに着く、部屋の時計を見ると1時間程寝ていた事が分かった。
今日の献立はご飯に野菜炒め、焼き鮭にサラダである。
いただきますの挨拶をしてから、野菜炒めを頬張ると風呂から父さんが出てきた。
「知らん間に父さん帰ってきてるじゃん」
「知らん間にって、さてはお前寝てたな? ダメだぞ、明日もテストがあるんだから」
「分かってる、これ食べたらやるから」
「ならよし! まあ俺はこれ食べたらゴロゴロするけどな」
「こら! あんたもちょっとは家事を手伝いなさい!」
そんなやり取りをしながら夜ご飯を食べ終え、母さんは洗濯に、父さんは渋々食器洗いに、そして俺は自室に戻って明日のテストの対策と、各自の仕事に取り掛かる。
その予定だったのだが、
「ちょっと待って、やる気が出ん」
今度はベッドにうつ伏せになるように倒れ込み、身体が溶けたのではないかと言わんばかりに脱力させる。
1度電源を落とすと再起動するまでに時間が掛かるのは、機械も人も同じのようだ。
心の中では早くやれと叫んでいるのに、身体が一向に動かない。
「早くやらんと勉強の時間も寝る時間も短くなるぞ」
神子都の言う通りである。
結局、後々困るのは自分自身なのである。
分かってはいるが、そう言われても直ぐに切り替えて勉強出来るほど出来た人間ではない。
どうしようかと葛藤していると、
「そうだよねぇ、面倒臭いよねぇ」
と元々無いやる気をさらに削るような声がベッドの上から聞こえた。
首を回してそっちを向くと、俺と同じようにベッドにうつ伏せになっている人がいる。
その人はむくっと起き上がり、ベッドの上に胡座をかいて更に誘惑の言葉を続ける。
「そんな事は後回しにして、僕と遊ばない?」
あまりに魅力的なその誘いに逆らえる訳もなく、その言葉を聞いた時点で俺の頭の中は遊ぶ事で満たされていた。
やったらやる気が出るから、とりあえず勉強をしよう!
みたいな事を聞いた事があるんですが、勉強をするまでのやる気はどこから引っ張ってくるんですかね?
こっちのやる気はとっくに0なんですが?
もっと楽に賢くなりたいものですね。