第22話 怒ってよし!
地の文がね強敵すぎるのよ。
動作とか心情とかを書く部分になると、ピタッと手が止まります。
まあ、ラスボスは自分なんですけどね。
神子都とチカの加護のせいで、部屋中から家具が軋む音が聞こえる。
チカが下から持ち上げるように、神子都が上から押さえつけるように力を加えているので見た目はまだ変わっていないが、苦しそうなのが伝わってくる。
「ちょっ、家具はまだいいけど部屋は壊すなよ」
「そんなのは終わったらすぐに直してやる。それより、こいつがどれだけ重大な罪を犯したのかがわからせるのが先だ」
ごめんなさい隣人の皆さん、多大なるご迷惑をお掛けしそうです。
なんなら、このマンションに住む全ての人を巻き込む可能性もある。
「私も丁度あんたにあのイチゴの価値についてわからせる必要があると思ってたところよ!」
「別にいらんが?」
「いいから黙って大人しく聞いときなさい!」
もちろん、チカも簡単には引き下がってくれないので、この争いが激化することは想像に難くない。
それより問題なのが、終わり方も終わらせ方も分からないところだ。
まず、平和的解決はしないだろう。
なぜなら、神子都とチカは自分の価値観を押し付け合っているし、どちらも相手より自分の方が正しいと思い込んでいるからだ。
となると、俺かリアンが間に入る必要がありそうだが、正直言ってこの2人じゃ厳しい。
俺はそもそも戦力外だし、リアンも止めに入らないってことはそういうことだ。
「あんたにも分かりやすいようにゲームに例えて説明してあげる。といっても、ゲームはあんまり知らないんだけど……。そうね、あんたが大事にとっておいたアイテムを命が勝手に使ってたらどうする?」
「そんなことされたら、命の体はこうなるな」
神子都が軽く手を振り下ろすと、教科書がパンパンに詰まった本棚がベキッと音を立てて潰れた。
まてまて、ただでさえその本棚は巻き込まれた側なのに、更に被害を加えるんじゃない。
その本棚は何も悪くないだろ、元に戻せるからって何をしても良いと思うなよ、ともちろん心の中で叫ぶ。
「そうなるでしょ? どう、私の気持ち分かった?」
「ああ、よく分かった。その程度かってことがな」
「なんですって?」
勝ちを確信していたチカの表情が急に真剣になる。
「だって、お前のはただケーキを食べてイチゴを落とされただけだろ? あたしのはボス戦っていうご褒美のために頭フル回転させて準備して、やっと辿り着いたってところでお預け食らったんだからな。過程の差であたしの勝ちだな」
今度は神子都が勝ち誇ったようにニヤリと口を歪めた。
この争いはそこに至るまでの過程まで考慮するようになったらしい。
ただでさえ不毛だったのに、さらに不毛を追加してくる。
このことが分かっているのかいないのかは不明だが、この2人は折れることを知らない。
「ゲームは過程も楽しいんだから、その頑張りは無効みたいなもんでしょ!? 全部ご褒美みたいなもんじゃない!」
「それなら、ケーキだって全部ご褒美になるだろ!」
その後も討論は続いたが、やっとキリがないことに気付いたらしい。
なぜか、息を切らしている2人は互いの顔を数秒睨み合った後コクリと頷き、同時に口を開いた。
「実際にやるしかないな!」
「実際にやるしかなさそうね!」
違う、そうじゃない。
君達がやらなきゃいけないのは、互いの意見を尊重することだ。
チカはリアンの方に、神子都は俺の方に振り向いて命令する。
「リアン! 今日、私が食べてたケーキを買ってきなさい。イチゴの分はそれでチャラにしてあげる」
「命! ゲームの準備をしろ。拒否権は無い」
リアンはイチゴの件があるからまだいいけど、俺は無関係だと思うのだが?
ゲームの準備ってコンセント挿して、電源ボタン押すだけなんだから自分でやってくれよと思いつつも、大人しく準備をする。
リアンはダッシュでケーキを買いに行ったのか、気が付いた時には部屋から居なくなっていた。
「ほら、準備出来たぞ。まだなんかやることあるか?」
ものの数十秒でゲームのセッティングを終えてしまった俺は、無意識のうちに次の仕事を求めていた。
この険悪の雰囲気の部屋に、やることがない状態でいるのは体に悪い。
リアン早く帰ってきてくれ。
「それで、どっちからやる?」
「ゲームは4人でやりたいから、ケーキからだな」
先手はチカになったようだ。
まあ、先にゲームをやるとケーキがいつ食べられるか分からなくなるから、こっちから終わらせておくのが得策だろう。
「……にしても遅いね」
チカは腕を組みながら、右手の人差し指で腕をトントンと叩いている。
早く帰ってきてほしいのは俺もそうだが、まだ1分ぐらいしか経っていない。
最低でも20分ぐらいは必要だろうと勝手に予想して考えていると、視界にパッとケーキの箱を持ったリアンが現れた。
「遅いよ」
「これでも急いで買ってきたから許して」
リアンは机にケーキ箱を置いて中のケーキを引き出すと、3つのショートケーキが顔を出した。
リアンの財布の都合で3つになってしまったらしい。
しかもこのケーキ達、俺の知ってる奴と比べてやけに厳つい。
スポンジの間にはイチゴがギチギチに詰まっているし、上にはスポンジが潰れそうなほど大きなものが1個乗っている。
なるほどね、これはチカが怒るわけだ。
最初はイチゴぐらい許してやれよとも思わないでもなかったが、これが落とされたらしょうがない。
リアンが悲しい表情をしながら、俺と神子都とチカにケーキを配ってくれた。
「それじゃあ、さっさと食べて負けを認めなさい」
「ふん、この程度で……」
うまぁ〜。
ゲームの方がとか、家具がとか、この部屋の雰囲気がとか全てどうでもよくなるうまさである。
どうでもよくなるというよりは、脳が口の中の情報しか受信しないので考えられないという方が正しいかもしれない。
生クリームは噛めそうなくらい濃厚であり、スポンジは重力に逆らって飛んでいきそうな程軽いのに、しっとりとしていて存在感がある。
そして、どちらも甘さは控えめになっている。
それに対して、イチゴはとても甘い。
俺が今まで食べてたのは何だったのか、もしくはこれはイチゴなのかと思えるぐらいに甘い。
「そこでそんなに満足してたら危ないかもね。上に乗ってるやつはそれとは比にならないから」
チカの言葉は夢中でケーキを食べている俺達には届かない。
淡々と切り取って食べていくと、遂にケーキの崖がイチゴまで辿り着いた。
躊躇いなくフォークを突き刺し、神子都と同時に大きなイチゴを1口で頬張る。
「どう?」
ひと噛みしただけで予想以上の果汁が溢れ出てきて、危うく溺れかける。
味も香りも一段と濃いそれを、口を少し膨らませながら咀嚼して飲み込む。
「これ……、やばい」
なにがやばいかって、こんなに美味しいのに2個目がいらない。
美味しいものは腹がいっぱいになるまで食べたいと思うが、これはそうはならない。
どちらかというと、嫌いなものを食べた時の感覚に近い。
「最低でもこれだけは食べなさい」と親に言われて、無理矢理胃に流し込んだ後のあの感じである。
美味しいものを食べて満腹じゃないのに、すでに満足している。
「これはなかなかだな」
「わかった?」
「ああ、十分わかった」
神子都もチカの気持ちを理解することが出来たようだ。
実際にやってみた価値はあったらしい。
最後にチカがイチゴを食べるのを待ってからご馳走様をすると、チカがリアンを連れて帰ろうとし始めた。
それを神子都がチカの肩をがっしり掴むことで阻止する。
「まだ終わってないぞ」
「なに? 負けを認めたんじゃないの?」
「あたしはお前の気持ちを理解しただけだ。だから、次はお前の番だ」
肩を引っ張ってテレビの前にチカを座らせると、ゲームの電源を入れろと顎を動かす。
電源ボタンを押し、ランプが点灯したのを確認してからコントローラーを握る。
そして、タイトル画面を過ぎてセーブデータ画面に移動すると、データが全て消えていた。
いきなりコンセントが抜けたらこうなる可能性があるのはわかっていたが、ケーキのせいで完全に頭から抜け落ちていた。
不意をつかれた俺が少しの間フリーズしていると、
「……何をしてるの? やるなら早くやりましょ」
と唯一、この状況を理解していないチカが催促してくるが、誰もそれには続かない。
なぜなら、彼女がどうなってるかわからないからだ。
俺とリアンが恐る恐る神子都の方を見ると、そこには魂が抜けて灰のようになった彼女がいた。
神子都ならすぐに元に戻せるだろうが、そういう問題じゃないようだ。
バンッ!
0%0%0%
高いショートケーキなんて食ったことないんだよな。全部想像です。
ペロッ、これは脳内シミュレーションの味。
進行度0.9%




