第18話 海と鬼ごっこ
3人で会話させるのが中々難しい。
神子都と命と姫乃が混ざると、神子都か姫乃のどちらかはマジで一言も喋らない置き物になってしまう。
線路に落ちた子供を助けてからしばらくすると、目当ての電車がようやく駅に到着した。
「来たよ命、早く早く! 駆け込み乗車は嫌がられるよ」
「いや、まだドアも開いてないから。焦らせると、また落ちるって」
あの駅員と別れた後、トイレに行っていた俺は姫乃に急かされながら、彼女の隣に戻った。
電車から下車する人がいなくなるのを待ってから乗車すると、冷房の効いたとても快適な空間が俺たちを迎えてくれた。
席の端に2人でカバンを抱えながら並んで座るとすぐに、電車が動き始める。
「何分ぐらい乗る?」
「40分ぐらいかな」
「40分か……」
汗をかいている状態で、40分も冷房の効いている車両にいるとなると、体が冷えすぎてしまいそうだ。
なんなら、もう肌寒くなって来ている。
今度は、カバンをギュッと抱きしめて、少しでも熱を逃さないようにして、襲いくる冷気から身を守った。
「……寒くない?」
「まあ、ちょっと寒いけど、そこまでかな」
すでに、電車の窓から海が見る事が所まで来ており、目的地が近づいて来ているのがはっきりと分かる。
乗車していた時間は姫乃の言っていた通り40分程度だった。
駅に到着したので電車から降りるのだが、車両から1歩外に出ただけで急激に気温が上昇する。
「熱いか、寒いかの2択しかないのか、この季節は……」
今度は体は冷えているのに肌だけ熱い状態になり、急な温度変化によって体調不良1歩手前みたいな不快感が胸の奥に現れる。
「ちょっと休憩してから行く?」
「いや、ゆっくり歩いて行くよ。座ったら動きたくなくなるから」
海まで歩いていけば、ある程度はこの暑さになれるだろう。
姫乃は適応能力も優れているのか、この寒暖差の中でも当たり前のように元気だった。
「なんでそんなに元気なんだよ」
「海が近づいているからかな? 楽しみだから、暑さなんて気にしてられないよ」
元気の理由は「暑い」より「楽しみ」が勝っているから、らしい。
俺も楽しみにしてるのは同じなんだが、思いの強さの違いなんだろうか。
ついでに言うと、神子都も海に行くのは楽しみにしている。
精神面が大事なのは理解しているが、姫乃のことなのでどうせ体も丈夫なのだろう。
本当そうかは知らないが、どうせそうである。
海が近づくにつれて歩く速度が上がる姫乃に置いていかれないように、頑張ってついて行く。
「到着〜」
駅から歩いて数分、特別綺麗でも汚くもない普通の海に着いた。
平日の昼間に来ているので他に人は見当たらず、貸切り状態となっている。
しかし、今日は海で遊べるような物は何1つ持ってきていないので、海を持て余している感が否めない。
しかし、神子都だけは水着とサングラス、麦わら帽子を装備して満喫していた。
「命も早くこっちに来なよ!」
いつの間に準備したのか、ローファーと靴下を脱ぎ、スカートのウエスト部分を折り返して丈を短くして、すでに姫乃は海に入っていた。
「はいはい、今行く」
姫乃と同じように靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾をまくって海に入る。
夏真っ盛りだが、いい感じに冷えている海水に足首まで浸かると、それだけで気持ちがいい。
落ちている貝殻などを踏んで怪我をしないかが少し気になるが、足裏に感じる砂の感触も悪くない。
「浸かるだけでも結構気持ちいいな」
「そうだね……。それじゃあ、前座はこれぐらいにしておいて、後は日が暮れるまで砂の城建てるよ!」
今度は砂浜の方に走り出す姫乃の後を追う前に、海をざっくりと見渡して目当ての神様を探す。
「ん〜、今日はいないかな〜」
その神様がいるとことは明らかに水面がおかしくなっているので、そんなに目を凝らさなくても見つけられるはずなのだが、今回は特に変な部分が見つけられない。
神子都の遊び相手が居ないのは少し可哀想だが、こっちから呼び出す方法は無い。
探すのは諦めて、姫乃の手伝いに向かおうと1歩目を踏み出すと、その足元に丁度目当ての神様がいた。
「ちょっと待っ!」
動き始めていた足はもう止められず、神子都の友達の神様を踏み抜いてしまった。
その神様は大量の水飛沫を上げながら勢いよく弾け飛び、着替えも無いのにずぶ濡れになってしまった。
「ノメノメごめん、そんなところにいると思わなくて」
ノメノメは海の神様で、ドーム型に集まった水の塊に、3つの丸が逆三角形を描くように付いているだけの簡単な見た目をしている。
その丸の2つは目で1つは口になっている。
俺が踏み潰して体が散り散りになってしまったノメノメはそこら辺の海水を集めてすぐに復活した。
「ノメノメ、久しぶりだな」
神子都とノメノメは海に来た時には、いつも一緒に遊んでいる。
海の神様なだけあって、可愛い見た目をしているがその加護の力は侮れない。
「じゃあ、俺は姫乃のとこに行くわ。帰る時に呼びに来るからそれまで遊んでて」
神子都と別れて、すでに城の大まかな土台を作り終えている姫乃の所まで向かう。
「お待たせ、なんかやる事ある?」
「こっちで形は作っていくから、命はこの城の周りに堀を作って」
「おっけい」
姫乃が指で線を引いた部分に堀を作り、そこで出た砂を姫乃が回収して、城を大きく育てていく。
正直なところ、俺はそこまで手先が器用ではなく、図画工作も2よりの3を取るレベルなので、城に手は加えられない。
「どんな城を作る予定なの?」
「んー、無難に姫路城かな」
「あっ、日本の城なのね。城の前に付く言葉はカタカナになると思ってたわ」
姫乃がやりたいと言い始めた事だし、好きなものを作れば良いだろう。
特にそこについて何かを言うつもりはないが、予想していたイメージとは大きく離れていた。
「確か、今回はあたしが逃げる番だったよな?」
神子都達は命達を巻き込まないように、少し沖の方に移動していた。
神子都の言葉に対して、ノメノメは体をビヨンビヨンと伸び縮みさせてうなずいた。
ノメノメは喋る事はしないが、その代わり表情や動きで意思疎通をとることが出来る。
「あたしが鬼になると海が少し小さくなるからな」
前回、神子都が鬼をやった時は、モグラ叩きの要領で逃げるノメノメをなかなか捕まえられず、怒りが爆発して海を埋め始めた。
これは流石にまずいと思った命が、なんとか神子都を説得して止めさせて、この日はノメノメの勝ちということにして無理矢理家に帰った。
「今日は勝ちを貰うからな。それじゃあ、始めるか」
開始の合図と同時に水面から無数の水の腕が生えてきて、神子都に襲いかかる。
しかし、神子都もそんな簡単には捕まらない。
腕の間をスルスルと通り抜け、囲まれたとしても拳圧で水の腕を吹き飛ばして退路を確保した。
「この程度じゃ、いつまで経っても捕まらんぞ……、って、暗いな!」
水の腕に気を取られている内に、ノメノメが巨大なドームとなって神子都を閉じ込めていた。
そのドームの壁はかなり分厚いので、中身はかなり暗くなっている。
しかし、この程度のピンチでは神子都は焦ったりしない。
「とりあえず、ぶち抜くか」
神子都は大きく踏み込んで、今出来る最大の一撃をノメノメの横っ腹であろう部分に撃ち込んだ。
その一撃は凄まじい轟音を立てながら、水の壁を押しのけていったが、風穴を開ける所まではいかなかった。
「分厚くしすぎだろ!」
普通に抜け出せると思っていた神子都だったが、予想以上に水の壁が分厚かったので少し驚く。
神子都が次の手を考えていると、急に力が抜けたかのように水のドームが崩れ、天井が降ってきた。
「コレはやりたく無かったんだけどな、しょうがないか」
この状況を打開する事は出来るのだが、良い案と言えるものではなく、このゲーム自体が面白く無くなってしまうようなものである。
ノメノメに申し訳ないという気持ちはあるが、「今日は勝つ」と言った以上はそう簡単には負けられない。
腹をくくって加護を発動した神子都は、落ちてくる水の天井を全身で受け止めた。
海水のドームを崩して、元の大きさに戻ったノメノメは戸惑っていた。
神子都をあれだけの量の水で包んだのに、どこも濡れていなかったからだ。
その代わりに周囲に少し湯気が立ちのぼっている。
「すまんノメノメ、勝ちにこだわりすぎた」
そう言って差し出された神子都の腕に、海水の手で振れようとするが、摩擦が無いかのように滑って触れない。
ノメノメは神子都に海水をかけたり、包んだりと色々な方法で濡らそうとするが、全然効かない。
これ以上は埒が明かないので、今日の鬼ごっこはここで終わることにした。
「区切りがいいから、1回命達の様子を見に行くわ」
変な人が襲ってきても姫乃がなんとかしてくれるだろうが、変な神様が襲ってきていたら、神子都がいないと対処出来ない。
少し遊びに夢中になりすぎて、警戒を怠った事を反省しつつ、神子都は急いで命達の所へ向かった。
神子都が濡れなくなる奴はライデンフロスト効果というものです。
こういう「〜効果」みたいなのは、もっと詳しくなってからじゃないと使っちゃダメな気がするけど、他に良いのが思いつかなかった。
ちなみに、神子都が使った加護は、体がアッチッチになる加護です。
進行度0.5% ちょっと目標高くしすぎたか?