第17話 ボーダーライン
あっ、17話ここに置いときますね。
それでは、失礼します。
なんか気が付いたらハロウィンも終わってるし、11月も3日に突入してるって言う。
「なんで、海に行くことにしたんだ?」
駅に向かう途中で、姫乃に理由を聞いてみる。
姫乃はもう忘れたのか、と言わんばかりの顔でこっちを見てくるが、ちゃんと説明してくれた。
「さっき言ったじゃん、テストも終わったし丁度夏だしで、タイミングがいいからだよ」
「まあ、そうだけど……。それにしても急だな」
「行きたくなった時に行かないと、行けなくなっちゃうからね。普通じゃない?」
姫乃は簡単そうに言っているが、やりたい時にやるというのは、案外難しい。
言葉だけ見れば当たり前のように思えるが、なんだかんだと理由を付けて結局やらなくなる事も少なくない。
何の行動するのにもエネルギーが必要だし、意志は思っているよりも重たいのだ。
頭の中で、やりたい時にやれる時とやれない時を天秤に掛けると、やれない方がゆっくりと下がった。
「普通か……。うーん、微妙なところだな」
「でも、結局やっとかないと、後から後悔するよね」
「それは分かる」
今度は天秤が共感の方に壊れんばかりの勢いで傾き、脳内でガシャーンという架空の音が鳴り響いた。
無数にある心当たりを思い出さないように、心の押し入れにギチギチに詰め込んで鍵をかける。
しかし、今まで積み重ねて来たものを、そんな急ごしらえの鍵で抑え込めるはずも無かった。
しばらく歩いて行くと、最寄りの駅に着いた。
駐輪場に自転車を止め、ICカードをかざして改札口を抜けようとするが、残高不足で弾かれる。
「何やってんの、残高ぐらい把握しとかないと」
「覚えてなねーよこんなの、普段使わないし」
改札の向こう側から呆れた表情を向けてくる姫乃に、言い訳をしつつ、カードに少し多めのチャージをする。
今度は改札に弾かれずに通れたので、姫乃と合流する事が出来た。
俺がチャージしている間に、姫乃は電車の時刻表を確認してくれていた。
「電車が来るまで少し時間あるみたい」
「いいよ、待てるから」
階段を登って駅のホームに出ると、蒸し暑い空気が体を襲い、汗がジワっと滲み出てくる。
屋根があるところでもこれなので、太陽の光を直に浴びている線路なんかは、今すぐ溶けてしまいたいと思っているだろう。
「あっついなー、マジで」
「もう夏だからね。でも、まだこれから暑くなるよ」
すでに外に出たくなくなるぐらい暑いのに、これ以上気温が上がるのは勘弁してほしい。
シャツをバサバサと動かして風を送り、少しでも熱を逃がそうと頑張っていると、通過列車が来るのを知らせるアナウンスが流れ始めた。
「まもなく、列車が通過します。危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください」
アナウンスが終わると、遠く方からガタンゴトンという走行音が聞こえてきた。
すると、電車を並んで待っている俺たちの後ろから4歳ぐらいの男の子が出てきて、黄色い線を超えて電車を覗き込むようにして見始めた。
「ママー! 見て見て、電車来てる」
「ショータ、その線より前は危ないから下がって」
「やだ! まだここで見る」
危ないと言っているのにも関わらず、ショータはその場を動こうとはしなかった。
後ろに並んでいる母親は、ショータよりも更に小さい子供を抱えており、荷物も沢山背負っているので、あまり動けなさそうだ。
「早く戻って来てって、ショータ」
何度呼びかけても言う事を聞かないショータは、電車に釘付けになっているようだった。
俺も少しハラハラしながら様子を見ていると、神子都が急に話しかけてきた。
「気になっているようだから言うが、もうすぐあの子供落ちるぞ」
「えっ?」
ショータは電車が近づいて来て、そろそろ危ないと思ったのか、体の向きだけを変えて母親の元へと走り出したが、ちょうど歩いて来た人とぶつかって大きく後ろによろめいた。
しかも、下がれるようなスペースはショータの後ろにはない。
「危ない!」
神子都から話を聞いていた俺は、周りよりも1歩早く踏み出してショータの手を掴んで引き戻すことに成功したが、代わりに俺が線路内に落ちた。
電車がホームに差し掛かるあたりで飛び降りたので、着地する頃にはかなり近くまで接近しているだろう。
どうしようかと考えながら着地をすると、俺より電車側からももう1つ、着地音が聞こえた。
「えっ?」
反射的に向けた視線の先には、上から下まで黄色く染まっている駅員の制服を着た長身の男性が立っていた。
その人は胸ポケットから黄色のチョークを取り出して、線路に垂直に線を引き、微かに笑みを浮かべながらこっちを見た。
「僕より後ろにいてね」
流石に今からこの人より前には行きたくない。
1度軽く頷いたところで、電車が2人のいる場所を通過した。
「……おおっ!?」
恐る恐る目を開けると、電車が自分の体を通過していた。
まるで、幽霊になっているような気分である。
少し透明になっている腕や足をまじまじと見ていると、前にいる黄色い駅員が振り向いた。
「よくそこで待っていられたね」
「まあ、駅員さんの言う事を聞いておいた方がいいかなって思ったんで……」
「それが分かってても、普通は出来ないとおもうんだけど」
危険が迫っていると視野は狭くなり、思考が止まってしまう。
電車が自分の方に突っ込んでくる状況はたしかに危険であるが、こっちには最強の味方がいる。
たとえ、この駅員を信じた事が間違いだったとしても、助かるのは間違いない。
もちろん、ぶつかる瞬間は目を閉じるし、脈が早くなるのは止められない。
電車は俺達が立っている場所を完全に通り過ぎ去ってから止まり、車掌や運転士が慌てて出て来たが、いつの間にか黒い制服に変わっている駅員が線路上から負傷者は出なかったと伝えると、すぐに再出発した。
「助けていただき、ありがとうございました。それにしても不思議な加護ですね」
「ああ、さっきのやつね。っと、その前に先に線路から出ようか」
感謝のついでに流れで聞いてしまったが、流石に線路の上で長話は良くない。
駅員はホームの上に軽く登って行ったが、俺は姫乃の手を借りないと登れなかった。
「よく生きて帰ってこれたね」
「こちらの駅員さんが守ってくれたからね」
隣に立っている駅員の方を手で示すと、姫乃はじっと全身を見回した。
駅員は少し気まずそうにしていたが、お構いなしに見続ける。
「えっと、どうやって見ても普通の駅員さんに見えるんだけど……、あなたも神様なんですか?」
「そうだよ、僕は黄色い線の神様。って、なんで神様だって知ってるの?」
「さっきのをみてれば分かりますよ、明らかに不自然な事が起きてましたから。あと、命は神様が分かるので」
「そうなの!? だから線路上でもあんなに落ち着いてたのか、そういえばさっきも、僕の力のことを『加護』って言ってたし」
駅員は俺が神様を判別できる能力を持っている事を知って、とても驚いている様子だった。
確かに、神様でもないのにこんな能力を持っているのは珍しい事なのだろう。
「まあ、そんなことより、どうやって命を助けたんですか?」
「どうやってか……、実際に見せた方が早いかな」
再度、駅員の服が黄色く変化し、胸ポケットから黄色のチョークを取り出して、俺たちとの間に線を引いた。
そして、姫乃に向かってチョークを軽く投げ渡した。
「それ、僕に向かって投げてごらん」
「全力でやっても大丈夫ですか?」
「どうぞ」
言われるままに至近距離から、おおきく振りかぶってチョークを駅員の顔目掛けて投げつける。
高速で投げられたそれは、姫乃の手を離れてすぐに見えない壁に阻まれて、砕け散った。
「こんな感じで黄色い線より僕側に安全地帯ができて、今みたいに壁で止めたり、さっきのようにすり抜けたり、その時の状況によって守り方を変えることも出来るって感じの加護だよ」
「便利な加護ですね」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
駅員は自分の加護を褒められて少し微笑んでいたが、手首につけた腕時計を確認するとすぐに焦ったような雰囲気になった。
「流石にそろそろ仕事に戻らないといけないな。命君、あの子供を助けてくれてありがとう。君のおかげでスムーズに事が終えられたよ」
「本当は僕も落ちないで助けたかったんですけどね」
「いや、今回はこれで良かったよ」
誰も線路に入らないのがベストだと思っていたのだが、そうではないらしい。
しかし、これよりももっと良い結果はどう考えてと思いつかない。
頭の上にハテナを浮かべていると、駅員が続きを話し始めた。
「命君と子供がどっちも落ちなかったら、僕だけが線路に落ちてしまうからね」
頭の上のハテナがさらに増え、その重みで首の負担が大きくなる。
その後の説明で、駅員も子供を助けに走り出していたが、間に合わない事が分かっていたので、最初から線路に飛び降りるつもりだったらしい。
なので、もし俺もショータも線路に落ちなければ、ただ線路に飛び込んだだけの駅員になってしまうので、今回起こった事は全て最善であった、と言っていた。
「結局長くなっちゃった。それじゃあ行くよ、ありがとうね」
そう言うと、駅員は小走りで持ち場に向かって行った。
それから、ショータの母親からこっちが謝りたくなるほど頭を下げられ、気が遠くなるほどの感謝をされた。
その後に、ショータはこれでもかと叱られ、涙目になっていた。
これを機に、黄色い線をはみ出さないように意識するようになるだろう。
「ふぅー、あっちーな」
電車を待つ事しかやる事がなくなった途端に、忘れていた暑さが再度体を襲い始めた。
早く冷房のついた電車に乗りたいと思いながら、またシャツをバサバサさせて暑さを逃がし始めた。
この神様が書きたかったから駅には行かせたかったんだけど、別に海には行かせたくないんだよね。どうしよう。
本当はショータ君を線路に落として、命に助けに行かせる予定だったんだけど、落ちた人を助けに線路内に入るのはあまり推奨されてないらしい。
小説だからわざわざそんなこと守らなくて良いのにね。
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