第13話 曲がり角にはいつも災難
アリスの能力は1+1が出来るようになれば2+2も3+3も出来るよねって感じの能力です。伝われ!
なんか、他の神様よりも卵の出番がやたら多くなる。卵好きだから良いんですけど。
卵は割れないので大人しく元の場所に戻して、何か焼けそうなものがないか探す。
「……ねぇ!」
ベーコンとかウインナーとか、そのまま焼くだけでいいものが1つもない。
いつもあるのに、思い立った時に限って必ず無いという矛盾は、多くの人が経験したことがあるんじゃないだろうか。
フライパンはすでに煙を出してやる気満々なので、このまま冷ますのも可哀想だ。
「神子都、なんか美味そうなの加護で出せる?」
「そんな変なところに力を使わせるな」
「だよねぇ……、しょうがないご飯でも焼くか」
タッパーからご飯を取り出して、フライパンに乗せる。
それと同時に、お椀に味噌汁をよそってレンジに入れて温める。
ご飯が冷えて塊になっているところを重点的にほぐしながら温めて、醤油と塩コショウとだしの素で味付けをして、茶碗によそう。
味噌汁もレンジから出して食卓に並べると、いつもよりも香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、普段はまだ熟睡しているはずの胃が薄目を開けた気がする。
食欲全開とまでは行かないが、昨日よりは食べられそうだ。
「いただきます」
何も具が入っていないが意外といける、でも、やっぱり少しでいいから肉か卵が欲しかった。
匂いも味も悪くないけど、やっぱり調味料だけだと味に深みが出ない。
まあ、物事に文句を言い始めたら終わらないので、ご飯があることに感謝しながら食べることにした。
「ごちそうさまでした」
とっとと食器を片付け、準備をしてて家を出る。
エレベーターで1階まで降りて、何も気にせず駐輪場に来たが、昨日、自転車を橋から落として壊した事を思い出した。
「あれ? じゃあ、今日こそ遅刻じゃん」
「そうだな、自転車が無ければな」
いつもと同じ時間に出て来たのに、自転車は無いし、チコちゃんもいないので完璧に詰みである。
振り返って駐輪場を後にしようとした時に、視界の隅に何か1つ違う自転車が映った。
ゲームで言うなら、背景の中に1つだけオブジェクトが混ざっているような、主人公が確認したらアイテムが拾えそうな、何とは言えないが、その自転車だけやけにハッキリと見えた。
「俺の自転車あるじゃん」
見間違いではない、後輪の泥除けに貼ってある自転車通学許可を表すステッカーがそれを証明している。
「言って無かったか? 直して戻しといたって」
「言われてないよ! でも、助かった」
自転車が戻って来たのはいいが、鍵も付けっぱなしになっている事に気づき、少し背筋が震えた。
結果的には盗まれなかったので安心しつつ、跨って漕ぎ始める。
今日は天気も良く風もあまり強くないので、ペダルがいつもより大人しかった。
「えぇっ! またですか!? もうこっちは限界ですよ!」
作業着と帽子を身に付けた男性は小走りしながら、電話越しの相手に文句を言っている。
相手もそのことは重々承知しているようだったが、上からの命令で逆らえないようだった。
「そう言われても仕方ないだろ、俺にはどうしようもない」
「さっきも1人送ったばかりなのに!」
「だから、俺に言うなって。先に俺の仕事は終わらせとくから、後から来てまた送っといて。それじゃ」
「あっ! ちょっと! ……切られた」
1度立ち止まって、大きくため息を吐く。
仕事内容に不満はないが、とにかく仕事量が多いし、当分の間は減らないと言われている。
早く自由になりたいと考えながら、スマホに送られた地図を見て、次の目的地へ走りだした。
「ええっと、ここを右に曲がればいいのか」
突き当たりを右に曲がった瞬間、反対側から自転車に乗った男子高校生と鉢合わせて取り込んでしまった。
主人を失った自転車はそのまま少し進んだところで倒れ、起こされることは無かった。
その男性は先程の相手に電話を掛けて、今起こったことについて事細かに説明した。
「転生先輩、今、男子高校生とぶつかって送っちゃいました」
「送っちゃいましたって、もしかして」
「そうです、知らない人を送りました。異世界に」
電話の向こうで、深く頭を抱えているのが見なくても分かるような声がスマホから出てきた。
しかし、やってしまったものはしょうがない、すぐに切り替えて出来る限り被害を最小限に食い止める。
「すぐに、元の世界に持って来れるか?」
「異世界が多すぎてどの世界に送ったか分かりません」
「なら、片っ端から探せ! 俺も出来る限り、転生者に協力を求めて手伝ってやるから」
「今日も残業かぁー」
「こっちのセリフだ! とにかく、さっさとやれ!」
弱々しい返事をする異世界の神様に、せっかく抑えた怒りがまた戻ってくるが、必死に押さえつける。
今度やった時は手伝わないと心に決め、情報を集めに転生者達の元へ向かった。
曲がり角で作業着を着た神様とぶつかったと思ったら、次の瞬間には背の低い草があたり一面に広がる草原にいた。
勿論、自転車に乗ったままの姿と速度でここに来たので、最初は派手に地面を転がった。
一旦、深呼吸をして心を落ち着かせ、再度周りを見渡す。
「……ここどこ?」
神子都も首を回して辺りを確認した後に、空に向かって指を差した。
「あれが見えるか?」
「なんか黒い粒みたいなのが飛んでるね。飛行機か?」
遠すぎて姿はよく見えないが、この距離でも動いているのがはっきり分かるので、飛行機と答えたが、
「そうだな、あれはドラゴンだな」
と言われて、異世界に飛ばされたことが確定した。
見たことある展開なので、そこについては問題ないが、どうやって元の世界に戻るのかについては問題だらけである。
神子都は新しいおもちゃを買ってもらった子供ように、目を輝かせているので、突拍子もないことをやらかしそうで怖い。
「ちょっと威嚇してみるか」
「本当に言ってる?」
「いい移動手段になりそうだろ?」
確かに、ここからは町やら村は見えないので、歩いて移動するのは遠慮したい。
けど、なんで初めて対戦するような相手に対して、そんなに自信満々でいられるんですかね?
昨日、アリスさんに負けたばっかりですよね?
本人には言わないけど。
「何かあたしに言えない事考えてるだろ」
「いや、別に。移動手段の確保は任せた」
「怪しいが……、まあいいか」
そう言って、神子都は目を閉じて力を溜め始める。
すると、徐々に綺麗な黒髪の毛先が重力に反して逆立っていく。
力が十分に溜まったところで目を見開いた後、俺は何も感じなかったが、ドラゴンの方を見ると黒い粒が凄い速度で大きくなっているのが見えたので、威嚇は成功したようだ。
「ちゃんと届いたみたいだな」
「本当に大丈夫かこれ?」
ドラゴンの到着までそこまで時間はかからなかった。
頭から尻尾までの長さが30m程ありそうな巨体が勢いはそのままに着地をし、草原でブレーキをかけたので、前が見えなくなるほどの量の草や土がこちらを襲って来た。
「大層な挨拶だな」
「俺はここに立ってるから、頼むよ」
「なら動くなよ、死にたくなければな」
神子都は俺に当たる飛来物だけを見極めて、軌道を変えたり弾き飛ばしたりしていた。
勿論、拳で。
たまに、顔すれすれを飛んでくる土もあったが、避けたい本能を抑えつけてなんとか乗り越えた。
全てを捌き終え視界が開けると、既に目の前にドラゴンが来ていた。
全身が光沢のない暗めの赤色の鱗で覆われており、翼には黒い翼膜、切れ長の目には縦に細く伸びた瞳孔があり、威圧感を増幅させている。
ドラゴンはその見た目に合ったドスの効いた声で話し始めた。
「俺に喧嘩を売ってきた奴はお前か?」
「ああ、あたしだ」
どうやらドラゴンには神子都の姿が見えているようである。
俺が直接会話したり、神子都の伝書鳩みたいな役割にならなかったことに安堵しつつ、会話を聞く。
「死ぬ覚悟は出来てるって事でいいか?」
「いや、それは違うが?」
「ん? 最初に喧嘩を売ったって言ったよな?」
呼び止める為の威嚇のせいで、ドラゴンが状況を理解できなくなり、最初の威厳がだんだんと小さくなってきている。
「俺に圧勝出来ると思ってるってこと?」
「それは思っているが、今回はただ呼び止めただけだ」
呼び止める威嚇のせいじゃなくて、神子都の説明のせいで訳が分からなくなっている。
誤解を生みまくっているので、結局俺が詳しく説明しなければならなくなった。
「なんだ、せっかく戦えると思って飛んできたのに」
首を下げてしょぼんとするので、あれだけ大きく格好良かったのが、だんだん小さく可愛く見えてきた。
さっきのドスの効いた声も、今では声変わり前の少年のように変わっている。
「ちょっとぐらいなら手合わせしてやってもいいぞ」
「本当! 今すぐやろう。終わったらすぐ近くの町を探して、送ってあげるから」
こいつらの攻撃の巻き添えを食らうであろう草原に同情しつつ、俺は2人の戦いを見守る事にした。
元の世界でも異世界でも、俺の人生が慌ただしいのは神子都がいる限り、結局変わらないようだ。
異世界の神様の仕事が多いって書きましたけど、今もそうなんですかね?
あんまりそこら辺を調べずにやったんですけど、そんなに間違っては無いはず。
多分。
新しい試みの進行度は0.2%です。