番外編 魔王の家
本当は次の話を書きやすくするための話だったのに、物語を書いただけでいつもより文字数が多くなってしまったので、当初の目標はなんにも達成できなかった。
道草食い過ぎた。
この世界は現在、平和である。
大きな疫病、天災、戦争なども無く、王都の人々は何不自由無く暮らしている。
美味しい食事をお腹いっぱい食べ、子供達は自分のやりたい事を好きなだけやり、大人達は一家団欒の時間を楽しんでいた。
誰もが幸せな時間を過ごし、何も問題の無いように見える生活だが、たった1つの大きな不安要素が取り除かれていなかった。
今でも、街の人々は国王からのこの一言を待ち続けている。
「勇者が魔王の討伐に成功した。これで世界は完全に平和になった」
という言葉を……。
3年前、1人の心優しい青年が魔物と戦っていた。
最初は妹を守るため、次は自分の住む村を守るため、青年が戦い強くなるに従ってその範囲は広がっていった。
現在、その青年は人々から勇者と呼ばれ、世界を救う為に魔物と戦うようになっていた。
勇者は街に大きな被害をもたらすような魔物を討伐し、人々に平和をもたらしていたが、休みなく戦闘を続けていた勇者の身体は限界に達していた。
「ハァ、ハァ、やっと終わった。後は帰るだけだ」
勇者は足を引きずりながらも、力の入らない身体に鞭を打って王都を目指して進んでいく。
もうとっくの昔に限界は超えているため、いつ倒れてもおかしくない状態にあった。
しかし、こんな未開の地で倒れようものなら、命の保証は出来ない。
勇者はどこか少しでいいから休めるような所を探していると、人間が住んでいるはずが無いのに、ポツンと一軒の家が建っていた。
(こんな所に家? 怪しいが迷っていられない)
僅かな可能性を信じて、その家の主人に少しの間匿ってもらおうと、勇者は最後の力を振り絞って家の扉の前まで進み、ノックをしてから座り込んだ。
直ぐに扉が開き、子供が出てきたが1人ではどうしようもできなかったのか、また家に戻り助けを求めに行ったようだった。
「魔王さまー、家の前で人が倒れてるー」
勇者は微かに残った意識で子供が魔王を呼びに行った事を理解し、ここで人生を終えることを決意した。
(魔王の家か……。どうせ死ぬなら、せめて最後にここの情報だけでも国王に……)
最後の力を振り絞って「魔王」の2文字を通信魔法装置で国王の元へ送り、勇者は意識を失ってしまった。
「ふむ、こんな所に人間とは珍しいですね。しかも、この傷で意識を失っているだけとは、タフな方だ」
魔王は勇者を持ち上げて、家の中に運ぶ。
「ボコ、この方を休ませるベッドは余っていますか?」
ボコは子供のゴブリンで、先程玄関の扉を開けて、魔王を呼びに行った子である。
「ううん、この家にはもう余ってるベッドは無いよ」
「そうですか、分かりました……。仕方ありませんね、私のベッドで寝かせます」
「怪我が酷いけど、治療はする?」
「そうですね、簡単な処置は行いましょうか。この方の生命力なら寝ているだけで殆ど回復するでしょうが」
魔王は勇者の身体に薬草から作られた薬を塗ったり、包帯を巻いたりしてから、自室のベッドまで運んだ。
ベッドに勇者を寝かせるのはいいのだが、そうすると魔王が寝る場所が無くなってしまう。
他の住人からベッドを貰うわけにもいかないし、怪我人と同じベッドで寝るのもあれなので、
「暫くは椅子で眠るしかありませんね」
何ヶ月もこのまま居座られると流石に困るが、おそらく数日で回復するだろう。
まだ、家の仕事が残っていたが、目を離した隙に容態が悪化すると困るので、他の者に任せて魔王は部屋で勇者を見守る事にした。
数日後。
(あれ? ここ何処だ?)
勇者は上体を起こして、今の状況を確認する。
自身の身体を見ると至る所に包帯が巻かれており、薬であろう緑色の汁が滲んでいるので、誰かが手当てをしてくれたことが分かった。
そして、今度は周囲の状況を確認しようと、寝ていた部屋を見渡すと、
「お目覚めですか?」
「うわぁ!」
誰もいないと勝手に思っていたので、驚いて飛び跳ねてしまった。
その衝撃でまだ塞がってない傷がかなり痛んだ。
「まだ完治していないのですから、安静にしていないと駄目ですよ」
「でも、これ以上迷惑はかけれませんよ」
勇者はベッドから立ち上がろうとするが、その前に魔王に止められてしまい、再度ベッドに寝かされる。
「だから駄目ですって、どうせその傷じゃ帰れませんよ」
「しかし……」
勇者が口を開くと同時に、部屋にノックの音が響いた。
魔王の返事をすると、扉が開きボコが入って来た。
「魔王さま、朝食の準備が出来ましたー。あれ? その人、起きたんですね」
「分かりましたが、今日は私はここで食べます。申し訳ないですが私の分と、追加でこの方の分を消化の良さそうなもので作って持って来てもらってもよろしいですか?」
「はーい」
ボコは嫌な顔ひとつせずに戻って行った。
勇者は朝食という言葉で自分の空腹に気付くが、それ以上に重要な事をあのゴブリンが言っていた。
「あなたが……魔王?」
「そうです、私が魔王です。といっても、ここでみんなと過ごしているだけなのですが」
魔王は勇者の想像していた感じとは全然違い、世界征服を望んでいたり、残忍な性格というような雰囲気はせず、普通の優しい人間と変わらなかった。
勿論、見た目は人間とは違い、薄紫の肌と髪に、黒紫の控えめな角が2本生えている。
魔王討伐が勇者の1番大きな目的であったが、今のところこの魔王が人にとって、そこまで危険な存在ではないような気がする。
「イメージしてた魔王と全然違うんですね。もっと世界征服とかを企んでいたりするのかと思ってましたよ」
「他の魔物にはそれを狙っている者もいますが、私は今はここでみんなとゆっくり平和に過ごせればそれでいいですね」
そんな事を話している内に、ボコが魔王と勇者の食事を持ってやって来た。
「人の口に合うかは分かりませんが、ここのみんなが作る料理は美味しいですよ」
「すみませんが有り難く、いただきますね」
渡された料理は水色の丸い形をしたゼリーのような奴と、虫の幼虫みたいなものが浮いている緑色のおかゆみたいな奴、紫色の禍々しい湯気が出ているスープの3種類である。
抵抗なく食べられそうなものがゼリーしかないので、初めにそれに手を付ける。
この形を保っているのが不思議なほど柔らかいゼリーを口に入れると、そのまま口を滑り抜けて飲み込んでしまい、口の中には甘酸っぱい余韻だけが残った。
2つ目のゼリーは頑張って口に留め、よく噛んで味わうが、噛めば噛むほど細かくなってすり抜けやすくなるので、1度も飲み込んでいないのに口の中が空になる。
次に紫色のスープを飲もうとするが、器に口を付けて傾けても流れてこなかった。
水面は波打っているので液体なのだろうが、そのスープは器を逆さにしても、遠心力で底にくっついているのでは無いかというぐらい垂れてこない。
「そのスープはですね、1回スプーンで叩いてから口に入れるんですよ」
意味がさっぱり分からないが、言われた通りに叩いてみるとスープがペースト状に固まった。
それをスプーンで口に運ぶと、今度は口の中で溶けてスープに変わった。
器の中のペーストもすぐに元通りになってしまったので、何度もペチペチ叩きながらスープを食べ進めた。
そして最後に、1番見た目が恐ろしい緑色のおかゆに手を付ける
虫を避けて1口食べたが、凄まじく苦かった。
微かに塩の味がするのだが、それを頼りに食べ進めることは出来ないくらいに苦い。
薬草を極限まで煮詰めたような強烈な苦味である。
「幼虫と一緒に食べた方がいいですよ。身体にはとても良いのですが、そのまま食べるのは私でもキツいですから」
今度はも幼虫も一緒にすくって口に運んで、苦みに耐えながら幼虫を噛み潰す。
ブチュッとした感覚に不快感を覚えるが、そちらに意識を向けている内に苦味が無くなっていた。
それどころかおかゆは旨味に溢れ、微かな塩味が更に美味さを増加させていた。
「その幼虫は味覚を麻痺させる成分を持っているので、最初に1匹食べてからおかゆを食べ始めるのが定番ですよ。まあ、先に苦いのを味わっておいた方がより美味しく感じるので、最初には教えませんでしたがね。あと、あまり効果は続かないので急いで食べた方がいいですよ」
なんとなくその理論は分かる気がするが、最初に苦い事ぐらいは教えてくれても良いんじゃなかろうか、とは思うがこっちは養ってもらっている側なので何も言える立場ではなかった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「それは良かった」
魔王は空いた皿を下げてから、本題に入り始めた。
「貴方の事について色々質問しても良いですか?」
「はい、勿論大丈夫です」
「では、貴方は何者ですか? あの傷から数日でここまで復帰出来る人間は中々いませんよ」
そう聞くと、包帯まみれの男は少し恥ずかしそうにしながら、
「一応勇者と呼ばれています。自分で言うのもなんですが……」
と答えた。
「では、私の討伐も目的の1つなのでは?」
「そうだったんですけど……、魔王っていい人だったんですね。この事を報告すれば、戦わなくて済みそうなので良かったです」
勇者は魔王と戦わなくて良くなったことに安堵し、国王に魔王討伐を取り消してもらおうと、近くに置いておいてくれた通信魔法装置手に取ると、せっかく血の色が戻って来た顔が真っ青になった。
「魔王さん、すいません」
勇者は魔王に事の顛末を説明し始めた。
自分が意識を失う前に魔王のことを国王に知らせた事、そこから逆探知を行い位置を特定して、手練れの兵を遣わせた事を口早に伝えた。
「ふむ、戦闘は避けられなさそうですね」
「一応、この装置で今連絡を取ったのですが、直接話した方がいいと思うので、僕は今から急いで国王の元に行きます!」
ガチャガチャと音を立てながら、勇者は急いで防具を身に付けている。
「最近使ってなかったので鈍っているかもしれませんが、無いよりマシでしょう」
魔王は勇者に回復魔法と強化魔法をかけて、一刻も早く国王を説得するように頼んだ。
「これで鈍っているんですか? すごく体が軽くなりましたよ」
「吉報を待ってますよ。こちらは両陣営被害が最小限になるように尽力します」
「迷惑ばかりかけてすいません。いってきます!」
魔王の強化魔法がかかった勇者は、すぐに点となって見えなくなった。
魔王は勇者に声が届かなくなったのを確認してから、1人でぽつりと呟いた。
「いい人ね……」
魔王は過去を思い出しながら、片方の口角を上げて少しだけ笑っていた。
「さて、こちらはこちらで準備を進めますか」
魔王は住人を集め、勇者とのやり取りを説明し、これからの事を話し始めた。
「これから久々の戦闘になりそうです。ですが、両陣営ともあまり被害を出したくありません。命の危険を感じた者はすぐに退避を行い、敵についても討伐ではなく出来る限り撃退を行ってください」
住人達の気合いの入った返事に頼もしさを覚えながら、準備に掛かる。
部屋の配置を変え、魔物の装備を整え、作戦を立てるなどできる限りの事を行なった。
暫くしてから、1人の戦士が玄関の扉を蹴り開けて家に入ってきた。
「さあ、勇者が戻って来るまでの防衛戦の開始です。皆さん頼みますよ!」
勇者と魔王が互いに互いの仕事をやり遂げる事を信じながら、戦いの幕が切って落とされた。
小説に関しての新しい試みを行なっているのですが、自分にとってちょっと無茶な設定にしているので、達成出来るかかなり不安です。
頑張ります。
ちなみに進行度はまだほぼ0%です。
ちまちまやっていきます。