第1話 加護と味噌汁
ドが付くほどの素人です!よろしくお願いします。
八百万の神とはよく言ったものだ。木の一本一本、砂の一粒一粒、そして人間の一人一人にまで神様が憑いている。
立神命は神様が見える。
小さい力を持つ神様は色のついた薄い煙のように見え、大きな力を持つ神様になるほど姿がハッキリと見える。
だからと言って、何か日常に変化が起こるわけでもない。
えっ、なんでかって?
みんなは知らないだけで、神様は日常に常に影響を与えているからだ。例えば、2択で迷った時に必ずハズレをひいたり、自分の番にやたらトイレットペーパーが無くなったり、信号に引っ掛からずに移動できたりとかである。
なんとなくイメージはできたと思う。このような神様が引き起こす現象を【加護】と言う。
「いただきます」
何度目かのアラームに叩き起こされて間もない身体に鞭を打って、朝飯を体内にぶち込む。両親は共働きで既に家に居ないし、作るのも面倒くさいので、食事の内容はレンチンしたご飯と味噌汁だけだ。
さっさと食べて、さっさと準備して、自転車で高校へ向かう。
特に書くこともないようなよくある光景である。
目の前のこれさえ無ければ……。
「なあ神子都」
「んー、どうした?」
「いや、『どうした?』じゃなくて、これどうなってんの?」
「ああ、それは今日の加護だな」
神子都は俺の頭の上にあぐらをかきながら答えた。
お椀に注がれた味噌汁は一向に冷める気配を見せずに激しく煮え立っている。こんなのばっかりである。
俺は大きくため息をついた。
神子都は俺の神様だ。そして、今まで見てきた神様の中で1番鮮明に見える。
長い黒髪に少し吊り上がった大きい目をもつ、少し小さめの少女の見た目で、前髪には唯一の神様要素である金色の神の文字が入ったヘアピンをつけており、服装は上下グレーのダボダボのスウェットを着用している。
無理なことは理解しているが、念のために確認をしておく。
「これはフーフーしたら冷めるのか?」
まだ分かっていないのかというような声で返答が返ってくる。
「そんなことで冷めるわけないだろ」
もちろん知っている。加護に対して人間がやれることは、受け入れることぐらいのものだ。しかし、味噌汁を捨てるのは勿体無いし、何より味噌汁は体にいいのだ。
「なら神子都が冷ましてよ」
「仕方ないな、その代わりにちゃんと全部たべろよ」
そう言うと、口をすぼめて息を吹きかけ始めた。もちろん、俺の頭の上であぐらをかいたままである。
すると、味噌汁の表面がパキパキと音を立てながら固まり始めた。このままでは味噌汁アイス、いや、味噌汁氷を食べなければならなくなる。
ヤバいと感じタイムをかけようとした矢先に……。
「ほれ、できたぞ約束通り完食してもらうからな」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。約束を承諾した覚えはないが、ここで無理と言ってもお椀ごと口に突っ込まれるだけなので、しぶしぶ食べ始める。
硬い、硬すぎる。
箸なんかではとても歯が立たない、というか食器なんかでは無理だろコレ……。
あと、手が冷たくならない、代わりにすごく粘つく。
「じれったいな、さっさとかぶりつけ!」
結局、お椀ごと口に突っ込まれる。舌がしびれるくらいの甘味が口の中に広がり、思わず吐き出してしまった。
「ナニコレ、器が甘い???」
予想外の味によって脳の処理が追い付かない。それを見て神子都は宙で腹を抑えながらケタケタ笑っている。
「どうせ冷ましてもすぐに沸騰してしまうからな、飴細工にしてやったわ」
(これ、食べきれるの?)
そう思いながらも一応食べ進める。なぜなら、食べきれなかった場合に何をされるか分からないからだ。もう一つのヤバい所は砂糖の摂取量である。
1日の砂糖摂取量は25gまでに抑えるのが良いとされている。それに対して、この味噌汁飴はおそらく200g程度はある。大体、ジュース2L分の砂糖量と同等である。
体調不良待ったなしだが、両手で器をガッチリ掴んで、少しずつバリバリとかみ砕く。お椀の縁を食べきり、汁の部分を食べ始めた時に異変に気付いた。
「味噌の味がする」
「おっ、気付いたか!実は気を利かせて味噌と具材はそのままにしといたわ」
気を利かせるとは……。いらない善意ほど迷惑なことはない。特に自分より強い奴から貰うとなると尚更だ。神子都と一緒にいると思った通りに物事が進まないのは、今に始まったことではない。
その少女のことは誰にも何も教えてもらうことはなかった。
今と変わらぬ姿をしている彼女とは物心がつく前から常に一緒にいる。
その少女が人でないことや、危険な奴ではないことは感覚的に分かっていたし、一緒に遊んだりもしていた。そして、その姿は俺にしか見えていなかった。
「僕の側にはずっと女の子がいるんだけど見える?」
こんな事を両親に聞いた時がある。その時も、見えないけど俺の赤ちゃんの時の反応から、何かが見えていることは分かっていると言っていた。
俺はその少女の正体が知りたくなり問いかけた。
「君は誰なの?」
すると、少女は少し驚いたように目を大きくしたが、すぐに微笑を浮かべて答えた。
「信じられないかもしれないけど、あたしはあなたの神様なの」
「そうなんだ、よろしくね!」
満面の笑みを浮かべてそう返した。神様は呆気にとられていた。おそらく、何言ってんだこいつ的な回答がくると思っていたのだろう。今の俺ならそんな反応をする。
でも、そのときの俺は人間だろうが人間じゃ無かろうが、仲良くなれるなら何でもいいと思っていた。
それから神様と話すことが増え、色々な事を知った。
「なんか日常で明らかにおかしい事起きること無い?」
突然、神様にそう聞かれた。俺の人生はその時点ではまだ数年しか経っていなかったが、その時の俺でも理解できる明らかな違和感は多々あった。有り得ない傾き方で乗る積み木、倒れないドミノ、いきなり火を吹く怪獣の玩具などなど。
「今思い出せるのはこれだけかな」
そう言うと、神様は申し訳なさそうに少し顔を俯けていた。そして、その原因を説明し始めた。
「まず、その現象は加護っていうの」
そこから、加護について詳しく教えられた。まず、加護は2種類あり、自動的に与えられる加護と能動的に与えられる加護である。
前者は、神様の意思とは関係なく不定期に与えられる加護であり、味噌汁が冷めないやつはこの種類の加護にあたる。後者は、神様の意思によって与えられる任意的な加護であり、味噌汁を飴に変えたやつはこっち側の加護である。
次に、自動的に与えられる加護の強さは神様の強さに比例する。
また、加護の強さが大きいほどメリットとデメリットが大きくなり、その逆もまた然りである。
「まあざっとこんなところだね」
ざっとこんなところらしい。
このときは、へー、そうなんだぐらいにしか理解出来ていなかったが、今まで生きてこれているので問題ない。
強さと加護が関係あるみたいなこと言ってたし、俺の神様がどれくらい強いのか知っておいたほうが良いだろう。というか、単純にどれだけ強いのか気になった。
「それで、神様はどのくらい強いの?」
なんとも返答しにくい質問だ。まず、何をもって強いとするのかが曖昧すぎる。しかし、神様はすぐに答えてくれた。しかも、とんでも無いことを言い放ちやがった。
「これが強さなのかはわかんないけど、出来ないことは無いぐらいの力は持ってるよ」
出来ないことは無いぐらいの力。それは、最強ってやつじゃないのか? 俺は今までの加護の内容に納得してしまった。
「なら、今までのは神様が•••」
話している途中で神様に止められる。何やら、お怒りのようだった。
眉間にシワを寄せて、ジロッとこちらを見てくる。刺青入れた兄ちゃんがこれをやってきたら死を感じるが、生憎、今回それをしているのは見た目が少女の神様なので可愛さが隠しきれていない。
1つ忘れていけないのは、この可愛い子はそこらの怖い兄ちゃんより恐ろしい力を所持していることである。
「その神様って呼び方が嫌!人間に『おい人間』って言ってるようなもんだよ」
そんなこと言われても困る。
名前で呼べばいいのだろうか。
そうしようにも、あなたの神様としか聞いてないぞ、俺は。とりあえず聞いてみることにした、それが一番手っ取り早いからだ。
「じゃあ、名前は何て言うんだ?」
そう言うと、神様は自信満々で即答した。
「ない!」
よく神様と呼ぶなと言えたな。というか、ご自慢の出来ないことは無い能力はどうしたんだよ、自分の名前すら決めることが出来ていないじゃないか。
そう思ったのも束の間、隣から熱い視線を感じた。神様が名前を決めて欲しそうにこちらを見ている。
なるほど、決められないんじゃなく、決めてないだけなんだなと瞬時に察しる。
名前か、この神様は俺の神様だから……。
「ミコト、君もミコトでどう?」
大満足のようだった。こっちもつられてしまうほどの満面の笑みを浮かべて喜んでいた。
その後、漢字で神子都の字を当てはめた。
何でこの字にしたのと聞かれた時に、なんとなくだよと答えたら、1週間ほど悪意の感じる加護が多くなった気がした。いや、確実にそうであった。
これが神子都との最初の記憶である。
「ご馳走様でした……」
力尽きながらもとりあえず完食した。
こんなに満足しない食事は、これからの人生でもそうそう無いだろう。
何よりまだ朝飯である。
ここから、高校での授業を受けなければならないと考えると、更に体調が悪くなる。
そんなことを気にかけることもなく、神子都は次から次へと災難を持ってくる。
「食い切ったことは褒めてやるが、まだ地獄は終わってないぞ?」
また変な加護が来るのかと感じ、とりあえず身を構えておく。
「もうあたしが何かする必要もないけどね」
そう言って、指を指した。その先を見て俺は驚愕した。ヤバい、時間がない。
神子都が何をしてくるのか分かんないのに、ギリギリまで寝てるんじゃねーよ俺、と過去の自分に怒りをぶつけながら爆速で支度を進めた。
踏んだ靴の踵を直しながら、玄関のドアを開ける。
この加護が無ければどれだけ楽になるだろうか、と考えたことは多々ある。だけど、もう変えられない事にいちゃもんをつけてもどうしようもないし、そこはもう割り切っている。
あとは、これ以上の事が起こらないように願うだけだ。
こんな感じで今日も俺の日常は進んでいく。