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聖女召喚されましたが、中継ぎらしいです 4



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「目障りですわ! レナルド様も、迷惑されてますわよ!」

「きゃ!」


 王宮に帰ってきた途端、私の日常はこれだ。


 今日は、通りすがりの令嬢に、冷たい水を頭からかけられた。

 王宮に出入りできるほどの、高位貴族のご令嬢が、わざわざ、私の頭にかけるために水を汲んできたのだろうか?

 水で良かった。ワインだったら、シミが落ちなくなりそうだもの。

 着る物がない私を心配して、レナルド様が用意して下さったドレスを汚してしまうのは、忍びない。


「聖女様に何をしている?」

「っ……レナルド様。なんの役にも立たない、この女が、私を愚弄したのです」


 その言葉を聞いた途端に、微笑んでいたレナルド様の雰囲気が、魔獣を倒す時のそれになった。


「ひ……」

「ダメですよ。殺気をご令嬢に向けては」

「我が聖女様が、そう仰るのであれば、許しましょう」


 令嬢が去ると、レナルド様は、混合魔法で温風を出し、私を乾かしてくれた。

 混合魔法を使えるのは、王国でも数人しかいないらしいのに、才能を無駄遣いしている気がする。


「……申し訳ありません。離れたばかりに」

「国王陛下からのお呼び出しでしょう? 謝る必要がないです。ご迷惑おかけしました」


 私が笑うと、レナルド様は、苦虫を噛み潰した顔をして「毒が含まれていたら、どうするんですか……。回復魔法で治るとしても、肌が焼けたら痛いですよ? もう少し危機感を持ってください」と言った。


「え、まさか」

「……いえ、怖がらせてしまい申し訳ありませんでした」


 そんなことを言われると、レナルド様の体験談のように聞こえる。貴族社会は恐ろしい場所だ。


 そのほかにも、王族からは、討伐から帰った直後に役ただずだと、冷たくあしらわれ、毎日出される食事は野菜ばかり、なぜか私のファーストキスを貴族令息たちが狙ってきたりと、私は、ハードモードな日々を送っていた。


 そんな私を不憫に思うのか、「王城の中でなく、ディストリア侯爵家で過ごせるようにしましょう」と、レナルド様は、提案して下さった。


 流石にそこまで、厚かましくなれない。ブンブン首を振ると、私は、慌てて話題を変える。


「そういえば、しつこくキスさせろと言ってきていた伯爵家の次男様、最近見かけませんね。諦めたのでしょうか」

「……聖女様が気にするようなことでは、ありません」


 左肩の上で、相変わらずクルクル回り続けるリボンをつけた箱、シストが『ほんと、理沙は知らない方がいいと思うよ』とつぶやく。


 どういう意味なのかわからないけれど、たぶんあまりにしつこいのを見かねて、レナルド様が注意してくださったのだろう。


 相変わらず、レナルド様の返答は素っ気無い。しかも、その美しいラベンダーの瞳が氷点下に冷えきっているように見える。


 振る話題を間違えたらしい。


 それでも、いつも私を守っていてくれること、知っている。本当に感謝しかない。


 それからも、魔獣が発生した時は、いつものメンバーでパーティーを組んで、倒しに行った。


 レナルド様のその背中が、いつも私を守ってくれているせいか、想像していたよりも、魔獣を倒す旅は、恐ろしくなく、仲間たちと過ごす時間も楽しくて、息の詰まる王宮よりも、むしろよっぽど快適だった。


 それに、レナルド様と食事が一緒にできることが、何より嬉しい。

 今日は、焚き火を囲んで、串焼き肉を食べている。そう、お肉だ。


「……あの。聖女はお肉を食べたらいけないのですよね?」

「そんなの、古い迷信です。そもそも、何世代かか前の聖女が、肉を好まなかったというだけらしいですよ。……食べないんですか?」


 目の前には、ジューシーな串焼き肉。

 香ばしい匂いを漂わせるそれは、ちなみに、魔獣のお肉だ。どんな味なのだろう。

 冒険者は、好んで食べるらしいが、市場には出回らない。


 それでも、背徳感から悩んでいた私の口に、お肉が押し込まれる。


「ここに来てから、聖女様はお痩せになりました。もっと食べるべきだと思います」

「むぐっ……」


 お肉を食べ終えて、一息ついた瞬間に、ポロッと涙が出てしまった。

 久しぶりに食べたお肉が、美味しすぎたせいではない。もちろん、レナルド様の優しさにだ。


「っ……なぜ泣くんですか? まさか、そんなにも肉が食べたくなかったですか?」

「……違います。レナルド様は、どうしてこんなに優しいんですか? 騎士様だからですか?」

「俺が、優しい? 初めて言われたな。……いや、騎士であることとは、関係ないと思います」


 黙って差し出されたハンカチ。

 涙を拭ってくれるのかと思ったら、なぜか口についたソースを拭われた。

 子どもと思われているのに違いない。年はほとんど、変わらないはずなのに。


「ここは、涙を拭う場面では?」


 そう私が、軽く睨みつけると、もう一枚持っていたらしい新しいハンカチで、今度こそ涙を拭いながら、レナルド様が、口の端を上げて笑う。


「お許しを。戦いばかりで、情緒がないと家族にも言われます」


 その微笑みを見てしまったら、心臓が高鳴るのは、私だけではないだろう。

 レナルド様といると、この世界に、たったひとりだという孤独が、みるみるうちに減っていく。


「レナルド様が、いてくださって良かったです」

「……光栄です」


 ふいっと、レナルド様は、反対を向いてしまった。なぜか、その耳が少し赤い気がしたのは、暮れかけた斜陽のせいだろう。

 私は、そう結論づけたのだった。

最後までご覧いただきありがとうございました。

誤字報告ありがとうございます。


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