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差し伸べられた前足



 馬車が、着くと同時に、私は表に飛び出す。


「……レナルドは、行ってしまったのね」

「ミル、様? 知っていたんですか」

「ねえ。聖女様なんてやめて、レナルドがくれる物を受け取って、幸せに生きていくのではダメなの?」


 レナルド様が、くれるもの?

 だって、私が、本当に欲しいものは、たぶんその中にない。


「……レナルドの持っている全てが、あなたの物だわ。それに、無事に帰ってくるかもしれない。そうすれば、普通の女の子として、守られながら、幸せに過ごせばいい」


 そんな都合のいい夢。レナルド様は、このままだったら、私の元には帰ってこない。

 聖女じゃなくなったとしても、それくらいはわかる。


「聖女様、あなたの今いる場所は、無理やり連れてこられて、強制的に座らされた椅子。あなたの幸せを、探してもいいと思うわ。私も手伝う」


 聖女なんて選ばずに?

 レナルド様の背中に隠れて?

 確かに、ただの女の子だった。この世界に呼び出されるまで。


 呼び出されて直ぐだったら、きっと、迷うことなく選べたのに。


 桃色の光が、ほのかに瞬いて、次の瞬間周囲を埋め尽くすみたいにあふれ出す。

 その光は、ボンヤリと浮かんでいる、ステータスの、猫の爪で消された文字を、浮かび上がらせた。


『レナルドは、思っていたより強いな。この調子なら、たぶん直ぐ僕の魔力も貯まる』


 シストの言葉に、はっと我に返る。

 そう、シストは、場所が分かれば、転移ができるはず。


『理沙、あとちょっとで、魔力が貯まるけど、どうする?』

「連れて行って、レナルド様のいる場所に!」

『それが、理沙の選択なの……。彼女たちと同じ道を選ぶんだね』

「彼女たち?」

『長かった。ようやく元に戻ることが出来る』


 ため息とともに、溢れる白銀の魔力。

 子猫が、大きくなって、白銀の毛並みをした、金眼の獅子が現れる。


「シスト? シストなの?」

『僕が子猫だなんて、誰が言った?』


 にゃって、鳴いていたくせに。


「……聖獣様だったの?」

『愛しい僕の聖女がいないから、今はもう、ただのシストだ』


 その姿は、初代聖女の隣に描かれる、聖獣にそっくりだ。

 けれど、その白い獅子は、初代聖女が、魔神を封印した時に、ともに命を落としたとされている。


 封印の箱には、意思がある。

 幾多の聖女とともに戦い、幾多の聖女に自由を与えた、気まぐれな存在。


『僕はね。君たち聖女に、死んでほしくないんだ。だから、時に恋人との逃避行を手伝うし、時に遠くで幸せに暮らすのを支援する。でもね、聖女の役目を果たすというなら、いつだって、命をかけて力を与えてきたつもり。残念ながら、生き残る可能性は、低いけど』


 その時、ミルさんが、私を庇うようにシストの前に立った。


『魔術師ミル……。僕の邪魔するの?』

「レナルドに、あなたを信用するなって、言われているの」

『はは、レナルドに? 今までいた、数多の騎士の中で、一番僕と似たもの同士なクセに』


 レナルド様と、シストが似ている?

 いつも、軽い調子のシスト、どちらかというと寡黙なレナルド様。二人は対極だ。


『何か言いたそうだけど、そう言うのじゃないから』

「じゃあ、何が」

『愛する者を守るためには、手段を選ばないところ』


 手段を選ばないという件に、妙に納得した。


『さて、理沙は何を選ぶ? 僕は、ただ、君たちの選択を尊重するだけだ』

「聖女とか、聖女じゃないとか、それほど興味がないの。ただ、もの凄く後悔している」

『へぇ。なに?』

「まだ、レナルド様に、好きと言ってない。それに、私はレナルド様の隣で戦いたいの」


 時間は、たくさんあった。

 気がつくことも、いくらでもできた。

 ただ、色々な理由をつけては、気がつかないふりをしていただけ。


『そう』


 するりと、なめらかでフワフワな体が、擦り寄せられる。


『理沙は、一人で全てを守ろうとした僕の聖女とは、少し違うんだね。ああ、そうそう。ここに聖女がいることは、バレているから。魔術師たちは、王都を守らないと、大変なことになるよ。だから、ついて来たらダメだ』


 いつのまにか、ビアエルさんと、ロイド様まで、この場に駆けつけている。


「あなたを信じろと?」


 冷たい瞳のまま、魔力を練る、ミルさん。

 静かな殺気とともに剣に手をかけた、ロイド様。

 ちょ。酔っ払っているんですか、ビアエルさん。


『……理沙の選択を信じてあげるといい。それに、王族や貴族たちに、君達や善良な国民まで巻き込まれるのは、ハッピーエンドにケチがつく。ちゃんと君たちも、生き残って?』


 地面に響く、無数の足音。

 それは、王都にどんどん近づいてくる。

 でも、魔人を倒さない限り、魔獣は無数に湧き上がるのだと、歴史は物語る。


『さ、おいでよ』


 差し伸べられた前足。

 その手に触れれば、今日も私の体は、バラバラの粒子になる。

 次の瞬間、私だけが、荒野を見下ろす、崖の上に立っていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。


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