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二度目のキス



 ミルさん改め、ミル様は、別の馬車で来ているから、と言ってさっさと先に行ってしまった。

 なぜか、シストのことも抱っこしたまま、レナルド様と私は、二人きりになった。


「さ、手をどうぞ」

「あ、はい」


 まるで物語の一幕みたいだ。

 白い正装を纏った騎士様が、馬車に乗るためにエスコートしてくれるなんて。


 レナルド様のエスコートは、巧みで、気がつけば、まるで月面にいるみたいに、フワリと馬車に乗り込んでいた。


 でも、まだ説明すら受けていない私は、戸惑いが隠せない。これからどこに行くのだろう。

 馬車に乗り込むと、斜め向かいにレナルド様が座った。優雅に組まれた長い足は、広い馬車なのに、少し窮屈そうだ。


「レナルド様……。これからどこに行くんですか?」

「……ピラー伯爵家に。リサは、ピラー伯爵の養女になって下さい」

「え? 何を言っているんですか」


 ミルさんの、義妹になるってこと?

 楽しそうだけれど、どうして?


「……そして、俺と婚約してくれませんか? ピラー伯爵家は、歴史が長く、名家だから、ディストリア侯爵家に嫁ぐのに都合がいい」


 私とレナルド様が、婚約という話は、まだ続いていたらしい。そんな話、全く出てこなかったから、立ち消えたのかと思っていたのに。


 どうして、私なんかと、レナルド様は婚約したいのだろうか。


「婚約については、もしリサが嫌なら、後で破棄してくれて構わないですから」

「…………レナルド様にとって、その方が都合が良いのですか?」

「は、俺は。…………リサのことが、好きで。婚約は、俺の一方的な願いだから。選ぶ権利は、リサに」


 侯爵家のお方で、騎士団でも最高峰の強さを持つレナルド様。どうして私の方が、選ぶ立場になんてなれるだろう。


「……直前まで、説明もなしに」

「また、逃げられてしまうかと思ったから。卑怯だと思いますよね」


 レナルド様が、卑怯だったことなんて、一度もない。どれだけ、守ってもらったか。

 魔獣相手ですら、その戦いは正々堂々として!美しい。

 レナルド様は、いつだって、自分のことは二の次だった。仲間のために、私のために。

 私が首を振ると、あからさまに、レナルド様はホッとした顔をした。


「……でも、現実をちゃんと見てください。私は、レナルド様に相応しくありません」

「……どこが、相応しくないと」

「えっ、身分とか……」

「聖女は本当は、王族とも結婚できるんです。過去に例だって」


 そんなこと、初めて聞きました。

 でも、聖女でなくなった私は、ただの女の子で。


「……だって私は何もできない」

「守らせて」

「……それに、何も待っていない」

「俺の持つ全ては、リサのものだから」


 本当に困る。レナルド様には、何を言ってみても、言いくるめられてしまいそうだ。


「…………レナルド様が、嫌になったら……。私のことが迷惑になったら、婚約は解消してくれますか」

「そんなこと、永遠にないけれど。それでリサが納得してくれるなら、誓いますよ」


 サラリと、私の髪を梳かすように撫でたレナルド様の手。そして、真剣な瞳。

 重い。言葉が重い。

 でも、逃げてばかりの私は、きちんと自分の気持ちを伝えてすらいない。


「…………レナルド様、私」


 ――――あなたが好きです。その一言を伝えようとした瞬間、地響きと共に大きな揺れが起こった。


「この揺れは」


 慌てて立ち上がった瞬間、馬車が大きく揺れる。

 ふらつく体を支えてくれたレナルド様。でも、私は完全にバランスを崩してしまう。


「…………んっ」


 私たちは、なぜか二度目の口づけを交わしていた。初めてのキスは、人命救助だから、たぶんキスのうちに入らない。


 では、二度目のキスは?

 いや、事故だよね、これ。


 せめて2回目は、ロマンチックにって思っていたのに。


 混乱したまま、慌てて離れようとしたのに、レナルド様は、長い指で、私の後頭部を押さえて、角度を変えてもう一度、口づけしてきた。


 これはもう、事故なんて言い訳、できない。


 息つぎも忘れてしまうくらい、愛しさにキュウキュウと胸が締め付けられて苦しくなる。

 それなのに、離れたくなくて。


 レナルド様が、本当に好き。

 幸せ。好き。大好き。


「…………時間切れか。実は手続きは、もう全部、済ませてあります。あとは、リサの気持ちを聞くだけだったから……」

「え?」

「リサは、嫌がるかもしれないけれど、俺の最後のわがまま、受け取って貰えませんか?」

「レナルド様?」


 レナルド様が、一枚の紙を取り出す。

 それには、複雑な魔法が幾重にもかかっている。

 その紙に、レナルド様が魔力を流し込む。


「どうか、俺と婚約して下さい。答えは、『はい』それだけしか聞きたくない」

「…………はい」


 その瞬間、淡いラベンダーの炎と、桃色の炎が、混ざって魔法のかかった紙を燃やす。


「愛してる。全てがなくなってしまっても、最後までこの気持ちを持ち続けることだけ、赦して」

「レナルド様? あ、私は」


 額に落ちてきた口づけは、優しく触れて、淡雪みたいに消える。それと同時に、レナルド様の姿も、私の前から消えてしまった。



 

最後までお読みいただきありがとうございます。


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