幸せの時間(偽物?) 1
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子どもの頃のレナルド様の夢を見た。泣くことも出来ず、たった一人で、剣に打ち込み続ける姿は、寂しくて、つらくて、悲しい。
そんな夢を見てしまったのは、再会した時の、レナルド様の様子が、あまりにもおかしかったせいなのだろうか。
「レナルド様?」
それなのに、淡いピンクの花、レナルド様の色をした宝石にドレス、色とりどりのお菓子にご馳走で埋め尽くされた部屋は、そんなこと忘れてしまいそうになるくらい、幸せでいっぱいだ。
「リサ、口開けて? そうでないと、食べさせられません」
「あの、どうして食事介助されているのでしょう」
「俺がしたいから」
なんだろう、この甘すぎる空気は。
なぜか私に、自らの手で一口大に切り分けた、柔らかいお肉を食べさせてくるレナルド様。
魔獣のお肉ではないかと疑ったけれど、『普通の肉だね』とシストが言うから、信じることにした。美味しすぎる。
私の口についてしまったソースを拭きながら、「幸せです」とレナルド様が、嬉しそうに笑う。
夢の中のレナルド様、再会の時に、私に切羽詰まったように縋り付いてきた姿。
その片鱗さえ見えないことが、私を逆に不安にさせる。
日に日にレナルド様への想いが強くなっていく。それは、全てが知りたいという、願望。
それなのに、私はまだ、レナルド様に「好き」の一言さえ、伝えられずにいた。
守護騎士という言葉が、ステータスから消えてしまったレナルド様。
それなのに、距離だけは近くなっても、いつものように優しくて穏やかなレナルド様。
「好きです。リサ」
私に微笑みかける姿は、嘘をついているようには見えない。
だけど、レナルド様が、私の気持ちを尋ねてくることもない。
盗賊のビアエルさんは、時々遊びに来ては、レナルド様のお屋敷のエールとワインの樽を空っぽにしていく。
剣聖ロイド様は、レナルド様と中庭で剣を交える。言葉を交わさない二人。でも、戦いの後、レナルド様が倒れ込んだロイド様に手を差し伸べるところまで、いつもの光景だ。
「まだ、伝えていないの?」
ミルさんは、今日はなぜか、貴族令嬢のようなドレスを着ている。レナルド様に頼まれごとをして、この格好をしないと会えないお方と大事な話をしてきたそうだ。
驚いたことに、ミルさんは、伯爵令嬢だった。今まで、偉ぶることもなく、いつも優しかったミルさんが貴族だったなんて本当に驚いた。
「黙っていてごめんなさい」
「いいえ、私の方こそ……。あの、ピラー様とお呼びした方が」
「そういうの嫌だから、黙っていたの。今まで通りにして欲しいわ」
「は、はい!」
まるで、魔人が現れる前に、戻ったみたいに幸せな毎日が過ぎていく。
でも、その幸せがいつまでも続くはずないって、分かっている。
わかっていたはずなのに、私は溺れてしまった。
だって、私の隣で、レナルド様が笑っていたから。
好きだという言葉は、やっぱり嬉しかったから。
『ねえ、理沙は聖女に戻りたい?』
「え?」
『聖女に戻れるとしたら、どうしたい?』
猫の姿で、私の膝に乗っていたシストが、ペロペロと白い毛に覆われたピンクの肉球がある前足を舐めながら、私に尋ねてくる。
「戻りたいです。レナルド様の力になりたいから」
『それを、レナルドが望まないのだとしても、聖女に戻りたい?』
「え……?」
レナルド様が、私に聖女でいてほしくないと願っていることには、気がついていた。
『僕は、ナオが彼女の守護騎士と恋に落ちた時も、聖女でいなくて済むように、幸せになれるように手伝った』
「シスト……」
『僕は、僕の聖女のためだけに生きる。それでも、巻き込んでしまった君たちの願いは、必ず叶えるって決めているんだ。……たとえどんな結末を迎えるのだとしてもね』
「私は……」
「リサ!」
部屋に駆け込んで、私たちの会話を中断させたレナルド様は、ひどく顔色が悪い。
まるで、敵性生物でも見るような視線を、シストに向ける。
『おやおや、元守護騎士様は、相変わらずだね。これは、理沙のためなのに』
「リサを巻き込むな。……リサは、俺が守る」
『僕も君みたいな考えだったよ。彼女の本当の願いを知らないまま、ただ守ろうとした。……その結末が、これだ』
今までの会話なんてなかったみたいに、シストは短いあくびをして、ただの子猫のように膝の上で丸くなった。
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