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sideレナルド 2



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 リサが初めて神殿で祈りをささげたあの日、かわいらしい箱が彼女の左肩の上に浮かんだ。


『やあ、僕はシスト。よろしくな?』


 封印の箱は、聖女に関する絵画では、必ず描かれる物体だ。

 初代聖女の肖像画を除き、全ての聖女の左肩の上で回っている。

 だがこれは、重厚に描かれる封印の箱と比べて、あまりにも可愛らしい。本物なのだろうか。


「――――神聖さのかけらもない姿、想像とは違うが」


 つい、そんな言葉が出てしまった。失言だったかもしれない。封印の箱は、露骨に機嫌の悪くなった声を出す。


『え? なんか文句あるの? 僕より先に守護騎士が正式な契約を結んでいるとか、前代未聞なんだけど』


 それはそうだろう。出会ったその瞬間に、自分の人生と絶対の忠誠を捧げる契約を結ぶなんて、そんな酔狂な人間が、そういるはずもない。


 それよりも、気に入らないのは。


「――――どうして、シスト様は、聖女様の御名を呼ぶことができるのですか?」

『ん? 知りたいの?』


 珍しく、彼女のそばを離れて、フヨフヨと俺についてきた封印の箱。何を企んでいるのだろうか。


『君と僕は同系列だ。シストでいい。……そうだね、そう願うなら、君も守護騎士なんてやめて、僕みたいな存在になればいい』


 シストがポロリとこぼしたその言葉。それだけは、いつもの軽い口調ではなかった。

 後から考えれば、意味が深い言葉だったのかもしれない。


 中継ぎという周囲の評価。それなのに、魔獣の数は日々増えていく。

 まるで、伝記や神話に描かれる、魔人が現れる予兆のように。


 だが、その事に気が付いているのは、ごく一部の人間だけだ。


 その、ごく一部の人間。ミル・ピラー伯爵令嬢。

 ほとんどの人間は、彼女のことを、有り余る魔力を全て美に費やす、愚かな人間だと思っているだろう。


 今日も彼女の姿は、妖艶だ。

 赤い口紅、太ももまでスリットの入ったスカート。少なくとも、魔術師も貴族令嬢もしない装い。


 実力を隠して生きている魔術師ミルには、似合っているのかもしれないが。


「レナルド、久しぶりね?」

「これは、ピラー伯爵令嬢。お久しぶりです」

「――――その名は、魔術師になるときに捨てたわ。ミルと呼んで。そうでなければ、レナルド・ディストリア侯爵令息様とお呼びするわよ?」


 それは、勘弁してほしい。

 母のこともあり、ディストリア侯爵家とは、騎士になって自分の屋敷を持って以来、疎遠だ。


「――――ミル殿、此度はどのようなご用向きですか?」


 ミル・ピラーは、当代随一の魔術師だ。

 本人も、伯爵家令嬢を言う地位を捨ててまで、魔術師の道を選んだ。

 だが、いつ見ても整えられた姿は、完璧で、隙がない。


 不老に関する研究が専門であり、その力により、国王陛下ですら彼女に強く出ることができない。

 誰もが彼女の不老と美に関する力を欲しているのだ。巨万の富と名声を持つ彼女。

 その彼女が、聖女に会いに来た。俺は警戒を強める。


「――――聖女様が、魔獣討伐のためのパーティーを募集していると聞いたから」

「……それに、なぜミル殿が参加されるのですか?」

「あの、象牙色の肌、この世界には珍しい黒い色合い。磨けば光るのに、放っておかれるブラックダイアモンドの原石に興味があるから……かな?」


 彼女の本質を知らない人間が聞けば、酔狂だと思いながらも納得するような返答だ。


「そうですか。心強いです」

「相変わらず、食えない男ね」


 王宮では、中継ぎ聖女だと、下に見られているリサの元には、不思議なことに、王国最高峰の実力者が集まっていく。個性が強く、誰もがその協力を得たいと願っても、思うようにはできなかった彼らは、あっという間にリサに傾倒していった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 そんなある日、聖女に出撃命令が下った。


「レナルド様は、侯爵家のお方なのですよね?」

「その通りですね」

「――――私なんかに、ついてくる必要ないのでは?」


 俺のことを気遣ったであろう、その言葉に、思いのほか傷ついた自分に驚く。

 もう、傷つく心なんて、ないと思っていたのに。


「聖女様の守護騎士が、おそばを離れるはずもないでしょう」


 それでも、リサのそばにいたいと、その感情を押し殺して笑う。

 それに、あの時みたいに、不安で瞳を揺らす彼女を、隣ですべてから守りたかった。


「どうして守護騎士になったんですか。断ることができたって、皆さん言っていましたよ」

「――――その顔」

「え?」

「この世界に呼ばれた時にも、不安そうなその表情をしていましたよね。……聖女様が戦いの場に立つ必要はありません。そのための守護騎士です。どうか、代わりに戦うように命じてください」


 そう、人のことなんて言えない。

 自分が一番、リサに執着している。

 多分聖女ではない、リサという個人に。


 その名を呼べないことが、日に日に苦しくなっていく。

 リサが、聖女としての使命を、全うしようと、危険を顧みず飛び込んでしまうほどに。


「私も戦います」


 少しだけ驚いた、戦いのない世界から来たというリサのその言葉。

 それでも、リサなら、そう答えるのだろうと、あきらめ交じりに納得したのも、事実だった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 そして、2年の月日が過ぎる。

 危険な場所に、すぐに飛び込んでしまうリサ。

 そんな彼女に、愛しさと苦しさが募るばかりの日々。


 リサを守りたくて、聖女としての使命から解放すれば、その名を呼んで手に入れることができるのではないかと、黒い欲望が、ふと泥の底から泡のように浮かんでくる。


 俺は、聖女がその力を失う方法を、ひそかに調べ始めた。

 それと同時に、そうなったときに彼女を守り、俺の手の中に閉じ込めるための準備も……。


 聖女様と守護騎士。

 お互いの関係が、そういう名称なのだと信じて疑わないリサ。

 俺の心を知ることもなく、屈託ない笑顔でリサは笑いかけてくる。


 この関係を崩したくないと思うのも、本音で。

 幸せそうに笑う彼女を、守り続けたいのも心からの願いで。

 それでも、ただ名前が呼びたかった。


 そして、危うい均衡は、あの日完全に崩れ去ってしまった。


「これは……」


 流行り病という情報は、間違いだったということに気が付く。

 どうして、その情報を鵜吞みにしたのだろうか。

 事前に情報を集め、リサを守るために、万全を期していたはずなのに、魔が入ってしまったかのように、今回に限っては、流行り病という情報しか得られなかった。


「あの、いつだったか、骸骨を操っていた死霊術師のいた場所に、似てませんか……」

「……聖女様が、そう仰るのであれば、その通りなのでしょう」


 薄緑色の光、呪いに関連する、闇の魔術に特徴的な不気味な色合いだ。

 いつも気丈にふるまうリサが、涙でその瞳を潤ませて、俺に縋り付いてきた死霊術師との戦い。

 俺にできたのは、彼女の視界を塞いで、戦うことくらいしかなかった。


「……一旦引き返しましょう」


 それが、この村にいる人間すべてを見殺しにする提案だと、理解していた。

 リサがその提案に同意するなんて、決してないと理解していてもそういわずにはいられなかった。

 リサの手を引き寄せる。


「レナルド様。王都に戻ったら、被害が拡大してしまいます。聖女の魔法を使えば、一人ずつだけど、浄化できるはず。……私は残ります」

「っ……原因がわからない、危険です。それに、イヤな予感がします。王都に戻りましょう」

「――――レナルド様。このまま戻っても、往復4日はかかります」

「お気持ちは、変わらないのですか?」

「……ここで、助けることができた誰かを見捨ててしまったら、本当に私がこの世界に来た意味が、なくなってしまうから」


 そういわれてしまえば、異議を唱えることなんてもう出来ない。

 守護騎士としての立場とか、それ以前に、そんな風に誰かのために戦う彼女。

 その役割がなくなってしまったら、リサが壊れてしまうことを恐れたからだ。


「聖女様……。では、約束してください。もし、大きな危険が訪れたら、逃げると」

「そうね。もちろん、逃げるわ」

「――――何があっても、お守りします」


 シストをちらりと見ながら、リサの髪をそっと撫でた。

 封印の箱であるシストは、おそらく何かを知っているのだろう。

 守護騎士をやめて、シストのような存在になればいい。その言葉が、急に蘇る。

 一体それは、どういう意味だったのだろうか。

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