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婚約から、逃げていいですか 1



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 朝日が降り注ぐ窓、眠れない夜を過ごした私は、カーテンをほんの少し開いて、外を覗く。

 昨日たくさん詰めかけていた人たちは、諦めたのか門の前にはいなかった。


「……それにしても、ここはどこなのかしら」


 三階建ての建物を王都に所有できる貴族なんて、数えるほどしかいない。

 だから、その答えは、ディストリア侯爵家の所有する建物なのだろう。


「…………レナルド様」


 王族の呼び出しに、早朝から出かけて行ったレナルド様。入れ替わりに、今は、ミルさんが護衛に来てくれている。


 レナルド様は、出かける直前まで、「表に出ないように」と、私に繰り返し言った。

 確かに、昨日の襲撃といい、安全のためには、一箇所にいて欲しいのは、分かるけれど。


「それにしても、聖女様を閉じ込めるなんて。名前を呼ぶことも出来ずに、守護騎士としての責任感で思いに蓋をし続けてきたせいね。……拗れているわ」

「こじれ?」

「あら、ごめんなさい。こちらの話」


 ミルさんは、今日は露出度控えめだ。

 首元まで黒いレースに覆われたタイトなドレス姿は、逆にその妖艶さを際立たせている。


 実は、ミルさんが来るまで、少しだけ時間があったから、お屋敷を抜け出そうとした私。

 結果、お屋敷はおろか、この部屋から出ることすら叶わなかった。


 どれだけ厳重な防衛体制を敷いているのだろう。心配性なレナルド様らしい。


 それでも、聖女の称号と魔法を持っていた時には、たぶんここから出るなんて、簡単だったに違いない。

 自分の身を守ることも出来ない。聖女の力のない私は、懐かしい、かつての世界と変わらない。


 結局、レナルド様に迷惑かけて、庇護されて生きていく?


「ねえ、レナルドがなんで王宮に行ったか、分かってる? 聖女様との婚約を陛下に、許してもらうためだわ」

「責任とって婚約してもらうのは、さすがに……。それに、私はもう、聖女じゃなくなったから、守護騎士としての役割を果たす必要もないです。真面目なレナルド様らしいですけど」

「レナルドのこと、好きなのだと思ってた」

「………………好きですよ?」


 でも、レナルド様と対等でいたい。


『ね、後悔しない? しても良いけど、このままここにいた方が、道は平坦だ』


 たぶん後悔する。

 レナルド様がいない世界は、たぶん寂しくて、楽しくない。


『でも、理沙は行くんだね』

「うん。シスト、お願いできるかな」


 ミルさんは、私を止めない。

 私の選択を尊重してくれる。


「たぶん、逃げられないと、思うけど。それに、レナルドにとっては、これも想定内だろうから」


 シストが、桃色の光を放つと、私たちの姿は、部屋から消えた。

 ミルさんの呟きは、私に届かないままだった。




 



 

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