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まさか、聖女のキスにそんな副作用が 3



 そうとなったら、話は早い。

 早く、魅了を解かなくては、このままでは、状態異常が解けた時に、レナルド様が自分の言動のせいで悶えてしまう。


 ロイド様も、状態異常が解けた後、3日間もの間、私と目も合わせてくれなかったのだから。


「状態異常解除……。あっ」


 残念なことに、魔法が発動しない。

 私は、すでに聖女ではなくなってしまった。

 つまり、簡単な治癒魔法しか使えない。


 こうなってしまっては、もう残された手段は一つしかなかった。私は、ポシェットに忍ばせていた、とっておきのガラス瓶の蓋を開ける。


「レナルド様。ごめんなさい!」


 バシャッと、音がして、レナルド様の美しい薄水色の髪に水が滴る。

 もしもの時のために、聖水を作り溜めしておいて、良かった。特にこれは、その中でも自信作だ。


 これで、状態異常が解けるはず。


「……リサ?」

「ひゃ?」


 濡れてしまった髪の毛を、気怠げにかきあげるレナルド様。たぶん、これを見た令嬢たちは、あまりの麗しさにバタバタと倒れてしまうに違いない。

 私も、レナルド様のことを日頃、見慣れていなかったら、倒れたかもしれない。


「あ、あの。濡らしてしまってごめんなさい。……元に戻りましたか?」

「……何がです?」


 首を傾げて、私を見つめるレナルド様。

 大丈夫です。ロイド様も、魅了が解けた後は、しばらく呆然としていましたから。


 それなのに、その後も、レナルド様と私の距離は、信じられないくらい近いままだった。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 月すら出ない真夜中。

 遠くに聞こえるフクロウの鳴き声。この世界の夜は、あまりに暗いから、私はいつも、怖くて、なかなか眠りにつくことができない。


 でも、今夜は違う意味で眠れそうにない。


「あ、あの……。レナルド様? 私そろそろ、寝ようと思うのですが」

「リサ、俺が見ているから、安心して眠って下さい」

「えっ」


 寝られませんっ!

 どうして、当たり前のように、部屋の端で控えていようとするんですか?

 むしろ、寝ない気ですか?


「……あの。レナルド様の方が、私より本格的に呪いに蝕まれてましたよね? 体に負担がかかってますよね?」

「常日頃、鍛えているので」

「鍛えていても、ちゃんと休んで下さい」

「…………来たか」


 暗闇の中で、ラベンダー色の瞳が、魔力を帯びて煌めく。


「リサ、大丈夫だから、ここにいて下さい」

「……え?」


 どうして臨戦態勢なのですか?


 その言葉、全く大丈夫だって、思えないです。

 トラウマになっているのかもしれない、レナルド様の『大丈夫だから』という言葉が。


 トンッと、軽く跳躍したレナルド様が、私のいるベッドを飛び越えて、窓を開け放つ。


「ここ、3階……」

「そこにいて」


 体を屈ませて、窓枠に足を掛けたレナルド様は、振り返ることなく飛び降りた。

 その、聖女の守護騎士だけが纏うことを許される、藍色のマントが、ふわりとひらめく。


 そう、この世界に来てから、無意識に寝ている時にすら結界を張り続けていた私は、理解できていなかったのだ。

 聖女の恩恵をほとんど失った自分が、どれほど危険に晒されているのかを。


 くぐもった声と、剣が交差する甲高い音が、暗闇から聞こえてくる。


 それはおそらく、時間にしてほんの数分のことだったに違いない。窓に近づくこともできずに、震えながら、レナルド様を待つ。


 ややあって、どうやって上がったのか、窓からレナルド様が、トトンッとほとんど音も立てずに、戻ってきた。


 その頬には、小さな擦り傷。

 レナルド様に、傷を負わせるなんて、よほどの手練れでなければ、不可能だ。

 たぶん、レナルド様が、そばに控えていてくれたから、私は無事なのだ。


「レナルド様は、私を守るために?」


 そっとレナルド様のそばに寄る。

 そして、私はその頬の傷に手を当てて、回復魔法を使った。


 良かった。回復魔法は、使えるみたい。

 桃色の光が溢れると、見る間に、傷は小さくなって、消えた。私は心から、安堵の息を吐く。


「せ、いじょ、様」

「レナルド様?」

「り、さ」


 それなのに、傷が消えた瞬間、レナルド様は、ひどく辛そうに顔を歪め、なぜかとても苦しそうに喉元に手を添えて、私の名を呼んだ。

 頬に触れていた私の手が、そっと掴まれて、なぜか手のひらに口づけされる。


「………………リサ。聖女の魔法、もう使わないでくれませんか」

「え? なぜですか」

「俺が、守るから。そばにいて、守るから。もう、聖女になんて、ならないで」


 なぜか、レナルド様が、泣きそうに見える。

 婚約を申し込んだり、距離感がおかしかったり、いつも私から一定の距離をとって、微笑んでいた守護騎士様と、同一人物なのだろうか?


 でも、ようやく私にも理解できてしまった。

 聖女の力を持たない私は、本当にこの国にとって、いらない存在なのだと。

 この王国の秘匿されるべき情報を、たくさん知ってしまった私は、多くの人に狙われる立場になってしまったのだ。


 このまま、ここにいたら、どうしてもレナルド様の負担になってしまう。


「婚約して欲しい」

「……責任なんて、取らなくても」


 少しだけ、浮かれてしまっていた。

 大好きで尊敬するレナルド様が、私を守るために婚約を申し出てくれているなんて、ほんの少し考えれば、わかることなのに。


 真面目なレナルド様のことだ、婚約するからと、無理に距離を詰めすぎて、おかしな距離感になっていたのだろう。


 レナルド様は、壁に寄りかかったままだ。

 軽い寝息が聞こえるから、立ったまま寝ているのだろう。


 このままでは、ダメだ。

 私は、密かに覚悟を決めたのだった。


最後まで読んで頂きありがとうございます。


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