まさか、聖女のキスにそんな副作用が 2
あまりに、様子がおかしい。
『極端すぎるよ。ゆっくり距離を縮めるという選択肢はないの?!』
シストの言葉には、呆れが混じっているようだ。
毛繕いしながら、ため息が聞こえる。
「あの、急にどうしたのですか。えっと、この状況を打開するために、婚約するって事ですか?」
「リサのことが、好きです。そばにいてくれませんか」
「っ……?!」
……何だろう。逆に冷静になってきた。
やっぱりおかしいよね。えーと、守護騎士様として、聖女の名を守れなかった、責任を取ろうとでもいうのだろうか?
責任感の強い、レナルド様ならあり得るかもしれない。でも、それだけでは説明がつかない。だって、明らかに距離感がおかしいもの。
「あの……」
「リサが、呪いに蝕まれそうになった時の、俺の気持ち、分からないでしょうね」
「……レナルド様?」
そんな潤んだ瞳で見つめてくるとか、意味が分かりません。
「失うと思ったら、咄嗟にリサの名前を呼んでいた。……もしかしたら、聖女の称号が失われてしまったの、俺のせいかもしれないですね」
「え? 違いますよ」
だって、聖女の称号は、二人とも命がなくなりそうになったから、シストとの取引でなくなったのだから。
『あー、それも関係ある』
えっ、あるの。レナルド様が、私の名前を呼んだこと、関係あるの?
『あと、魔獣の肉を食べたのも、聖女の力が弱体化した原因』
聖女がお肉食べたらいけないって、迷信じゃなかったのね……。美味しかったけれど。
『肉は食べても良いんだ。でも、魔獣の魔力は聖女の魔力とは正反対だから。そもそも、レナルドは、それが分かっていた気がす……ゴホンッ』
なぜか、この部屋の温度が、3℃ほど、下がったような気がした。気のせいだろうか。それにしても、シストを見るレナルド様の視線が、なぜか氷点下だ。
『……まあ、最終的には、僕が聖女の称号を糧に、二人を助けたんだよ。お陰で、箱の姿から解放されたわけ』
「…………え?」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。
レナルド様が、殺気を剥き出しにして、私の前に立つ。いつもなら、平気なその殺気。聖女の力がないせいか、クラクラする。怖くはないけど。
『わぁ。……この体じゃ、まだレナルドには敵いそうもないな。まあ、でも僕は、敵じゃないし魔人でもない』
可愛い子猫が、猛獣のように見えてくる。
ただならぬ気配。
レナルド様は、警戒を解かないまま、それでも殺気を消す。
「聖女のことを、名前で呼んでも赦される存在なんて、高位精霊や神に近いものしかいないですよね?」
『近からず、遠からずかな。どちらにしても、制約があるんだ。正体を言えないのは、勘弁してよ』
フワフワと浮かぶと、シストは私の左肩に乗る。
重さはない。ずっと、視界の横で箱が回ってる生活を続けていたせいか、視界に何も映らないのが、逆に不安だったみたいだ。少しホッとする。
「それにしても」
首を傾げて私を見つめるレナルド様の視線には、やっぱり熱がこもっている。私は、この症状を、どこかで見たことがある。
その瞬間、脳裏にポンッと浮かんだのは、涙でベチャベチャな、色気とかロマンチックさとは、無縁だった私のファーストキス。
――――まさか。
私は、この症状を知っている。
吸血鬼と戦った時に、ロイド様がこんな状態になった。
いつも寡黙なロイド様が、あの時ばかりは饒舌になって、なぜか私に愛を囁き始めたのだ。
「魅了」
まさか、聖女の口づけに、そんな作用が?
でも、そうなのであれば、先ほどから様子がおかしすぎる、レナルド様の言動にも、全て説明がつくのだ。
このとき私は、妙にストンと腑に落ちてしまったその理由を、なぜか無条件に信じてしまったのだった。
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