マッハ2.3のサンタクロース
「ハッ!!」
ひんやりとした冷気を足先に感じて目が覚める。
パキパキ
暖炉にくべられた薪が燃える。
窓の外は白銀の世界だ。
もそもそと大きな羽毛布団をめくり、起き上がる俺は悪夢のようなものを見ていたらしい。
何だったかあまり思い出せないが、楽しい夢では無かったように思う。
鏡に映る自分の体は、一言で言うとデブだ。
ふくよかなお腹にゴリラがプリントされたトランクス、ムチムチした手足には、いつ出来たのか思い出せないが、大きな手術痕が残っている。
夏の入道雲のような白髭は、子どもたちから大人気だ。
ワードロープに掛かった返り血のように赤いズボンに手を伸ばすとそれを取る。
足を通し、同じく真っ赤なコートに袖を通す。
ベルトを締め、地雷を踏んでも無傷でいられると定評のあるブーツを履く。
「よし」
俺は暖炉の火に水を掛けると部屋を後にした。
「行くか!」
「おぬし無事だったようだな」
「先日事故ったと聞いて心配しておったぞ」
無数のソリが並ぶ発着場で、見た目的に違いがよく分からない同僚たちに声を掛けられる。
同じサンタクロース仲間だ。
「ああ、そうだったか。悪い、あまり覚えてないんだ」
どうやら事故ったらしかった。
だから悪夢のようなものを見た気がしたのか。
「ロバートのソリと激突したって聞いたときは血の気が引いたわい」
「そうじゃぞ。お前、右腕があらぬ方向に曲がって、右足もバキバキだったらしいぞ」
マジか、俺よく生きてたな。と思ったが、超人サンタクロースだ。
その程度じゃ死ぬことも無いかと思い直す。
「元気元気。みんなに夢と希望を配らないとな!」
そうだ。
これからソリに乗って世界中の人たちに夢と希望を配るのだ。
同僚たちと別れ、それぞれのソリに乗り込む。
木製の年季の入った車体は歴代サンタから新人サンタに引き継がれてきたものだ。
相棒のトナカイたちがソリと合体する。
一般的に知られてはいないが、トナカイはサイボーグだ。
心臓には核融合炉が使われている。
ただのトナカイが空を飛ぶことは無い。
なんせサンタクロースのソリはマッハ2.3で飛行するのだ。
生身では到底無理があるというものだ。
滑走路に積もった雪を巻き上げながらソリが灰色の空に飛び立ってゆく。
これから世界中を巡り、すべての良い子たちにプレゼントを渡しに行くのだ。
もちろん大人達も良い子にはプレゼントが用意されている。
ぐんぐんと高度を上げるソリ。
雪雲の中を突き進む俺のゴーグルに雪が張り付く。
自動温度調整機能が付いているゴーグルだ。
張り付いたそばから雪が融けていった。
シャンシャンシャン!
雲を突き抜け、満天の星空のもと、サイボーグトナカイの脚部が心地良い音を立てる。
現在、高度12000m。
-50℃くらいだろうか。
右腕のリンゴウォッチに視線を落とす。
午後6時23分、高度11980m、外気温-49度。
サンタクロースの服には温度調整機能が付いており、短時間であればあらゆる攻撃をはじき返すバリアーも張れるのだ。
なんせ航空から不法入国しまくりながらプレゼントを配るのだ。
スクランブルしてきた戦闘機に機関砲で撃たれることだってある。
とはいえ、巡航速度マッハ2.3で飛行するソリを追い掛けるなど面倒であろうに。
シャンシャンシャン
軽やかな音と共にキラキラした光の粒がトナカイから発生し、夜空に軌跡を描く。
核融合炉から発生するなんかそういう系の光らしい。
G●粒子ではない。
マッハ2.3というと時速にして約2400kmだ。
9割が木造のソリは防空レーダーにも引っ掛かりにくい。
戦闘機のスクランブルに遭遇せずに眼下に文明の光が確認できた。
「よし降下しよう」
安全性に問題がない事を確認した俺は機首を下げる。
ぐんぐんと街並みが近付く。
ソリはトナカイにコントロールを渡し、自動で低空で移動させる。
そして俺は指定されたエリアでプレゼントを配って回るのだ。
さながらダイレクトメールか広告をポストに投げ込むアルバイトのような絵面だ。
「ま、勝手に家屋に浸入するんだけどな」
サンタには、”万能ピック”とかいうあらゆるカギを開けるツールが支給されている。
昔は煙突からお邪魔していたが、最近の家に煙突は無い。
となれば、玄関をピッキングして堂々と侵入あるのみである。
最初の家は電子ロックと物理錠のコンビだった。
万能ピックを鍵穴に押し込む。
カチャ
ものの1秒程度で解錠に成功する。
無論、電子錠だってツールをかざすだけで解錠されるのだ。
掛かった時間は、わずか2秒であった。
「Mark」
静かに玄関前で魔法の言葉を紡ぐ。
指定されたポイントに瞬間移動するための魔法だ。
プレゼント配布後に玄関前までテレポートすることで時短を図るためだった。
音もなく開いた玄関扉の内側に体を滑り込ませる。
家屋内を移動するサンタはホバー走行だ。
土足で家の中に上がり込むのだ。
礼儀をわきまえることは大事だった。
それに足音で住民が起きてくると困るからだ。
「どれどれ、”サンタさんへ”ね」
床から3㎝浮かんだまま子ども部屋に入ると、子どもが書いたであろうサンタへの手紙を手に取る。
サッと目を通してからクリスマスカードと共に枕元にプレゼントを置く。
靴下がぶら下がっていれば、そこに入れるが無くても問題は無い。
「メリークリスマス」
俺はすやすや眠る子どもに笑いかけると玄関前にテレポートする。
喜んでくれるだろうか?
その結果を知ることは無いだろう。
何故なら世界中の良い子たちが目覚める頃には、一仕事を終え、まどろみの中にいるからだ。