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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
ありふれた田舎町
7/33

トラウマ

 陸から連絡が入ったのは、時計の針が11時を回ったころだった。


暇な時でいい。ちょっと読んで感想くれると助かる


 次いで、馴染み深いサイトのURLが送られてきた。さっそく新作の執筆にとりかかっているようだ。ストックは作らず、書き上がった側から投稿サイトに公開していくスタイルは昔から変わっていない。本人曰く、「人間いつ死ぬかわからないから」ということらしい。

 私はいそいそとURLをタップし、書き上がったばかりの物語に目を通した。タイトルは『連続殺人の音色』とある。遅筆な陸にしては珍しく、既に8000文字が書かれている。今朝彗星蘭で一緒に考えた内容が、その日の夜に小説という形に落とし込まれているのだ。そう考えると、妙に感動的に思えた。


 主人公は誰もが知っている人気動画投稿者の女だ。美人で賢く、明るい性格だが顔出しは一部しかしていない。そんな彼女の裏の顔は強迫観念に駆られた殺人鬼で、全国で話題になっている失踪事件の犯人だった……という話である。主人公は美しい歌声が評価され、大々的にメディアに取り上げられたことから、プロの歌手になれる一歩手前まで話が進む。ところが、彼女にはどうしても隠したい過去があり、顔出しをして身元を知られればその秘密が暴露されてしまう。そこで、主人公は自分の秘密を知る地元の人間を一人一人殺していく。  

 現段階で、主人公は早くも3人を手に掛けている。10万文字構成にしては少し話の進みが早すぎるような気がした。



せめて殺すのは2人にしない? 全部で何人殺す予定なの?


今のところ考えてるのは7~8人くらいかな。え、まずい?


じゃあ今の段階で3人は早すぎるかも。あんまり一気に殺しても不自然だし。その分もっと殺される人たちに物語性をつけよう


なるほど確かに。もっと読む人の同情を誘うような感じにしたら、主人公の残虐さが引き立つかも。また明日改稿する


そういうの結構大事らしいよ。ある意味、主人公以上に印象的でいる必要がある



 我ながら、何も知らない人間が見たら即座に通報してしまいそうなやり取りだと思ったが、私たちはこの手の話を始めると最低2時間は止められないのだ。物語の構想に始まり、的外れなアドバイスを寄越す読者や、ブックマーク数と評価ポイントでマウントを取る書籍化作家の愚痴、SNSで度々話題に上がる退屈な創作論など、ネットで発言すれば瞬く間に火が付きそうな話題について、ああでもないこうでもないと駄弁り続けるのだ。

 途中からチャットが面倒になり、私たちは通話に切り替えた。話は瞬く間に白熱し、ついに時計の針は午前1時を回った。こんな風に話すのは数年ぶりの事である。


『さすがに眠いんだけど』


 先に根を上げたのは陸の方だった。


『まあ、元々ろくに眠れないからいいけど』

「え、陸も不眠なの?」

『「も」って? 他に誰かいる?』

「陽葵も寝つき悪いってさ。そういえば、今日会った時よろしく言っといてくれって言ってた」

『ひまりって……』

「榊陽葵。同じ塾に通ってたって」

『あー! あの大人しい感じの。勉強中によくお菓子くれた人。何で荒塚みたいな野蛮人と友達なんだろうってずっと思ってた。へえ、あの人もなんだ。わからんでもないよ。真面目そうだし』


 実際のところ、陽葵は不眠以上にまずい状態だったが、本人のいないところでそんな話をする気にはなれず、私は黙っていた。


「で、陽葵ほど真面目じゃないおまえは何か原因でもあるの?」

『去年辺りからかな。気持ち悪い夢のせいでしょっちゅう夜中に目が覚める。知らない人間に石投げられたり、崖から突き落とされたり。かと思えば、今度は自分が化け物になってそいつらを殺したり、散々だよ』

「前世で村八分にでもされてたのかよ。――まあ、大学の勝手がいろいろと変わって予定も狂っただろうし、クソ面倒くさい就活もあったから、ストレスなんだろうな。ホラー小説も書いてるし。私も最近はしょっちゅう頭が痛いわ。くだらないストレスのせいで」


 数時間前の頭痛の事を思い出すと、またなんとなく頭の中がざわつくような気がした。陸は1つ大きなあくびをすると、寝の体勢に入ったのか、電話越しにゴソゴソと布団にもぐるような音が聞こえてきた。


『今書いてるやつが一段落したら、この夢を参考にホラー短編でも書こ』

「来年の冬ホラーイベントに期待しとくわ。おやすみ」



 それからどのタイミングで眠りについたのかわからない。気が付いた時にはすでに夢の中だった。

 夢の中で、私はこれが夢であることに何となく気が付いている。あの日以来、いつもそうだ。手にはスマホを持ち、画面には何百、何千といったコメントが映し出されている。私はそれを機械的な動作で下へ下へとスクロールし、頭の中に無数の言葉が幾重にも折り重なる。


 人格破綻者

 犯罪者予備軍

 社会不適合者


 画面に触れる指は止めることが出来ない。「ボキャ貧アンチの言うことなんて気にするな。知らないヤツから嫌われたからって何なんだよ」そんな風にひたすら自分に言い聞かせるが、表示される言葉は死骸に群がるハエのように数を増やしていく。


正直言って、もうお前に需要ない。どの道もう稼げないだろうし、檻の中で暮らしたほうが楽になれると思う。


良い人だと思っていたのに。本性が常識知らずだとわかってショックです。この界隈から消えてほしい。イメージ悪くなる。。。


情緒不安定で品のないブスのくせに勘違いして調子に乗った天罰では? 顔をやるついでにその腐った根性と脳ミソも整形して来てください。


そのうち「みんなの誹謗中傷のせいでうつ病になっちゃいました~」とか嘘ついて病気のワタシ可哀想アピールしてくるだろうから、みんな騙されない様に。


気持ち悪い信者どもが必死に擁護してて草。そもそもここにいる信者共は頭も股もゆるそうな女かクソガキッズばっか。こいつはただの犯罪者。当時未成年だったとか関係ない。


 ここまで読んでようやくスマホを放り投げたが、流れる言葉は視界から消えることはなく、瞼の裏側にびっしりとこびり付いたまま、延々と流れ続けた。

 何度瞬きしようが、瞼を擦ろうが、見える景色は変わらない。励ましの言葉もたくさんもらったはずだったが、どういうわけか悪い言葉ばかりが脳裏に染みついている。これは過去に起きた現実なのか、単に考えすぎた私の妄想なのか、今となってはよくわからなくなってしまったが。


 ついに私は、勢いに任せて両目を抉り出した。信じられない程の激痛が走ったが、流れ続ける言葉を見続けるよりは幾分かマシに思えたのだ。熱を持った全身から、滝のように汗が吹き出し、どくどくと血の巡る音が脳ミソを震わせる。もしかしたら夢でなく現実なのでは、という恐ろしい考えが脳裏によぎる。私はそのままふらふらと洗面所まで歩き、鏡の前に立った。ないはずの目を、鏡面に向けてみる。すると、じっとこちらを見据える穴の開いた顔と目が合った。

 ありえない。何も見えないはずなのに。


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