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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
【番外編1】とある観光客のブログ
32/33

H町訪問記 其の2

※この記事は公開から約7ヵ月以上経過しています。

今後、更新されない可能性が極めて高いです。ご了承下さい。




 S神社は禁足地から程近い小高い山の上にあり、傾き掛けた古めかしい怪談を上っていかなければならなかった。両脇の山肌からはわき水が染みだし、ヒノキの匂いが山中に漂っている。階段を登り切り、白い鳥居をくぐると、小さな社が姿を現した。まさに聖域という言葉がぴったりだった。ただし、こちらも雰囲気だけに留まっている。


「流された灯篭はここでお焚き上げするんですよね」


 私は敷地内に掘られた大きな穴を指さして言った。何かを燃やした跡がまだ黒く残っていた。


「その時に歌う歌があるんですが、ご存じですか? ネットで一時の間、ちょっとした話題になったんですが」

「ああ、なんかありますね。そんなのが。御詠歌みたいなやつ。御詠歌ともちょっと違うのか。あれはまた別にありますし」


 Kくんは淡々とそう答えた。確かに、御詠歌は仏教の教えを旋律に乗せて唱えるものだろうし、それを神社で灯篭をお焚き上げしながら歌うことは考えにくい。では、いったい何なのか。


「っていうか、この町灯篭流しが2回あるんですよね。お盆にもやってますよ」

「へえ。そっちはどんな灯篭流しなんですか?」

「いたって普通のやつですよ。特別な事は何もない。個人的にはちょっとお金掛け過ぎじゃないかって思います。どっちか一方でいいんじゃないかな。もしくは同時にやるか。観光事業に失敗もしてるし、そもそもこの町はお金の使い方が下手だって言われてます」


 Kくんはそう言って苦笑した。そういえば、H町は2年ほど前から財政破綻の恐れがあると報じられていたが、こういったことも原因の一端になっていたのだろうか。



「そうだ。T祭の方の歌、検索すれば出てくるんじゃないかな。歌詞が載ってるサイトは無いかもしれないけど、動画を検索したら……」


 Kくんは独り言のようにそう言って、スマートフォンで動画を検索してくれた。動画には、暗闇の中燃え盛る炎を囲むように人が集まっている。宮司と思われる初老の男性が大幣を振って何やらやっているが、撮影者はそんな宮司を差し置き、社の隣に設置されたテントの下でマイクに向かって歌う7人の男女(いずれも高齢者であるように見える)を映している。以前私が見た動画とは撮影者が違うような気がした。鈴を鳴らしながら歌う姿は、地元の灯籠流しで見る光景とよく似ていた。


「ここにいるのは俺の婆ちゃんですね」


 Kくんは画面の中のお婆さんを指さして言った。動画の画質が悪く、顔は潰れてほとんどわからない状態だったが、彼にはそれが自分の祖母だとわかるようだ。


「この歌、なんなんでしょうね?」


 私は訊ねた。


「さあ。なんでも、歌っている本人も詳しいことはわからないらしいです。でも、婆ちゃんのそのまた婆ちゃんから聞いた話だと、K川で死んだ人とこの神社の神様のために歌うんだそうです」

「歌詞、わかりますか? 検索しても出てこないんです。みんな何とか動画から聞き取ろうとしていたんですが、なかなか難しくて」

「婆ちゃんが生きてればなあ。もう死んじゃったんですよ。2年くらい前に。でも、実家を漁ったら何か出てくるかもしれないです」


 私はKくんに何かヒントになりそうなものはないか探してもらうよう頼んだ。彼は終始微笑みながら、「どうしてそこまで気になるんでしょうね。ここまで知りたがる人も珍しいですよ」などと言っていたが、正直私にもよくわからない。何故私は片田舎の地味な祭りに対し、こんなにも惹かれているのだろう。


 この日、私はKくんに駅まで送ってもらい、無事帰宅することが出来た。ついでに連絡先を交換し、情報の有無にかかわらず、1週間以内に連絡してくれることになった。

 それからちょうど1週間後、Kくんからメールが届いた。メールには1枚の画像が添付されており、かなり達筆な字で歌詞のようなものが書かれていた。Kくんいわく、それがT祭で歌われる歌だそうで、名前は特についていないらしい。正直なところ、この文字を読み取るのは至難の業だったが、動画の音声と合わせながら目で追ってみると、ある程度聞き取ることが出来た。


■■■■の■■■

■■に流れし灯籠の

明かりを頼りに集いたまえ


みなが長くあるように

真っ赤にやみる麻布

おかえりなさい

■■■■の のまる谷


七つの長があえぶ先

忘るるなかれ■■底

鎮まりたまえ

■■■御霊よ 安らぎたまえ


咎やめぐりも受け入れて

落としましょう

流しましょう

まがつものみなこの川へ


 固有名詞や、聞き取りも読み取りもできなかった箇所にぼかしを入れているが、おそらく大体はこんな感じだろう。


 まあ、こうして書き出してみたところで結局よくわからないのだが、どなたかわかる方がいらしたらご一報いただけると幸いである。

 Kくんいわく、昔から代々祭りに参加する者にのみ教えられ、誰もが単なる「お祭りの歌」程度の認識で特に疑問も持っていないのだと言う。まず気にするという発想がないのだとか。更にこの歌がいつから存在するのか、誰が何のために作ったのか、そういったことについても恐らくはわかっていないらしい。歌い方や鈴の音などは御詠歌に似ているが、仏教の教えとは無関係のようだ。もちろん神楽とも異なる。いずれにせよ、鎮魂歌であることは確かなのだろうが……


 話は変わるが、灯篭流しの起源は戦後の広島であるという話を聞いたことがある。意外と最近なのだということに驚いた。そして、それより更に古い精霊流しや盆灯篭は仏教の行事であるが、灯篭流しはそうではないらしい。しかしKくんの話を聞く限りでは、この町の灯篭流しは戦前から既に行われていたと考えるのが自然だろう。


「婆ちゃんのそのまた婆ちゃんから聞いた話だと、K川で死んだ人とこの神社の神様のために歌うんだそうです」


 では、一体何なのか。灯篭流しという名前は付いているものの、本来は全く別の意味合いを持っていたのだろうか。

 明日もう一度H町へ行ってみることにしよう。


 

その3へ続く→


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