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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
【番外編1】とある観光客のブログ
31/33

H町訪問記 其の1

 1月25日。一昨年オカルト界隈で何かと話題をさらったH町を訪れた。

 町にとって重要な役割を担う住人数名が短期間のうちに次々と失踪し、ネットで様々な考察がされたこの町は、今どうなっているのだろうか。ウイルスの感染状況もかなり落ち着いたので、心置きなく出掛けられるのはやっぱりうれしいものだ。


注)地名や人物名などを無許可でそのまま明記してしまったことを深くお詫び申し上げます。メッセージで注意してくださった皆様、ありがとうございました。文章を訂正し、地名や人名、その他固有名詞には極力ぼかしを入れることにしましたのでご了承ください。



 午前中から探索を行うつもりだったが、人身事故に巻き込まれ電車が大幅に遅延し、H駅に到着したのは午後1を回った頃だった。東口へ続く階段を下り、(鳩の糞だらけ!)辺りを見渡すと、なんとも言い難いくたびれた町並みが広がっていた。バブルが弾ける前までは、そこそこ栄えた町だったのだろう。今では完全に時間が止まってしまっているようだ。


 錆びて穴だらけのアーケードをくぐると、見事なまでのシャッター通りが続いている。最近ここの通りでドラマの撮影があったそうだが、もうそれくらいしか使い道もないのだろう。年期のはいった雑居ビルの窓には色褪せた「テナント募集」の文字がむなしく掲げられている。その文字の下にはうっすらと「フルーツパーラー」という文字が読み取れた。これまた随分と懐かしい響きである。


 しかし、今回の目当ては寂れた町並みを堪能することではない。とある心霊スポットに用があるのだ。とはいえ、予定が狂ったせいで朝から何も食べていない。情報収集も兼ね、私は駅近くの喫茶店に足を運んだ。


 ふだんから私のブログをご覧になっている方はご存知かもしれないが、私のオカルト以外の趣味は純喫茶巡りである。喫茶店Sはまさに私の好みドンピシャな外観をしていた。中に入ると、スキンヘッドにメガネを掛けたやや厳つい感じののマスターが出迎えてくれた。よそ者が来たというのに特に気に留める様子もない。普通こういった場所では、ご高齢の常連客がカウンターを占拠していたりするのだが、この日は常連客はおろか私以外お客は誰ひとりいなかった。


「お好きなお席へどうぞ。悲しいことに貸し切りですので」


 マスターはやや自虐的な笑みを浮かべてそう言った。気まずくないと言ったらウソになるが、これは絶好の機会かもしれないと思い、私は思い切ってカウンター席に腰かけた。


 私が話しかける間でもなく、マスターはあれこれと話しかけてきた。暇だったのかもしれない。どこから来たのか、この店はどうやって知ったのか、なぜこの町を探索しているのか。おそらく彼は50代後半くらいだろうが、その好奇心たるやまるで子供のようなのだ。しかし私にとって話好きというのは大変にありがたい。もし彼が寡黙で気難しいタイプのマスターだったら、きっと私は無駄な時間を過ごしたにちがいないからだ。


「この町の禁足地を見に来たんです」


 私は包み隠さず話してしまうことにした。万一変人だと思われても、ここにはもう二度と来ないだろうし、気にするだけ無駄だろう。

 この町の田園地帯にぽつりと存在する禁足地は、ネット上で心霊スポットとして知られており、一昨年の失踪事件はこの森に祭られている神の祟りだと大真面目に言い張る者もいる。まあ、私は単に写真の雰囲気に惹かれてやって来ただけなのだが、もしここに宿る神について何かしら解き明かすことが出来たら、それはそれで面白いだろう。


「ああ、最近はあそこを見に行く人増えたんだよね。心霊スポット? とかなんとか言っちゃって」


 おそらく慣れているのだろう。マスターはその禁足地について色々と話してくれた。何が祭られているのか詳細はよくわからないこと、年に一度の年越し祭りと関係があること、2年ほど前に店の従業員が森の近くで自殺体を見つけてしまったこと等……


「不審者が住み着いてるって噂もあるから、あんまり近づかない方が良いよ」


 そうは言いつつも、マスターは終始ニヤニヤしていて楽しそうだった。私は町で毎年行われるという年越し祭りについて詳しく知りたくなり、尋ねてみることにした。マスターは祭りの大まかな概要を話し終えると、急に神妙な顔つきになり、思い出したかのように「そういえば……」と口にした。


「前にここへ来てたお客さんが言うには、あの祭りは確か、禁足地に祀られてる山神様と、大昔に間引かれた村人たちの魂をどうこうするためにあるんだと」

「大昔って、いつごろですか? 江戸より前?」

「いや、詳しいことはさっぱり。ただ、祭りの由来はその大昔に行われた間引きの風習や言い伝えがベースになってるんだと、そいつは言ってたな」


 件の祭りについて存じ上げない方のために説明させていただくと、その祭り(T祭とする)は毎年大晦日に行われ、内容としては私たちがよく思い浮かべる夏祭りとさして変わらないものである。特別変わったことがあるとすれば、川の上流付近から蓮の花を模した大きな灯篭が流されることだろう。T祭は地元のS神社が行う祭りであるはずなのに、仏教のシンボルである蓮の花が出てくるのはちょっと奇妙な気がする。(平安時代から明治時代にかけて行われた神仏習合の影響だろうか? それとも、単にこの町が蓮の栽培で有名だからだろうか?)そもそも大晦日にこのような祭りを行うこと自体、この辺りでは珍しい気がする。


「その風習や言い伝えについて詳しく知っている方はどちらに?」


 私が尋ねると、マスターは一層顔を歪ませて、「2人くらいいたけど、どちらももうこの町にいないね。学芸員さんと宮司さんだったかな……」と言った。「何故?」と聞く前に、私は奇妙な気配を感じ取り、口を噤んだ。オカルト話や未解決事件などについて深く踏み込もうとすると、時折こういった違和感のようなものを感じ取ることがある。本能からくる警告のようなものかもしれない。おそらくその2人というのはもう、この世にいないのだろう。


「ここからその禁足地へは歩いて行けますかね?」

「行けないこともないけど、往復で1時間以上かかるよ」


 歩くのは苦ではないが、時間に余裕がない。明日は仕事なのだし、行きの電車さえ遅延しなければ……


「俺で良ければ送っていきますけど」


 一体いつからそこにいたのか、カウンターの端からもう一人若い店員が出てきてマスターに言った。20代くらいだと思う。名前はKくんとする。Kくんは件の禁足地についていくつか知っていることがあるらしく、今日は何故か午後から客足がぱたりと途絶えたこともあり、暇を持て余しているのだそうだ。


 マスターに「その分の給料は出さねえぞ」と言われつつも、Kくんは車を出してくれた。禁足地へは10分程で到着した。

 だだっ広い田園のど真ん中を引き裂くように川が流れ、そこから数百メートル離れたところにこんもりした小さな山があった。元々はもっと大きな藪山だったのだろうが、田畑を作る為に開墾し、その一部だけを残したように見える。樹齢の高そうな木々が鬱蒼と生い茂っていて、中の様子は全く見えない。確かに神秘的な見た目をしているが、私は少し拍子抜けしてしまった。鳥居やしめ縄もなければ石碑もない。いわくつきの場所やパワースポットを訪れた時に感じる特有の気配というか、風格というか、そういったものがここには全く感じられなかったのだ。なんとなく気の抜けた雰囲気が漂っている。いまいちピンと来ない。こんなところに神様や霊の類がいるとは到底思えないのだが……


 ただ、中へ入れない様に柵が取り付けられていた。この杜には様々な噂があり、入った者は二度と出てこられないとまで言われているが、なぜそう言われるようになったのか、この場所がどういった歴史を持つのか、私には一切わからない。通常このような場所には、案内板などが立っていそうなものだが、どこを探してもそのようなものは見つからない。


「何故入ってはいけないんですかね?」


 ある程度下調べはしてきたが、私はKくんに訊いてみた。


「これっていう明確な理由はないですけど、いろいろな噂がありますよ。幽霊とか不審者とか毒ガスとか、入ったら二度と出られないとか。でも、中に山神様を祀る祠があることは確からしいです。まあよくある話ですね」

「どういった祠ですか?」

「知り合いから聞いた話だと、年末の祭りと関係があるらしいですよ。大昔、この町の東側にある山村で口減らしというか、間引きというか、生贄……って言ったら大げさかもしれませんけど、この山神様に子供や老人や病人なんかを捧げる? 風習があったって言うんです。どこまでが本当かはわかりませんけど」

「山神というと、先祖的な意味合いが強いと思うんですけど、そこへ村人を捧げるんですか? 口減らし目的なのであれば、やっぱり殺すってことですかね?」

「でしょうね」


 なんだか奇妙な感じだった。いかにも作り話っぽい内容のわりに、Kくんの顔は真剣で、真冬にもかかわらず私の背中にも冷汗がつたった。


「この辺、ちょっと説明が難しいんですけどね。まあ、彼が言うには殺してたみたいです。崖の上から谷の底へつき落として。その崖の下に流れているのが、向こうに見えるK川なんですけど、祭りの時はでっかい灯篭流しますよ」


 Kくんはそう言って数百メートル先にある川を指さした。K川は、先に述べた大晦日の祭り「T祭」で蓮形の灯篭を流す川だ。この川に流された灯篭は、ちょうどこの禁足地の並行線上に位置する干潟で回収されるそうだ。私は無意識のうちに、この灯篭を儀式によって殺された人間の遺体に置き換えてしまった。するとある答えが浮かび上がるような気がしたが、怖くなってやめた。


「その話してくれた知り合いって、今はこの町にいらっしゃるんですか?」


 いるのだとしたら是非とも話を聞きたかったのだが、Kくんは少し困った顔をして首を横に振ったあと、


「いないですね。2年前に就職して、町を出ました。たまーにネットでゲームや家具を頼んだ時に配達に来てくれることはありますけど」


 と語った。どうやらその人もかなり若いらしい。てっきり古くからこの町をしるご老人か、郷土史マニアなのかと思った。


「どうしてそんなに若い人が大昔の事を知っているんです? ネットにも載っていない情報ですよね?」

「なんでも、学芸員の方から聞いたって言うんですよ。でもその人、2年くらい前に亡くなってるんです。だから、確かめようがないんですけど」


 喫茶店で聞いたマスターの言葉が頭に過った。やっぱり、そうなのか。


「たしか、S神社の宮司さんもいないんでしたよね?」

「ああ、そうですね。あの方、たまーに店に来てたんですけど、これも2年近く前かな。行方不明で。あはは。――せっかくだし、S神社行ってみますか? ここから歩いて行けますよ」


 禁足地とは名ばかりの藪を眺めていても退屈なので、私はKくんの後に続きS神社を目指した。


 


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