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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
ありふれた田舎町
3/33

不穏な気配

 店内は開店直後にもかかわらず、すでに数人の客が入っていた。福露塚は廃れ切った田舎町だが、駅の周辺だけはまだ辛うじて人通りが多いためだろう。そう。辛うじて……

 薄暗い店内には、艶のある木製テーブルとテラコッタ色をしたビニールレザーの椅子が並び、奥のカウンターには明かりの点いていないシャンデリアが静かにぶら下がっていた。よく見てみれば蜘蛛の巣まで張っている。

 私たちは空いているカウンター席に腰を下ろし、陸はコーヒーを。既に家で飲んできた私はレモネードを頼んだ。


「ねえ荒塚。あそこに座ってる人、村永町長かな」


 陸が、カウンターの左端で優雅にモーニングコーヒーを嗜む60代くらいの女性を見ながら言った。小太りの体系、綺麗に巻かれたミディアムヘア、赤縁メガネ、店内の退廃的な雰囲気とは不釣り合いな、明るいミントグリーンのブラウス。間違いなかった。町長はいつも緑色の服ばかり着ているのでよく目立つのだ。


「マジだ。ここって町長も来んの? こんなオンボロなのに。似合わねえー」


 私が言うと、背後から歩いてきたマスターのソフトなゲンコツが頭にめり込んだ。


「失礼な。前の店では常連さんだったんだぞ。こっちに場所を移してからは、市役所からも近いってことでよく来てくれてる。他にも博物館学芸員とか七明神社の宮司さんとか、いろんな人が来るんだぞ」


 元々彗星蘭は海岸沿いにある小洒落た古民家を改装した喫茶店だった。しかし、5月に町を襲った季節外れの超大型台風により、店の屋根が丸ごと海の彼方にぶっ飛ばされてしまった。そこで、仕方なく駅前の老朽化が進むビルの一画に場所を移したのだった。


「あの時は大変でしたね。僕の家もまだブルーシートが掛かってます。今年は7月に大雨もありましたから、もう雨漏りしまくりで……爺ちゃんの畑の野菜も全滅しました」


 陸がため息交じりに口を挟む。大学に通う彼は、隣の市のアパートで独り暮らしをしているが、福露塚にある実家はかなりの被害を受けたようだった。


「あんな季節外れの台風や大雨、今まで一度も経験がない。今もそこら中の建物が壊れたままだし、ニュースじゃ財政破綻とか言ってるし、この町もそろそろ終わりかもな。この店もどうなることやら」


 マスターはそう言って控えめに輝く頭をポリポリすると、カウンターの奥へ姿を消した。


 マスターがいなくなると、私たちは執筆予定の小説について、久々にあれこれと話を膨らませた。募集ジャンルは不問のようだが、必ず福露塚町を舞台にすることが条件だった。私は町から人が失踪するミステリーや、殺人鬼が町の人間を殺して回るサスペンス、町の人間が邪神の封印を解いてしまうオカルトホラーなど、いろいろと案を出したのだが、陸はどれもありきたりで他人とネタ被りしそうだと言って、首を縦に振らなかった。


「聞け陸! あらすじやテーマはありきたりな王道だって良いんだよ。っていうか、むしろそうしたほうが良くね? 肝心なのは作品全体の雰囲気や、キャラクターのインパクトだよ。そういう細かいところで個性はいくらでも出せる。初めから皆と全く違うことをやろうとするから話が進まない」


 2杯目のレモネードの氷が溶け切っていることも忘れ、私は熱弁した。


「それが難しいんだよ。細かいところの個性って例えば?」

「私の動画投稿で言えば、メイク動画とかゲーム実況とか、ありふれたことをやりつつ何かしらの特徴を付ける、みたいな。メイクでどこまでリアルなゾンビになれるかとか、ひたすら新作ゲームの変なバグを探すとか、ハーモニカを咥えて大嫌いなホラーゲームをやるとか。……ハーモニカが一番ウケたな。悲鳴の代わりに愉快な音がファー! って鳴るやつ。まあ、コメント欄クソほど荒れたけど」


 陸は黙って熱心に私の話を聞いていたが、少し考えこんだ後、ふいにこんなことを口にした。


「そうだ。主人公が荒塚みたいな動画投稿者っていう設定はどうかな。ラジオ動画とか音楽活動をやってる。ある日メディアで自分の存在が取り上げられて、メジャーデビューの一歩手前まで行くんだけど、主人公にはどうしても隠したい過去があって、それがバレたら大変なことになる。そこで、自分の過去を知ってる人間を殺していく」


 かなりベタだが、意外と悪くなさそうだと思った。


「田舎の小さな町で次々と住人が姿を消すわけか。で、どうやって殺す?」

「行方不明や自殺に見せかけて殺す。でも、ある時知り合いの警察官に現場を目撃されるんだ。で、そいつも殺そうとするんだけど、あの手この手を使って洗脳して、共犯者にする。そうやって捜査を撹乱するんだ」

「いいね。色仕掛けとか巧みな話術とかで洗脳しよう。――そういえばおまえの父さん警察だし、捜査のやり方とか聞いたら多少は教えてくれるんじゃないの?」


 私が何気なく家族について触れた瞬間、たった今まで生き生きしていた陸の表情が一変した。


「あー、それは……」


 苦笑いする陸の視線は、薄暗い店内に向けられている。


「荒塚、守秘義務って知ってる? というか、親父は僕が小説書くことに反対してるから」 

「なんで反対?」

「さあ? 別に、もう小説家やライターになる夢は諦めてるし、今くらい好きにしたっていいと思うんだけど。卒業後の就職先も決まってることだし」

「早いじゃん。このクソ不景気な中、よく就職先が見つかったなー。どこ?」

「運送業、とだけ言っておく。デスクワークじゃない方ね」


 立派な仕事だと思うが、陸の希望しそうな職種とはだいぶかけ離れているように思えた。より一層複雑な表情を浮かべ、尚もこちらと目を合わせようとしない。


「意外すぎる。全然らしくない。っていうか運転苦手じゃなかった?」

「まあ、希望職種と違うのはもうしょうがないよ。不景気だし。雇ってもらえるだけ感謝しないと。意外と合ってるかもしれないし」

「どっちにしろ、まあテキトーに頑張れ。もし理不尽な事があったら上司ぶん殴って辞めろ。で、親父に揉み消してもらえ」


 私のしょうもない冗談に、陸は「一応心に留めておく」とだけ言って、残りのコーヒーを飲み干した。



 午前9時。創作や将来について熱く語り合ったり罵り合ったりした後、私たちは彗星蘭の駐車場で別れた。私は朝の町を独り歩きながら、あらゆる車や人を目で追った。ちょうど町が動き出す時間帯なだけあり、車や人の通りも多くなる。「多い」と言っても、大した数ではないのだが。

 商店街の落書きだらけのシャッターが、悲鳴のような音を立てて上がり、クリーニング店やドラッグストアの年老いた店主が姿を現す。閉ざされた無数のシャッターのうち、開くのはほんの2~3軒くらいのものだ。労働から解放された老人たちはプランターの花に水をやり、サラリーマンらしき中年男性は寂れた喫茶店から出て職場へと向かう。いったいこんなシャッター街のどこに職場があるのだろうか。

 そのままぼんやり歩いていると、防災無線のチャイムが響き渡った。私は思わず足を止め、その内容に耳を傾けた。


『昨夜 22時30分ごろ 95歳の男性が 自宅を出たまま 行方が わからなくなっています 男性の 特徴は  身長が――』


 聞きながら、私は改めて辺りを見渡した。すると、のんびりとした田舎町のありふれた日常が、突然不穏なもののように思えた。理由はよくわからない。ふとした瞬間、町の人々の営みに、何か仄暗いものを感じてしまったのだ。まるでこの日常が何か大きな犠牲の上に成り立っているかのような、奇妙な感覚だった。



荒塚 瑠衣

ネット上で騒動を起こし、東京から実家に帰って来た動画投稿者。ストレス性の頭痛と悪夢に頭を悩ませている。

血の気が多く何かと気が強いが、陽葵の前では比較的大人しく、親切に振る舞う。

昔から素行も口も悪く、両親の離婚や中学でのいじめに苦悩した過去がある。父親は現在も音信不通である。


貢河 陸

就活を済ませ暇になった大学生。10年前まで瑠衣の隣の家に住んでおり、姉弟のように育つ。

警察官の父と銀行員の母を持ち、2人の兄姉とはあまり仲が良くない。昨年辺りから瑠衣同様、奇妙な悪夢にうなされているようだが……



陽葵

瑠衣の幼馴染。真面目で親切だが自己肯定感が低く、自分の進むべき道を見失っている。勉強第一主義の厳しい家庭で育つ。



マスター

純喫茶「彗星蘭」のマスター。陸の親戚なこともあり、瑠衣もよく顔を出している。


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