大学図書館へ その2
天滿月の冬夜祭
神谷に流れし灯籠の
明かりを頼りに集い給え
みなが長くあるように
くれないにやみる麻布
おかえりなさい
おかえりなさい
山神さまの のまる場で
歌の意味はよくわからないが、「山神」という言葉が出てくることから、フクロが山神と関係のある存在であることは間違いないのだろう。冬谷さんも谷送りの儀式について「送られた人間は山の一部となり、山神様の元で生き続けるとされている」と話していた。ここで言う「山神さま」とはすなわち、祖霊のことを指すのだろうか。
神道の死生観として、人は祖霊により肉体に魂を与えられ、その生涯を終えると、魂は祖霊の元へと戻ってゆき、家や子孫を守る存在になるという話を幼いころに七明神社の宮司から聞いたことがあった。冬谷さんが言っていた谷送りの儀式とは、もしかすると村にとって不要な人間を強制的に祖霊の元へ送る(帰す?)ことが目的なのかもしれない。口減らしができて禍から村を守る神をも強化できるとなると、何度も続けてしまうのもまあ理解できる。
「山神って名前なのに谷に住んでんの?」
谷送りが行われていた場所はおそらく、冬夜祭で灯篭が流される神谷川の上流付近だろう。
「谷は山神にとっての口みたいなもんとか? どんだけ口でけえんだよ」
私が呟くと、いつの間にか背後に立っていた陸に「図書館で独り言はやめろ」と怒られた。驚いた私は、盛大に椅子から転げ落ち、したたかに腰を打ち付けた。
「職業柄独り言多いのは許してもらわないと」
「まあ、カメラに向かって独り言を言うのが仕事みたいなところあるしね。それで、何か役立ちそうな情報あった?」
私は陸に山神や祖霊、そして谷送りに関する考えを伝えた。一方彼の方はと言うと、過去に冬夜祭を行わなかった年が何年かあることを突き止めたという。私は気になる本数冊を抱えて3階のラーニングコモンズへ戻った。
「新聞を調べてたら、過去に冬夜祭をやらなかった年が4年くらいあって。戦時中のことだよ。その間、何か災厄じみたことが起きてないかもできる限り調べた」
「そ、それで?」
「まあ、戦時中だからさ。それっぽい出来事なんていっぱいあって、いくらでもこじつけることができるわけ。唯一戦争と関係なさそうだったのが、1942年の夏。日照り続きで作物が枯れ果てたことと、失踪者が同時に7人出たこと。男4人と女3人」
その失踪者というのはつまり――
「それ以降はどう? 祭りが再開されるまでに、何か大きな出来事は?」
「戦争がらみの出来事も数に入れるなら、この年だけ町が爆撃に遭ったりしてるけど。――あ、でもこれは失踪者が出る前の話か。それ以外で取り立てて大きな事は、特に……少なくとも、新聞には載ってなかった。と言っても、ちょくちょく誰かしら消えたり死んだりしてるけどさ。これ、どう思う?」
数秒間、何とも言えない沈黙が流れた。
「やってるよね。で、今年も同じことが起きてる」
先に口を開いたのは私の方だった。いざ言葉に出してみると心底ゾッとした。お互い苦い顔をして視線を合わせ、またすぐに逸らした。
「冬谷さんや荒塚の言うことと合わせて考えてみると、町の人間がフクロのために生贄を用意してるのかも。祭りもやらずにほったらかしにして、これ以上町や身近な人に禍が訪れない様に、死んでも構わない人間を選別して。怪しまれずにそれができるのって、どんな人間だと思う?」
なんとなく察しはつく。考えたくもないが。
「でもさ、今って令和だよ? 祭りの再現をするならまだしも、なんで谷送りの要素をぶち込んでくるんだよ。他に方法ねえのかって話。祭りは無理でも、式典だけやるとかさ」
こんなことをしなくても良いはずだという思いはどうしても拭えない。いろいろと納得のいかないことが多すぎる。あの日夢で見たフクロも十字路に立っていたフクロも、恐ろしい姿ではあれど、人を呪い殺すような凶悪さや生贄を要求するような禍々しさはあまり感じられなかった。
「祭りって基本、いろんな人が集まることに意味があるって聞くし。中途半端にやって怒りに触れたくなかったんじゃないの。それか、敢えて人の命を与えて神を強化したかったのかも。わかんないよ」
陸はパソコンの電源を落とし、机の上にあったメモ帳やボールペンをゴソゴソとバッグの中にしまいはじめた。
「ん、もうおしまい? 帰んの?」
私が尋ねると陸は小さくため息をつき、何かを覚悟したような改まった顔つきで「福露の杜に行ってみよう」と言い出した。
「え、この後? 暗くなっちゃうんだけど」
「いや、深夜。じゃないと中に入れないし」
私は我が耳を疑った。丑三つ時に禁足地へ侵入するとは何事か。
「聞き捨てならないな貢川さん。今何て言った? いつ、どこに入るって?」
「2時過ぎ頃に福露の杜に入って、手がかりになりそうなものはないか探してみる」
陸はより詳細な回答をくれたが、あまりの突拍子のなさに私はひたすら動揺した。
「なんで? しかも禁足地じゃん。私絶対に嫌だからね?」
「だって深夜が一番バレなそうじゃん。荒塚が来ないなら、僕一人で行ってもいいけど。べつに怖くないし」
陸はそう言いながら淡々と帰り支度をしている。とても冗談で言っているようには見えない。
その後、一旦私たちは解散し、深夜2時に駅前で待ち合わせることになった。陸は無理強いはしないと言ってはいたものの、一人で行かせるのも気が引ける。私はギリギリまで迷った挙句、覚悟を決めて駅へと向かうことにした。




