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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
町を彷徨く化け物
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大学図書館へ

「荒塚、お昼はどうしたの? やっすい学食で良ければあるけど」


 陸は既に図書館の前に来ていた。


「ああ、もう済ませてきたよ。モソモソバーガー」

「なんだそれ。何かあった?」

「何も。ちょっと、キラキラした若者との交流があっただけ。――で、私は中に入れる?」


 話しても良かったが、話せば余計にむなしくなるような気がして、詳しいことは黙っておくことにした。


「職員に一応話はつけておいたよ」

「……権力か何か握ってんの? こんな不審者を中に入れられちゃうようなさ」

「図書館司書資格の授業受けてるから、ある程度信用はあるんだよ。まあ、就職先のこと考えたら、たぶん役に立たない資格だろうけど」


 陸はそう言って短くため息を漏らすと、「あっ」と思い出したように付け加えた。


「ああそうだ。念のため、隣の大学から来たってことにしておいて。心理学関連の本が少ないからって。僕らは同じサークルの人間で、ラーニングコモンズで勉強することになってる」


 創作をやっているだけあり、彼の設定づくりには余念がなかった。こういう時ばかりはやたら嘘をつくのがうまい。良い事だ。


「オエッ。おまえサークルになんて入ってんの?」


 大学に行かなかった私にとって、悪い噂が絶えない大学サークルなど魔の巣窟としか思えなかったのだ。


「表向きはね。就活の時に利用してやろうと思って」


 陸が入り口に設置されたゲートに学生証をかざしながら言った。まるで駅の改札のような仕組みだ。一方私は、貸出カウンターの司書に見守られながら、隣にある職員専用のゲートを抜けた。軽く会釈をして前を通り過ぎる。


「それって、幽霊部員ってこと? それ、どうやって役立てんの? なんかずるくね?」

「ずるいよ。名簿に名前さえ載ってれば、それはもう活動してるってことだから。例え幽霊でも使える情報はSNSから手に入るし。嫌でもいろんな人間と繋がるから、他人同士のやり取りもダダ漏れ。そういうのを組み合わせて、就活用のエピソードを創作した。真面目に勉強してたとか小説頑張ってたとか、話しても微妙な顔されるだけだし」

「創作の力ってやべぇな」


 階段を登り、3階のラーニングコモンズへ向かう。大学の図書館なだけあり、清潔感のある広々とした空間に、パソコンが数台置かれた白い机と緑の椅子がまばらに置かれている。勉強中の学生はほとんどいなかった。


「広いわりに全然人いなくね?」

「パソコン使いたいなら本館の地下にもここの地下にも自習室あるからね。ついこの前までこの部屋使用禁止だったし。めちゃくちゃ図書館好きな人か、人の多い場所が嫌いな人しか来ないはず」


 陸は部屋の隅に置かれた真新しいパソコンの電源を入れ、2人分の椅子を確保した。


「いいじゃん。で、何から調べる?」

「まずは新聞や雑誌記事から。冬夜祭は昔からある程度知名度のある祭りだし、何かしら情報はあると思う」

「ああ、冬谷さんなら全部に目を通してそうだけどなぁ。もっといろいろと話しておけばよかった」


 もし彼女が生きていたら、こんなことをしなくともすべて解決したかもしれない。


「しょうがないよ。死んじゃった以上、全部僕らでやるしかない。それに、あの人が同じ方法で冬夜祭について調べたかはわからない。もしかしたら、あの人が取りこぼした事だってあるかもしれない」

「いや、さすがにそれは……」

「論文書いてるとたまにあるんだよ。いろんな新書なり論文なり読んで参考にするんだけど、そこに書かれてることを疑って改めて自分で調べてみたら、本には書かれてなかった事実にぶつかったりして。教授すら知らなかった情報を見つけちゃうこともある」


 陸はただ淡々と作業を進めている。彼の場合、サークルや就活では小狡い手を使っていたようだが、レポートや論文に関してはかなり真面目に取り組んでいるのだろう。


「論文が出来上がったら読ませてよ。インタビューやアンケートには協力するからさ」

「……考えとく。――よーし。雑誌だけで10件以上ヒットした。それじゃあ、荒塚は4階の本棚からそれっぽい本を探してきて」

「それっぽい本……」

「民俗学とか宗教とか地理とか、その辺」

「オッケ。探してくる!」


 私は小学生のように張り切って返事をすると、4階に続く階段を駆け上がった。図書館の最上階なだけあり、さらに人が少なかった。いかにも真面目そうな男子学生が1人、熱心に本棚を物色している。彼の頭上には「郷土・民俗」と書かれたプレートがあった。

 私は陸に言われたとおり、「それっぽい」ことが書かれている本を片っ端から引っ張り出し、近くにあった机の上に置いていった。「関東地方民族探訪」「年中行事と民俗学」「日本の奇祭」「土着信仰辞典」「間引きと生贄」。

 ライト文芸以外の本を読むのは久しぶりの事だった。上に積まれているものから順にパラパラとページをめくり、斜め読みしていく。まるで天才にでもなった気分だ。真面目そうな男子学生もポカンとした表情でこちらを見ている。無理もない。

4冊目の段階で、私は早くも気になる記述を見つけた。それは山神について書かれたものだった。冬夜祭やフクロとは直接的な関係はないうえに、ネットで検索すれば易々と手に入りそうな情報であるものの、根源的な価値観や思想において通ずるものがあるように感じたのだ。


『山神(山の神)の定義は地域によって大きく異なるが、多くは女神であり、その実態は祖霊であるとされる。(地域により天狗や怪異の総称という考えも確認できる)農民にとっての山神は、主に2つの顔を持っており、春から秋にかけては里へ下りてきて田の神となり、稲刈りの時期を過ぎると再び山へと帰り、山神となる。(神去来の信仰)主に特殊な形状の木や石、祠などにまつられる』


『祖霊とは、主に先祖の霊魂を指す。祖霊が生きている子孫に様々な影響を及ぼすという認識は、あらゆる国や地域において確認できるが、日本において祖霊が子孫に及ぼす影響は、祟りや災厄といった懲罰を与えるようなものではなく、子孫を悪いものから守る守護神としての認識が一般的である。ただしこの祖霊に対し、まつることを怠ったり、死者の魂を弔う儀式を行わなかった場合、悪霊と化して禍いをもたらすとされる』


 私は冬夜祭で聞いた歌の歌詞を思い出していた。



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