突然の別れ
冬谷さんが亡くなったという話を朝のニュース番組で知ったのは、それからわずか2日後の事だった。博物館内で亡くなっているのが発見されたのだという。死因は、二酸化炭素中毒だった。
通常、ああいった施設では火災が起こってもスプリンクラーなどの消火設備は使えないため、二酸化炭素を放出して消火を行うらしいのだが、それが何らかの原因で誤作動を起こしたとのことだった。
あまりに……あまりにタイミングが良すぎた。いったい冬谷さんは私に何を話すつもりだったのか。それを確かめる前に、彼女は消えてしまった。これまで何人もの住人が姿を消したり、命を落としたりしてきたが、自分と直接関わりのある人間が命を落とし、尚且つメディアで取り上げられるのは初めてのことだった。
「あの学芸員さんって、前に事故でうちの病院に来てた人じゃないの!?」
ニュースを見た母もだいぶ動揺していた。当然だ。最悪という言葉以外、何も浮かんでこない。頭の中がめちゃくちゃだ。事の重大さを本当の意味で理解した気がした。
「やだ。せっかく事故では軽症で済んだのに。こんなことで亡くなるなんて、信じられない。瑠衣ちゃん、この前会いに行ったばっかりなのにねぇ」
メールを貰ったあの日、迷惑など気にせずすぐにでも冬谷さんの元へ駆けつけていれば。いや、そもそも私が初めから彼女にメールなんてしなければ良かったのかもしれない。彼女はきっと、今回の件で何かを知ってしまったのだ。何かを見てしまったのだ。だからフクロに――
「いや、ちがうよ」
思わず声に出ていた。私は隣でわけもわからずキョトンとする母を放って2階へ駆け上がり、パソコンの電源を入れ、冬谷さんがメールで言っていたことを改めて確認しようとした。すると、彼女から再びメールが届いていたことに気が付いた。たった7文字の、短い言葉だった。
『ふくろじゃない』
たったそれだけだったが、私の抱いていた疑念は限りなく確信に近付いた。彼女はフクロに呪い殺されたわけではなく、フクロにまつわる何かを知ってしまったがために、何者かによって排除されたのではないか。だが、それはいったい誰だ。この町で起こる事件について詮索されると困る人物なのだろうが、しぼり込むことはできない。ボーリング場にいた2人組は明らかに怪しいが、声だけでは彼らがどういった立場の人間であるのかまではわからない。あの2人が町の人間を殺しまわっているのだとしたら、考えられる目的はフクロ絡みだろうか。
「クソ」
難しく考える必要なんてないはずだ。しかし考えれば考えるほど頭が煮詰まって来て、私はベッドに倒れ込んだ。
おそらくこのメールは、助からないと覚った冬谷さんが亡くなる直前に送ったものだろう。もう少し的確な答えがあれば良かったのだが、彼女も裏で糸を引いている人間の特定には至らなかったのだろうか。それとも……
番組内では、消火設備の誤作動は人為的なものとは考えにくく、館内から何かが持ち出された形跡もないと報道されていた。しかし私は、例の金庫から出てきた谷送りの儀式に関する資料が盗まれたのではないかという気がしてならなかった。あれの存在を知っているのが、私と陸、そして冬谷さんだけだったとしたら、例え何者かによって持ち出されていたとしても誰も気付かないだろう。とはいえ、それを確かめる術は私にはない。
ベッドの横で、充電器に繋いだままのスマホが震えている。陸からの電話だった。考える間でもない。内容なんてわかりきっていた。
『荒塚、ニュース見た?』
「もちろん。冬谷さんからメール来てたんだよ。『ふくろじゃない』って。たった一言」
『それ、殺されたんじゃないの? 化け物じゃなくて人間に』
改めて他人の口から聞かされると一層恐ろしく、鳥肌が立った。
「陸は、誰だと思う? あの夜廃墟にいた人かな」
『さあ。でも、この町と深いかかわりがあるような人間だと思う。フクロの仕業じゃないにしても、まったく無関係だとは思えないし、何なんだろう。人間がフクロの代わりに何かをしてるのか、それともフクロが人間に何かをして、殺すように仕向けてるのか』
「一応聞くけどさ、陸。今回のは特に予知とかしてない?」
『してない。何も書いてないし、夢もよく思い出せない。酒のせいかな。もし飲んでなかったら、なんか違ってたのかも』
陸のついたため息から、悔しさが伝わって来る。
「そこは気にしなくていい。でも、これからどうする? 関わったらまずいことはわかるけどさ……」
『今日はゼミがあるから学校行くけど、授業自体は午前中で終わりだから、そのあと図書館行って冬夜祭について色々調べようと思ってたんだ』
「それさ、私も一緒に行くわけにいかない? こっちの図書館、1人30分しか使えないパソコンしかなくて独占できないし、冬谷さんの事件もあったから中に入ることすら無理だと思う。大学の場所はなんとなくわかってるから」
我ながら無茶な相談をしたと思う。が、陸は特別困った反応をすることもなく了承してくれた。
『郷土史とか探すならそっちの図書館の方が良いんだろうけど、まあ仕方ないか。ただ、大学図書館に入るには学生証がないと無理だから、図書館の外で待ってて。怪しまれない程度にね』
通話の奥で、電車の警笛が微かに聞こえた。どうやら駅のホームから掛けているらしい。
「わかった。たぶん着くのは1時頃かな」
『うん。じゃあ、もうすぐ電車来るから。図書館前に着いたら電話して』
そう言って、半ば一方的に電話を切られた。私はすぐに身支度を整え、家を出る準備をした。
1時間に1本の快速列車に乗り込み、50分ほどかけて最寄り駅に到着したころには12時を過ぎていた。駅前の飲食店から漂ってくる醤油やニンニクの匂いが、空っぽの胃袋を誘惑する。大学のカフェテリアで食べても良かったが、変に目立ってしまうようで気が引けた。向こうには向こうの友達がいるのだろうし、わざわざ首を突っ込んで面倒を起こす必要もないはずだ。
私は駅ビルの中にあるおしゃれなハンバーガーショップに入った。そこそこ人が入っている。ここが福露塚だったらとっくに潰れているだろう。カウンターで注文を済ませて窓際の席に腰を下ろす。見たところ、この町はまだいくらか栄えているようだ。立ち並ぶビルの隙間を縫うように、電車やモノレールが走っている。
「すみませ~ん……」
突然何者かに囁かれ、私は飲んでいたコーラを器官に入れてむせ返った。
「はぁ!?」
見ると、自分と歳の近い女の子2人組が立っていた。1人は青髪のセミロング、もう一人はピンクのインナーカラーが入った黒髪ショートボブで、派手なメイクをしていた。
「あの、千歳ちゃんですよね? 動画見てます」
「ここよく来るんですか? え、待って。写真撮っていいですか?」
大した化粧もしていないし、髪の毛もプリン状態だ。そんな気分にはなれなかった。それに、もしSNSにでも投稿されたらきっと面倒なことになる。私にとっても、彼女たちにとっても。
「よく間違われますけど、私別人ですよ。あの人は東京に住んでるはずですし、髪の毛の色だって違うでしょ」
できる限り野太い声で言った。動画を撮っていた時は毛先を緑色に染めていたが、実家に戻って来てからその部分だけ自分で切り落とした。
「ええ、違うんですか。最近見ないからどうしちゃったんだろうって思ってました。なんか炎上してたし」
ショートボブの子が言った。
「自己責任でしょ。自分で勝手に炎上してみっともなくボコボコにされてるんだから。あいつの性格、まじで腐ってますよ」
私はぼうっと窓の外を見ながら呟いた。そんなことを言うだなんて自分でも驚いた。2人はそんな私を見て気を悪くしたのか、何も言わずに去っていった。その後食べたハンバーガーは、やたらとモソモソしていて味がなく、ちっとも美味しく感じなかった。コーラだってそうだ。一口飲むたびに、内臓が内側から溶かされるような気分だった。




