ゴミ屋敷
『おはようございます。
メールの件、お待たせしてしまい申し訳ございません。
荒塚さんの話を聞いてすぐ、件のため池を確認しに行きました。黙っていてごめんなさい。あそこは1度落ちると自力では岸に上がれないため、とても危険な場所です。私が行った時には、すでに警察の方が何名か来ていました。その中に私の知り合いもいましたので、話を聞いたのですが、
結論から申し上げますと、確かに件の方はいらっしゃいました。山菜を採りに林に入ったところ、足を滑らせて転落してしまったようなのですが、頭にはやはり例の布を被っていました。何かと思うところはあるでしょうが、私は荒塚さんが直接確認しに行かなくて本当に良かったと思っています。それだけ変わり果てた姿でした。
フクロを町の十字路で見たとのことですが、私もここのところ窒息するような酷い悪夢に魘され、夜中に目を覚ますことが増えました。そこにも、やはりフクロの姿があるのです。
荒塚さんが仰るように、この町で起きる事件とフクロの存在は無関係ではないように思いますが、私にはもうひとつ気になっていることがあります。それはメールで説明することはできないのですが、現時点で私から言えることは、身の回りの人間に注意を払ってくださいということです。例え親しい方であっても、権威のある方々であってもです。詳しいことはまたお会いした時にお話しします。ご都合の良い日時などありましたらお教えください(できれば明日以外でお願いします)』
周りの人間に注意を払えとはどういうことか。私にとっては毎日が「ご都合の良い日時」なのだし、今すぐにでも家を出て話を聞きに行きたかったが、冬谷さんも疲れているだろうと思い、4日後に約束を取り付けた。
後に、ため池で亡くなっていた女性の身元について、いつものように母から噂を聞いた。女性は駅の近くの有名なゴミ屋敷に住む独身女性であるらしかった。言われてみれば、大量のゴミの臭いが原因で、近所トラブルになったという噂を過去に聞いたことがあるような気がする。更に彼女の遺体の近くには、山菜のぎっしり詰まった籠が落ちていたらしいのだが、これがどうも他人の私有地に無断で侵入して根こそぎ取ってきたものではないかとまことしやかに囁かれているらしい。つまり、誰も彼女の死を悲しんでいないのだ。ネットニュースはもちろん、地域新聞にすら載らなかった。流れたのは良くない噂だけ。きっと町の誰もが、彼女の日頃の行いが祟ったのだと思ったことだろう。
だが冬谷さんの話では、その女性もまた、頭に儀式用の布を被っていたというのだ。フクロと何の関係もない、単なる事故とは思えなかった。そして一番疑問なのは、そんな孤独な人間にいったい誰が捜索願いを出したのか、ということだった。
その日、私は1人で件のゴミ屋敷へと足を運んだ。空き家だらけの閑静な住宅街の一角に、ひと際異彩を放つ……というよりは異臭を放つ平屋建ての住宅があった。すでに警察が数人出入りしていたこともあり、すぐに見当は付いた。
およそ分別などされていないであろう大量のゴミ袋や、錆びて使い物にならない電化製品のコレクションが、庭の芝生の上にまで転がっていた。そのゴミの間をぬうようにして、一羽の雄鶏がひょこひょこと歩いている。家の周りには水の入ったペットボトルや一升瓶がずらりと並べられ、門の両端には黒い招き猫と山盛りの塩、そして山菜採りの籠が2つ、伏せた状態で置かれていた。表札には「白羽」とある。
汚いうえに奇妙。第一印象はそんなところだった。しかし、同時に何か意味のあるもののようにも思える。例えば、魔除けや厄除けなどといった類のものだ。彼女はフクロの存在を知っていたのだろうか。
私は不思議とこのゴミ屋敷の住人に強く惹かれてしまい、近くに誰か話を聞けそうな人はいないだろうかと辺りを見渡してみたが、それらしき人影は見つからない。家の裏手から中を覗き込もうにも、ヒイラギの葉がこれでもかというほど生い茂っていてどうにもならない。
自分がいったい何に対してそこまで惹かれているのかわからないまま、うろうろと周辺を徘徊していると、ついに警察から捜査の邪魔をするなと追い返されてしまった。
「お、あんたも追い出されたかい。さっきは随分熱心に覗いてたな」
少し離れた空き地から遠巻きに家を眺めていると、ハンチング帽を手に持った禿頭の老人が近寄ってきた。
「亡くなったらしいですね。あの家の方。このゴミ屋敷と何か関係あるんですかね?」
もしかしたら何か聞き出せるのではないかという思いから、私はその老人から話を引き出そうと試みた。
「ここは昔っからきったねえ家だったね。本人はため池で死んでたって噂だから、家たあ関係ねえだろうが。なんでもあの婆さん、ちっとボケが来てたっぽいな」
「ああ、認知症だったんですか」
「でしょうな。ゴミを溜め込む以外に、窓から誰かが覗いてくるとか、道に何だかよくわからねえ化け物がいるとか言って、隣の家に駆けこんでたくれえだしな。せん妄ってやつかもな」
それは、本当にただの妄想なのだろうか。
「それはお隣さんも大変そうですね。化け物って、どんな?」
「さあなあ。変な集団に目を付けられてて、それが化け物? を送り込んでくるから、結界を張ってるんだと。あそこにいろいろ置いてあんべ」
老人は呆れ顔でそう言って、家の周りにずらりと並べられた一升瓶とペットボトルを指さした。中には透明な液体が入っているが、あれは何を入れているのだろう。一見猫避けのようにも見えるが。おそらく門の脇の盛り塩や黒い招き猫、逆さに置かれた籠、裏手のヒイラギなども何かしらの意味があって置いていたのだろう。
「身内はいたんですかね? そんな状態で独り暮らしって危なくないですか?」
私は更に聞き込みを続けた。まるで探偵にでもなった気分だ。
「たぶんいねえな。せがれの話も聞かねえし、捜索願い出したのだって隣の家の人みてえだし。俺も近所に住んでっけど、親戚らしき人間が来てるのすら見てねえかんなあ」
夫も子供もいなかったが、辛うじてお隣さんには気にかけてもらっていたのだろうか。白羽さん宅の右隣には、築40年は経っていそうな2階建ての日本家屋があった。部屋中のカーテンが閉められ、車庫には1台も車が停まっていないことから、住人は仕事に出かけているのだろう。
「噂じゃ、山菜取りに行ってたらしいですね」
「山菜取りっつーか、ありゃ半分泥棒みてえなもん。人様の土地にも勝手に入ってタケノコやらワラビやら栗やら取ってたみてえだったな。ま、俺も最近おすそ分け貰った立場だから、あんま悪く言えねえんだけど。あっ、これシー!な」
老人は口の前で人差し指を立て、ほとんど生えていない歯を剥き出しにしてゲラゲラと笑った。やはり山菜泥棒の噂も事実かもしれない。とりあえず、私も笑い返しておいた。




