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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
瑠衣と陽葵
20/33

またしても行方不明

女性?


 冬谷さんの話によれば、フクロは男4人、女3人という順番で村人を喰ったと言っていた。だとしたら……


「ああもう、頭いってえ」


 頭が痛いのはカフェイン中毒のせいなどではない。ある程度は自業自得かもしれないが、ここのところ本当に色々な問題を抱えすぎなのだ。おかげでまた頭の中がざわつきはじめた。一定のストレスが掛かるとすぐにこれだ。これもいったい何なのか未だにわからない。医者いわく、「ネットでの誹謗中傷によるストレスが原因」とのことだが、特に何か薬を出すわけでもなく、悪夢ばかり見るようになって気が狂いそうだと相談した段階で、やっとハナクソレベルの弱い睡眠薬を処方したのだ。こんなもので良くなるはずがない。いつまでこんな毎日を送ればいいのだろうと考えると、苛立ちは増すばかりだ。


「嫌だわ。また行方不明なんて」

「この町も高齢化が進みましたなぁ」


 ふと聞き覚えのある声がして、カウンターの方へ目を向けると、村永町長とマスターが話していた。


「私の父もまだ見つかっていないって言うのに……ああいうお年寄りたちって、どこに行ってしまうのかしら? どうしてこんなに見つからないものなのかしらね」


 私は席を立ち、町長のいるカウンターへ移動することにした。心臓は高速で脈打ち、誰かにじっと見られているかのような不快な緊張感が、頭の中を占拠している。誰でもいいから話がしたかった。


「こんばんは。村永町長、ですよね」


 私が話しかけると、町長は一瞬返答に困ったのか、眉間にしわを寄せじっと私の顔を見た。


「あら、あなたは……荒塚瑠衣さんじゃないの。どう? 最近は。元気にしてる?」

「やっぱり、私のこと知ってるんですね」


 覚えている、という方が正確かもしれない。町の管理する廃墟に忍び込んだり、夜中に出歩いたり、ありとあらゆる大人に反抗していた私を町長が知らないはずがなかった。きっとアル中の父親とセットで記憶されているに違いない。


「まあ、あなたはこの小さい町ではわりかし有名人よ。それにしても、顔を見るのは随分久しぶりな気がする。相変わらず背が小っちゃくて可愛いのね」

「実は、先月もお会いしてるんですけどね。朝の8時頃、ここにいるの見ました」

「へえ、気が付かなかったわ。私、コーヒーに集中しちゃうと周りが見えなくなっちゃうの。ここのコーヒーはね、今まで行ったお店の中で一番おいしい。ふるさと納税の返礼品にしたいくらいね」


 村永町長はうっとりとした眼差しをコーヒーに向けながら言った。それに対しカウンターの反対側を消毒していたマスターが「そりゃ嬉しいね」と声を投げかける。

 私はただ俯いて、何もないカウンターの上をぼんやりと見つめた。すると、自然とため息が漏れた。


「どうしたの? 元気なさそうね」

「ええ、まあ。最近、行方不明になっちゃう人とか、自殺しちゃう人とか多いじゃないですか。さっきだって……」


 もうこの際誰でもいいから話を聞いてもらいたかった。


「それは私も思ってた。これまでもそういう人はいたけど、最近急に増えた気がする。こんなにウイルスが蔓延して自粛モードも続いているから、みんな参っちゃってるのかも。私の父も旅行好きだったけど、ここのところ全然旅行に行けなくて、家で寝てばかりいるから、ちょっとボケてきちゃってたのよ。お店だってどんどん潰れているし、何とかしないとね」

「ああ、そっか……やっぱり、そういう原因もありますよね」

「どういうこと?」


 しまった。と思った時にはもう遅かった。これでは私が何か重要な事を知っているようではないか。


「いやぁ、なんていうか、町の高齢化とか、若者のSNS疲れ何て言うのも前々からあるじゃないですかぁ」


 2秒しか考える時間がなかった割には、我ながら良い誤魔化し方ができたと思う。仮にも町長は身内を失った人だ。「封印が解けた化け物の生贄として喰われたのかもしれません」なんて、ふざけたことは口が裂けても言えない。


「まあ、それもあるでしょうね。ネットは怖いから、あなたも気を付けるのよ。あなたは何て言うか、昔から……ほら、ねえ?」


 忠告はありがたいが、もう手遅れだ。そのことについては黙っておいた。


「わかってます。問題児、ですよね」

「そう。昔廃墟になったボーリング場で貢川陸くんと暴れちゃったこと、忘れてないわよ」

「あはは……その節はどうも」

「まさか、また何かしてないでしょうね?」


 もちろん、している。そしてとんでもない現場を見たのだ。


「してませんよ! あの時は救いようのないクソガキで、ホントどうかしてたんです。今では怖くてとても近づけません。やばい不審者とかが住み着いてるかもしれないし」


 言い終わってから、またしても余計なことを言ってしまったと気付いた。町長が不審な目で私を見る。ある意味、今でも私は救いようのないクソガキだと思った。


「あそこはどこもかしこも施錠されていて、中には入れないはずよ。それこそ、あなたたちが侵入してからかなり厳重になったんだし」

「ですよね。それ聞いてちょっと安心しました」


 実際、私の心は安心とは程遠いところにあったが、それを覚られまいと必死に笑顔を作った。逆に怪しいような気もしたが。


「私、そろそろお暇しますね。雨も降ってきましたし。いきなり話しかけてすみませんでした」

「いえいえ。話せて良かったわ。もう外は真っ暗だし、気を付けなさいよ。田舎町とはいえ、色々とね。危ないから」


 町長は若干呆れたような笑顔を振りまきながら、優雅に手を振った。


「ええと、送ってこうか?」


 そばで話を立ち聞きしていたであろう木戸さんが言った。背筋がヒヤッとする。気持ちはありがたいが、なんだか怖くてその気にはなれなかった。


「いや、大丈夫!」


 私は自分でも引くくらい元気な声で返事をし、そそくさと店から退散した。




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