陸との再会
駅前の寂れた通りを突っ切り、ドブ臭い路地を抜け、町の中心の小高い丘の上にある亥吹山公園を目指す。特にこれと言って目的もなかったが、何かに導かれるように、自然と私の足はそこへ向かっていた。
公園では、蓮池に咲いた季節外れの花が見事なこともあってか、早起きの老人やランニング好きの中年達の姿が多かった。10月に満開の花を咲かせた蓮たちは、より一層神秘的見える。そんなことを思いながら辺りをぼーっと見回していると、遊歩道脇のベンチに見覚えのある人物の姿を見つけた。まさかとは思ったが間違いなかった。私はわざと彼の死角に回り、野良猫のように静かににじり寄った。
「陸じゃん。何やってんの?」
私が背後から声を掛けると、案の定彼は化け物でも見たような声を上げて飛び退いた。彼の悲鳴の方が私よりよっぽど化け物じみていたと思うが。
「うわぁ!? 荒塚! ここで何やってんの? 東京にいる筈じゃ?」
貢河陸は私より2つ年下の幼馴染みであり、私が中学3年になるまで隣に住んでいた生真面目なくそガキだ。彼は今県内の大学に通っており、福露塚の実家から数10キロ離れたアパートに住んでいる。こんなところで再開する筈ないのだが……
「色々あって、何もかも『クソ喰らえ』って思ったから帰ってきた。去年の秋頃に」
ニヤつきながら余裕たっぷりに言ったつもりだったが、もしかしたらぎこちなかったかもしれない。とはいえ、一応嘘はついていないのだ。もしかしたら陸が私の醜態を知っている可能性もあったが、ひとまず知らない可能性に賭けてぼかしておくことにした。
「へぇー。いったい何があったんだか」
幸い、陸は知らないようだった。私が興味本位で気になるかどうか尋ねると、彼は腹の立つ半笑いを浮かべ、「毛ほどもない」と宣った。
「……ところで、陸は何してんの? 大学に行ってるはずじゃ?」
「なんか、急に来てみたくなって。授業は午後からだから、それまで散歩しながら小説の設定を練ってたんだ」
「おまえ、まだ書き続けてたのか! さすが筆まめお化け。私はもう全然書いてないのに。で、何書いてんの?」
「お、気になる?」
陸の声が心なしか大きくなった。彼は子供の頃から小説を書くのが好きだった。私も高校を卒業するくらいまでいくつか書いていたことがあったが、陸の場合はその比ではなく、どこへ行くにもデジタルメモを持ち歩くほどだ。
「それが聞いてくださいよ大先生。12月に応募締め切りのコンテストに応募しようと思ってるんだ。福露塚が某投稿サイトで作品を募集してて。小説とか写真とか、風景画とかをさ。77周年ってことで。まあ、全然書けてないんだけど」
「全然って、どれくらい?」
「14文字。今日が10月2日だから、あと2か月ちょいだな。それで、文字数は10万文字以上必要で……」
「今、なん文字だって?」
「14文字」
「……クソじゃん。逆に何が書いてあるんだよ」
私が言うと、陸は大きくため息をつき、唸りながら頭を抱えた。
「まじでクソスランプなんだよ。本当なら今頃物語の折り返し地点で、終盤の見せ場に向けてああでもないこうでもないっていい感じに頭を悩ませてるはずだったんだよ。それがどうだ。こんなヘドロくせえ公園で、早起きの爺さん婆さんと、一向に痩せないランニングオッサンに紛れて、14文字しかないゴミ小説の設定を練ってる!」
話しているうちにヒートアップしたのか、陸は更に大きな声でそう言って、慌てて辺りを見まわした。散歩中だった老人の何人かが怪訝な顔をしてこちらをちらちらとうかがっている。
「今の、聞かれたと思う?」
普段は比較的真面目で落ち着いて見える陸だが、時折ふとしたきっかけでタガが外れることがあった。昔からそうだ。根っこは気が強く反抗的な性格なのだろうが、なんとか抑制して大人ぶろうとしているように私には見えた。
「場所を移そうよ。私は散歩で来ただけだし。そうだ。駅の近くにおまえの親戚がやってる喫茶店あるじゃん。そこ行こうよ。あそこモーニングやってたと思うし」
なんとなくいたたまれなくなり、彼に場所を変えようと提案した。時刻はちょうど8時を回っていた。近場の喫茶店『彗星蘭』が開く時間だ。
灘山公園を出て丘を下り、福露塚駅を目指して元来た道を歩く。駅前のショッピングモールの裏手に、お目当ての彗星蘭はあった。
「おっ、久しぶりだなあ。問題児ども」
店先のプランターに水をやっていたマスターは、私たちの姿を見るなり嬉しそうに言った。光沢のある頭皮が朝日を浴びて輝いている。
「お久しぶりです。もうお店開いてますよね?」
陸が訊ねた。
「開いてるぞ。なんだ、今日は二人とも休みなのか?」
「僕は午後から授業ですけど、荒塚は帰省ニートなので」
「一応働いてるわ! ぶっ殺すぞ」
私はニヤつく陸の脛をそこそこ強く蹴ってから、店のドアを開けた。