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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
瑠衣と陽葵
19/33

博物館へ その2

「詳しい資料は昔の火災で焼けてしまってほとんど残っていないし、あそこには石碑すら置かれていないんですよね。証拠になるようなものは少ないけど、私は、数百年前から村のために犠牲になった人々の魂や、土着の山神が祀られていると考えています。犠牲になった理由は色々あるでしょう。飢饉、疫病、口減らし、あるいは差別や何かの生贄。冬夜祭はそんな理由で亡くなった人々の魂を慰めるため、もしくはその霊を封印するための儀式なのではないかと」

「その話と例の化け物と、何の関係があるんです? まさか――」


 私が尋ねると、冬谷さんはおもむろに立ち上がって隣の部屋へ行き、所々焼け焦げたボロボロの紙を持って戻ってきた。丁寧に額縁に入れられたその紙には、崖の上に立つ1人の子供と、その後ろに7人の大人たちが描かれていた。大人の方は、みな一様に白い布のようなものを被って覆面をしていたが、これから犠牲になるであろう子供の方は赤い布を被り、大人のうちの1人に立たされた状態でぐったりとうなだれている。

 そういえば、夢の中に出てきた化け物も同じような格好をしていたはずだ。おまけに絵の中の景色は、私が落ちた場所と酷似しているように思えてならない。


「山奥の集落にある廃屋で見つかったものです。おそらく絵巻の一部だと思います。元々は江戸時代後期に作られた珍しい模様の刻まれた金庫として、数年前にこの博物館にやって来たのですけど。これが誰によって描かれたものなのか、正確な事はわかりません。紙の種類や状態からして、150年以上前のものでしょう。この絵を見つけるまでは、冬夜祭に関する情報はほとんどなくて、起源も由来もあやふやだったのですが、今月の20日ごろでしたかね。何の気なしにこの金庫のダイヤルをひねってみたところ……どういうわけか開いてしまいまして。その道の方が数週間粘っても絶対に開かなかった金庫が」

「それは凄い。じゃあ、冬夜祭に関する最新情報ってことですか。でも、そんなもの私たちに軽率に見せちゃっていいんですか?」


 私はやや興奮気味に尋ねたが、冬谷さんは一瞬眉間にしわを寄せただけで、特に何か答えることもなく、半ば一方的に話し続けた。


「この絵と同じ金庫の中に入っていたもう一枚の紙には、伝承のようなものも書かれていました。紙の劣化が激しくて解読にはかなり手間取りましたが、なんとか辻褄の合う形になったと思います」

「えっと……伝承、ですか?」


 いまいち嚙み合わない会話に一瞬たじろいだが、私は彼女の話を最後まで聞くことにした。


「内容を簡単に要約すると、『昔からこの村では、村の役に立たない人間を谷底へ葬る儀式『谷送り』を行うことにより、均衡を保ってきた。送られた人間は山の一部となり、山神様の元で生き続けるとされている。村人たちは送られた人々のために祠を作り、怨念が降りかかるのを防ごうとした。それから長い時を経て、村は谷送りの習慣も、祠の存在も忘れられるほど豊かになっていた。そんなある時、祠のあった山が崩れ、村に谷送りになった者そっくりの姿をした化け物がやって来た。頭に赤い布を被ったその化け物は『フクロ』と呼ばれ、恐れられた。村人たちは祠を直すことはせず、フクロを退治しようと躍起になった。怒ったフクロは村人の男4人と女3人を順番に殺し、村中の作物を枯らすと満足したのか、姿を消した。それ以来、村では毎年7人の村人が不審な死を遂げ、作物が枯れるようになった』おそらく、この7人の村人というのが、時代と共に姿を変えて今の冬夜祭の灯篭流しになったのだと思います。福露の杜の中にあるのは、作り直された祠でしょう」


 要約と言う割にはかなり長い話だった。頭がこんがらがりそうだ。


「ちょっと待った! 村のためとかいう大義名分のために排除された弱者が、祠がなくなったからって理由で毎年生贄を要求するかな」


 思わずため口をきいてしまい、私は慌てて口を押えた。それを補うように陸が質問する。


「すみません。つまり、そのフクロっていうのは、間引きのために殺された人間と山神様?ってやつが合わさって生まれた悲しいモンスターで、長い事封印してきたけどみんながその存在を忘れた頃に祠が崩れて暴走しちゃったって解釈で良いんですかね?」

「あくまで推測でしかないですけどね。私自身、冬夜祭について調べ始めたのもこの博物館に来たも最近のことで、前の学芸員さんは研究調査中の水難事故でもう亡くなってしまっているんです。冬夜祭について残っている資料はかなり少ないですし、この解釈がどこまで正確なのかはわかりません。でも、もし正しいのだとしたら……」


 冬谷さんは険しい顔をして、言葉に詰まった。だが、私には彼女が何を言いたいのかわかっていた。


「去年、冬夜祭は新型ウイルスの影響で中止になったんですよね。そして、今年もできなくなるかもしれない」


 もし冬夜祭が犠牲者の魂を慰める、封印するための儀式だとしたら、その儀式を行わなかった町は、どうなってしまうのか。


「もしかして最近町から人が消えたり、あり得ない程の大災害が起きてるのって、そのせい?」


 陸が言った。冬夜祭を行わなかったがためにフクロの封印が解け、季節外れの台風や豪雨を起こして作物を枯らし、町の人間の命を生贄として奪っているとしたら……


「そういえば、福露の杜の近くで見つかった自殺体、頭に布を被ってたって木戸さんが言ってたよな」

「陸、ちょっとその話後でも良いかな」


 寒気と鳥肌が凄まじい速さで全身を駆け巡った。


「それに、『冬夜祭』の時に歌われてる歌、なんか意味深なんだよね。『おかえりなさいおかえりなさい山神様が~』ってやつ」

「やめろ! オカルト掲示板のありきたりな創作じゃあるまいし」


 淡々と考察する陸を私はいつもの調子で妨害した。冬夜祭では、灯篭を流すのと同時刻に七明神社で数人の壮年の女性たちが歌を歌い、その声は周辺のスピーカーから町中に流されるのだ。


晦の冬夜祭

神谷に流れし灯籠の

明かりを頼りに集いたまえ


みなが長くあるように

くれないにやみる麻布

おかえりなさい

おかえりなさい

山神さまの のまる場で


私が知っているのはこの部分だけだった。本当はもっと長い歌詞があるのだが、それを記憶してしまうほどこの祭りに対して積極的ではなかった。たぶん、この町の誰もがそうだろう。むしろ私はよく知っている方だと思う。

私はこの歌の意味を少しだけ考えて、すぐに意識を逸らした。ありえない。そんなことが現実世界で起こるわけがない。この町に殺人鬼がいるという仮説も非現実的だと思っていたのに、封印が解かれた土着の化け物が怒りに任せて町に災厄をもたらしているだなんて、ますます現実味がない。仮にすべて真実だったとして、そもそも1回でも儀式を怠れば封印が解けてしまうほど凶悪な化け物の情報が、これほどまでに少なくいい加減というのは、かなり不自然ではないか。元々資料が少ないうえに火災でその一部を焼失したとなると、まるでこうなることを望んでいた人間がいたのではないかという気すらしてくる。


「私はもう少し、この件について調べてみようと思っています。あなた方も、もし何か見たり、知っていることがあれば教えてください。今日はただお礼を言うつもりが、少し話過ぎました。ここまで話すつもりはなかったのに。怖がらせてごめんなさいね」


 冬谷さんは、そう言って申し訳なさそうに笑った。


 その日の夕方、私は彗星蘭でコーヒーを飲みながら仕事をしつつ、あれこれと考えを巡らせていた。陸は早々と家に帰ってしまった。彼の父親は、未だに私の存在を良く思っていないらしく、近づかない様に釘を刺されていたようだ。それなのに、よくついて来てくれたなと思う。


 何はともあれ、化け物が本当にこの町にやって来たというのなら大問題だ。フクロが7人の人間を殺すということならば、今のところ殺されているのは木戸さんが見つけた1人だけなのだろうか。それともすでに何人か殺しているのだろうか。では、ボーリング場で見たものは何なのか。あれはフクロとは全く関係のない別件で、陸の小説と現実がリンクしているのは単なる偶然に過ぎないのだろうか。そもそも、いつからこの災厄は始まっていたのか。考えれば考えるほどわけがわからない。

 私の知っている限り、この町で姿を消したり命を落としたりしているのは3人であり、いずれも男性だ。1人目は町長の父親で行方不明の爺さん。2人目の廃墟で殺された人物はおそらくそう若くない男性だったと思う。そして3人目は、木戸さんの見付けた若い男性だ。


「……木戸さん?」


 思えば、彗星蘭で働く木戸さんは1人目の老人、つまり常連である村永町長の父親の事を知っているだろうし、3人目の遺体の発見者でもある。冬谷さんが事故に遭ったあの日だってそうだ。彼女は直前まで彗星蘭でコーヒーを飲んでいた。

 私はボーリング場で聞いた男2人の声を思い出そうとした。あの2人の内のどちらかが木戸さんであった可能性はないだろうかと考えたのだ。ちらりと木戸さんのいるレジの方を見てみる。いや、見たからといって何かがわかるわけではないのだが。今日も彼は目の下に隈を作り、眠そうな顔をしている。


『福露塚警察署から お知らせします。 76歳の女性が 昨日 午後3時ごろ 自宅を出たまま 行方が わからなくなっています。 女性の 特徴は 身長が 150センチくらい。 髪は 白髪交じりで 赤色のカーディガンに 紺色のズボン。 お心当たりの方は 福露塚警察署まで ご連絡ください』


 突如、不穏な防災無線が響き渡り、私は戦慄した。



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