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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
瑠衣と陽葵
18/33

博物館へ その1

 3日後、事故に遭った例の学芸員が退院したというので、事前に連絡を入れたうえで博物館を訪ねてみることにした。名前は冬谷さんというらしい。さすがにこの日は陽葵に車を出してもらうわけにもいかず、私は電車で博物館まで行くことにした。陽葵の代わりと言ってはなんだが、たまたま暇だった陸も一緒に行くことになった。陸は数日前からアパートを離れ、実家に戻ってきていた。台風で壊れてしまった屋根の応急処置をしようと脚立を持ち出した父親が、ギックリ腰になってしまったらしい。母親も母親で仕事が忙しく、比較的暇な陸が駆り出されたというわけだ。


「今日はお父さん置いて来て良かったの?」

「もうなんとか動けるし、明日から数日家空けるとか言ってたから、別にいいんじゃないかなー」


 どうやら大して心配はしていないらしい。ギックリ腰の父親よりも、陸の関心は他のところに向いていた。


「この駅にいたホームレスのおじさん、いや、おじいさん? もういなくなったのかな。どこ行っちゃったんだろ。2人くらいいたよね?」


 相変わらず閑散とした駅構内を歩きながら、不意に陸がそんなことを言った。言われてみれば、私が高校生くらいの時から、ここでホームレスの姿を見かけることがあった。顔の殆どが髭に覆われていて、髪も伸びきっていたのを覚えている。不思議と誰にも咎められることがなく、彼は度々階段下などに現れて、道行く人々をじっと観察していた。私も他の人たちもみんな、彼の存在に慣れきってしまっていたのかもしれない。


「けっこう歳いってたし、どこか施設に入ったのかな。それとも警察に何か言われて場所を変えたとか」


 かなり気掛かりなのか、陸はしばらくそんなことをぶつぶつと話していた。


 福露塚郷土博物館は福露塚駅から電車でたった1駅の距離だ。博物館と言っても本当に小規模で、2階建ての図書館の地下にある。「博物館」というよりは、「郷土資料館」という言葉の方がしっくりくる建物だ。

 冬谷さんは私の顔を見るなり申し訳なさそうににっこりと微笑んで、頭を下げた。私とは正反対の上品な女性だ。目立った傷跡もなく、元気そうだ。


「先日はどうも。ごめんなさいね。助けていただいて」

「いえいえ。助けたのは救急隊員ですよ。私は全然。それより無事に退院されてなによりです」


 私が返すと、隣にいた陸が小馬鹿にしたような表情でこちらを見ていた。丁寧な言葉を使う私に違和感があるらしい。無理もない。普段は口を開けば「クソ」を連発しているのだ。

 

「そちらの方は、お兄さんかしら?」


 冬谷さんは陸の方を見ながら言った。


「いえ、付き添いの友人です」


 私より先に本人が答える。どういうわけか私たちは、昔から兄妹に間違われることが多かった。私の方が歳下にみられるのは、言動に落ち着きが足りないことと、単に身長が低いからだろう。対して陸は178センチもあるうえに歳不相応なまでに落ち着きがあった。時折愚痴が大爆発するのは別として。


「そう。なんとなく似ているような気がして。とにかく、何かお礼を言いたくてね。こっちへ来て」


 冬谷さんはそう言って私たち2人を展示室の裏へ通してくれた。中央には大きなテーブルが置かれ、パイプ椅子が距離を空けて置かれていた。


「紅茶はお好きですか? あとケーキ」

「はい。もちろん」


 なんとなく最近は甘いものばかり食べているような気もしたが、貰えるのなら貰ってしまうのが私だ。


「荒塚、これ、すげえお高いところのやつだよ」


 テーブルに置かれたケーキを見た陸が小声で言った。私はさもそのことを知っているかのような態度で、「すみませんお気遣いいただいて。お見舞いに行きたかったんですけど……病院、面会禁止なんですよね」などと口走った。


「いえいえ。こちらこそ、本当は私の方から伺わなければならないところをわざわざ来ていただいて。もっとちゃんとしたお礼もしたいのですけどね」

「気にしないでください。まだお身体も本調子じゃないですし、私は当たり前のことをやっただけですから」



 それからどれくらい経っただろうか。当たり障りのない話も底をつき、ティーカップに2杯目の紅茶が注がれた頃、冬谷さんはふいに改まった態度でこんなことを言い出した。


「ところで、今日荒塚さんをここに呼んだのには、もうひとつ理由があるんです。あの夜の事で」


 何を聞かれるのかはわかっていた。


「あの日の夜、何か見たんですよね? そのせいで運転操作を誤った」


 私は言った。むしろ、こちらもそれを聞きに来たのだ。


「ええ。あの日はちょっと用事が入って、それで急いでいたこともあったとは思いますが。あなたが現場に来た時、何か見ていませんか? なんでもいいんです。人でも、動物でも、それ以外でも。もちろん、あの夜以外のことでもかまいません」

「いや、私が来た時には何も。人通りも少ない道ですし」

「そう……実は私、あの時道路に怪しい人影のようなものを見たんです。頭に何か被った、痩せていて背の高い――」


 あの化け物だ! とすぐに思った。私の夢の中に出てきた化け物。福露の杜付近で理英が目撃したという、謎の化け物。

 

「それ、私の夢に何度か出てきてるんです。それに、友達も福露の杜の近くで見たらしくて!」


 私が思わず声を荒げると、隣にいた陸がびくりと肩を震わせた。口の端から若干紅茶も漏れている。一方で、冬谷さんはハッとした表情を浮かべ、何か思い当たることがあるようだった。


「福露の杜……じゃあやっぱり、あの化け物は存在するのかしら」

「あの化け物が何なのか知っていらっしゃるんですか?」


 私が尋ねると、冬谷さんの声色が変わった。


「2人とも、福露の杜が何のためにあるのかご存じですか?」


 私と陸はお互いに顔を見合わせ、同時に首を傾げた。


「何かを祭ってるのと、冬夜祭と関係があるってことくらいです。あと友達は、ひいお婆ちゃんから人を喰う神様がいるって話を聞いたとか」


 冬夜祭とは、毎年大晦日に行われる福露塚町の年越し祭りだ。地元で取れた作物を乗せた神輿を担いだり、福露の杜のすぐ側に流れる神谷川に、白菊の花を模した7つの大きな灯篭を流したりする。川の上流に近い崖下から流された灯篭は、ちょうど福露の杜付近の中州に引っ掛かり、船で回収される。その後は、灘山公園の敷地内にある七明神社で供養されているらしい。私も子供の頃は両親や友人たちと灯篭を見に行ったが、それが何のために行われる祭りなのかは特に気にしたことはなかった。


「それだけわかっていれば充分です。大体は合っていますから」

「合ってるんですか!?」


 私と陸は同時に間抜けな声を上げた。しかし冬谷さんはクスリともせず、真剣な面持ちで話しを進めた。



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