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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
瑠衣と陽葵
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チョコファクトリー

「一応ね。でも、全然受からない。この不景気だからって言うのもあるけど、たぶん一番の理由は私が不適合者だから。ほんと駄目なんだ。学校生活には難なく適応できたし、まじめに勉強して、テストでも上位5位以内には必ず入ってた。でもいざ社会に出るとなったら……ね。『条件を満たしていない人』なんだよ。もうさ、仕事を選んでる時点でわがままなのかな」

「職種を選ばなければまあ、仕事にはありつけるっていうけど、それって結局長続きしなくない? 前の職場がそうだったんでしょ。やりたくない。うまくできない。相性が悪い。そんなところに入っちゃったらどうなるか、陽葵ならよくわかってるでしょ。――紅茶でも飲む?」


 私はティーポットに手を伸ばした。何かしていないと落ち着かないのだ。一方、陽葵は完全に悪い方のスイッチが入ってしまったようだった。


「うん、お願い。――そうだけど、怖いんだよ。このまま代わり映えのない毎日が続いていくの。歳を取って若者でいられなくなるのも、親や大学時代の友達の目もさ、居たたまれない。『まだ治らないの?』『まだ働いてないの?』『何が問題なの?』って聞かれるたびに、どう答えたらいいかわかんなくて。こんなこと言いたくないけど、私って、他の人たちから見たら『あんな風にはなりたくない』とか『残念な人』の代表格なんだよ。優性思想がまかり通るようになったら、真っ先に排除されるタイプっていうか……」

「陽葵はどこからも排除されたりしない。それに、そんな思想がまかり通る日も来ない」

「でも、休めば休むほどにね、そういうこと考えちゃうんだ。無駄なこと、良くない考え方だっていうのは、頭ではわかってる。それでも払拭できないんだ。私は社会のお荷も――」

「ストップ!!」


 私が咄嗟に怒鳴ると、陽葵はハッとした表情で固まった。ここまで酷く言うつもりではなかったのだろう。自分の言った言葉でダメージを負う前に、誰かがストップを掛けなければ。


「そうだ。こういう思考は良くないって先生も言ってた。もうやめる」

「それが良いね。いつもはそんな感じじゃないじゃん。病院や就活でストレス溜まってんだよ。ちょっとさ、その辺散歩にでも行かない? 前みたいに」


 私は陽葵を連れて外に出ることにした。仕事はまあ、夜にでもやればいい。今更徹夜で体調を崩すほど繊細ではないのだから。


 ここのところ雨ばかり降っていたような気がするが、この日は透き通るような雲一つない青空が広がっていた。夏の蒸し暑さはとうに過ぎ去って、乾いた涼しい秋風が住宅街の道路を吹き抜ける。そういえば、私がこの町に帰ってきたのもこれくらいの時期だった。


「もうすぐ11月だね。瑠衣が戻ってからもうすぐ1年か。早かったなー」


 私の心を読むかのように、陽葵がしみじみと言った。


「たった1年だけど、その間に町のいろんなものが変わっちゃったよね。台風とか、大雨とか、新型ウイルスとか。町がどんどん更地になっていくもん。このまま駐車場とソーラーパネル置き場だけがどんどん増えていくのかな」

「あと新しい廃墟もね」


 私は付け加えた。


「何もかもなくなっちゃうね。瑠衣の住んでた東京には、どんどん新しいものが増えてるのに」

「陽葵も一緒に東京に来れば? 今の時期はあんまりおすすめは出来ないけどさ、来たら案外何とかなるかもしれないよ。空気悪いけど、生活の為に必要なものって全部あの狭い場所に集中してるから」

「騒々しい場所苦手だけど、考えておく」


話している間に駅前ロータリーまでやって来た私たちは、すぐ近くにあるショッピングモールの中に入った。地下2階、地上8階建てという、田舎者にとってはかなり巨大な建造物だ。私が幼いころは、ここ一帯にはいろいろな店が軒を連ねていた。今ではほとんどが潰れて廃墟になり、モールの中は町役場とハローワーク、町の総合案内所、100円ショップ、そして介護用品店と直売所しか残っていない。言ってしまえば、こんなものはもうショッピングモールではない。無駄にでかい鉄筋コンクリートの塊だ。それなのに、モール時代の看板ロゴはしっかりと残っている。忘れているのか、撤去費をケチっているのか。ボーリング場は取り壊すくせに。


「入ったところでなんにもねえし」


 1階の閑散とした休憩スペースを見て、私は愕然とした。まるで何もない。福露塚ミュージアムと称し、色褪せた町の写真が所々に飾ってあるだけだ。人が密集するのを避けるためなのか、ソファーはすべて撤去されている。


「こんなガランドウに密も何もあるかよ!」

「しーっ! 聞かれちゃうよ」


 無意識に大きな声を出してしまっていたのか、陽葵が慌てて人差し指を突き立てた。


「ごめん」

「ほんと声がデカいんだから」

「でも、たぶんみんな同じこと思ってるよ」


 私はそんなことを言いながら、何気なく案内板に目線を移した。すると、以前来た時と表記が変わっていることに気が付いた。


「チョコレートスイーツ専門店『チョコファクトリー』!? うわ、大事件じゃん」


 5階エリアに、確かにその文字があった。幻覚ではない。いったいいつからなのか知らないが、この寂れまくったダサい田舎町にスイーツ専門店が出来ていたのだ。


「ってことは、この店も絶対すぐに潰れるじゃん。行くなら今のうち」


 自分でも死ぬほど失礼なことを言っている自覚はあった。だが事実なのだ。今まであらゆる店がこの町を活気づけようと、カフェやらラーメン屋やら開いてきたが、みんなことごとく潰れた。しぶとく生き残ったのはラブホと熟女スナックくらいのものだ。案外、客層というのは絞った方が上手くいくのかもしれない。


「今度行こうって思ってると、そのうち夜逃げとかして消えちゃうかも」


 陽葵も乗り気らしく、私たちはすぐにエスカレーターの方へ向かった。しかし、エスカレーターは3階までしか動いておらず、そこから先はエレベーターが階段で行かねばならなかった。更に3つあるエレベーターは節電のためか故障中なのか1つしか動いていない。


「なかなか来ねえな」

「もう階段で行こうよ」


 たった2階上の階だ。運動不足の私たちでも苦ではないだろう。そう思って薄暗い階段を登った。私たち2人以外に誰もいない、静かで薄暗い階段。不気味なくらい足音が大きく反響した。それは2人分だけのはずだったのだが……


 ダダダダダ!


 突如激しい足音が響き渡り、私は間抜けな声をあげて陽葵の腕に思い切りしがみついた。


「何!?」


 陽葵も驚いた様子で辺りを見回す。しかし、姿は見えない。各フロアにつながる扉はしっかり施錠されているのだ。そのうち空き店舗になっている4階フロアの奥から、ガシャン! と大きな音がして、人の呻き声のような音が響いた。それは壁越しでも聞き取ることが出来た。すっかり動揺してしまった私たちは夢中で5階まで駆け上がり、チョコファクトリーの中へ逃げ込んだ。


「いらっしゃい――えっ、何?」


 閑散とした店内にいた1人の女性店員が、引き気味にこちらを見た。無理もない。こんな風に店内へ駈け込んでくる客なんて前代未聞だろう。しかし、その店員の顔には見覚えがあった。


「あれ? 瑠衣じゃん。なんでここにいるの?」


 一瞬男性と見間違うほど短いハンサムショートを鮮やかな青色に染めた彼女は、高校時代の同級生、古見理英だった。


「理英! なんで? 職場変えたの?」

「まあね」


理英とは高校2年の頃から、軽音部でしょぼいバンドを組んでいた。彼女は確か、大学への進学を諦め、私の母も務める隣町の病院で看護助手として働いていたはずだった。しかしどういうわけか、今はスイーツ専門店で奇抜な見た目で働いている。しばらく連絡を取っていなかったが、別人と見紛うほどに変わっていた。


「でも、私はただのバイトだよ。前の病院はクビになって、今はデザイン系の専門学校に行ってる」

「すげー。病院をクビって、どんな面白い事やらかしたの?」

「患者にブチ切れちゃったよ。みんなが見てる前で。まあ、他にもいろいろあったんだけどね」

「うわ、その様子見たかった。――あとその髪型、クッソ似合ってるよ」

「ありがと。そっちの子は友達?」


 理英は私の後ろでそわそわしている陽葵を見ながら言った。私は双方に自分との関係や馴れ初めを説明すると、先ほど階段で出くわした怪現象について尋ねた。


「ああ。幽霊かもよ」


 何の躊躇いもなくさらりと言ってのける理英に、私はため息を漏らした。私が怖がりであると知っての発言だ。口の端をきゅっと持ち上げ、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「やっぱり、ここ幽霊出るんですか? いかにもって感じですけど」


 案の定、陽葵が食いついた。


「らしいですよ。誰もいないフロアを彷徨ってるって。そもそもこのモールが潰れちゃったのって、ここで変死事件があったからだっていう都市伝説があって」

「やめてよ2人して!」


 これが止めずにいられるか。質問を振ったのは私だが、ここまで恐ろしい返事が返って来るとは思わなかった。しかし、理英はやめてくれなかった。


「ふふ。地下のライブハウスとか怪しいよね。今は封鎖されてるけど、もしかしたら――」

「もういい! 私は向こうでドーナツ食べるから。お2人で化け物談義してな」


 私はケースの中のドーナツをトレーに乗せ、清算を済ませると窓際のカウンターテーブル席に向かった。5階の窓からは漁港と海浜公園がよく見えた。

 テーブルの横に貼られた色鮮やかなフライヤーに目を向けると、「お得なサブスクスイーツはじめました!」という、時代を感じる言葉がでかでかと掲げられていた。どうやら1ヶ月に1度、選りすぐりの商品を届けるサービスらしい。


「頑張ってるんだなー」


 過疎化の進む遅れた町だが、完全に時代から取り残されてしまった訳でもないのだろう。若者たちは何とか立て直そうとしている。しみじみそう思いながら、レモンチョコレートドーナツを口に運ぶ。じきに陽葵が戻って来て、隣に座った。




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