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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
瑠衣と陽葵
14/33

自分自身の問題

 座ったままどれくらい硬直していただろう。やがて、階段の方からポコの爪音がチャッ、チャッ、チャッと聞こえてきた。それと同時に、窓の外の違和感も消えた。


「なんだったんだろ……」


 全身が冷や汗でじっとりしている。せっかくの風呂上りも台無しだ。おまけに尿もちょっと漏れた気がしないでもない。信じたくはないが。

 私は助けてくれたポコをぎゅっと抱きしめ、一緒に階段を下り、風呂場までぎこちない足取りで歩いた。汗だくのままベッドに入るのは不潔だ。シャワーくらいは浴びておきたかった。


「なーに? またお風呂入るの? 下痢でも漏らした?」


 呑気に母が言った。不審に思うのはわかる。だが本当の事を説明する気にはなれなかった。


「漏らしてねえわ。ポコが……膝で嬉ションしちゃって」


 申し訳ないが、ポコは最後まで私を助けてくれるんだなと思った。2つのつぶらな瞳をうるませながら、何か言いた気にこちらを見つめるポコを、罪悪感を押し殺して床に下ろした。


「やだ。床にこぼしてないでしょうね?」


 即座に母が言う。


「それも片付けたから」


 私はこれ以上何か質問される前に脱衣所のドアを閉め、浴室に入った。シャワーだけで済まそうかとも思ったが、結局また湯舟に浸かってしまった。


「気のせいだ。絶対に気のせいだ」


 少しぬるいお湯の中で、気晴らしにスマホでくだらない動画をいくつも再生する。人類が滅亡した中1人カメラに向かって話しかけている設定の女性や、自分のしゃっくりにびっくりしてオナラが出る猫、掃除機でハーモニカを演奏する外国人、ウンチをする犬のおもちゃレビュー……

 その中に、不快なタイトルが紛れ込んでいることに気が付いた。


『まもなく1年 いじめ? 未成年飲酒? 千歳炎上の新たな噂がヤバすぎる!!』


 自動再生機能をONにしていたおかげで、その動画は勝手に再生され、私の目に飛び込んできた。投稿は2日前のもので、事務所からは何も聞かされていなかった。


『どうも! Amed-TVのヒロです』


「テメェ、まだ生きてやがったかクソ野郎」


 画面に映った髭面の男に向かって、精一杯の煽り顔で言った。正直、もう悪態をつくことくらいしかすることがないのだ。


『ボクねぇ、何か月か前の動画で、そこそこ人気な配信者? ってことでお馴染みの、千歳ちゃんの炎上事件についての動画上げたんすけど。皆覚えてますかねー?』


「覚えてねえよ。ネタ切れ乙」


『実はあれから新事実が発覚しまして。彼女の中学時代の同級生からボク宛にDMもらったんすよねぇ』


「は? 誰だよそいつ。名前出せよ殺しに行くから」


『そのDMの内容がこちらなんすけど。ちょっと読むわ。「千歳さんは中学の頃、廃墟に忍び込んで中のものを壊しまくった他に、夜中に出歩いて警察に補導されたり、出歩いた先で未成年飲酒をしたりしていました。警察官と知り合いの母が言っていたので、間違いないと思います。私がなぜこんなDMを送ったかと言うと、私の友達が中学時代に千歳さんから嫌がらせを受けていたからです。いつも先生に反抗して口が悪いので、みんな彼女を怖がっていました。炎上の件といい、彼女は危険な人です。そんな人が子供でも見られるような動画サイトで人気なのは危ないと思います。私の友達と同じような思いをする人が出ないためにも、注意喚起として告発させていただきました。動画内で取り上げてもらえたら幸いです。これからも応援しています!」――との事なんですけど』


 私は固まったまま動けなくなった。まさに放心という言葉がふさわしい。さっき部屋で感じた違和感よりも、よっぽど恐ろしかった。何故なら、廃墟と補導の件以外、どれも全く心当たりがないからだ。まあ、昔から口は悪く反抗的だったが。たぶん父親譲りだ。そこは認めなければならない。


「まじで誰だそいつ」


『これが本当だとしたら相当ヤバくないすか。さすがに事務所も庇えませんわぁ。ボクあの子のこと一時好きだっただけに、裏切られた気分ですよ! ま、真偽のほどは定かではないですけど、これ以外にも似たようなDM過去に何回か貰ってるんで。おそらくこれ真実に近いと思うんすけどねぇ……いや、あくまでボク個人の見解なんで。これが全部本当かどうかはわかんない! デマ拡散とか思われてもアレなんで。ただ――火のない所に煙は立たぬって言いますよね。実際あの子、育ちも悪かったみたいですし。そうやって疑われちゃうのもまあ仕方がないのかなって。いやぁ、過去の行いってホント大事よ。今、世の中は過去の行いに対しても厳しいですからね。芸能人とかでも過去の発言が原因で問題になった人、いましたよね?  

 この件、皆さんはこれどう思いますか? 是非ともね、コメントでボクに教えてください。もちろんDMの方も待ってるんで。ではまた次回の動画で!』


 やかましい音楽と共にチャンネル登録ボタンが表示され、動画は終了した。コメント欄には腐るほどコメントがあったが、さすがに読む気は起らなかった。読めば、きっと私の怨念で書き込んだ人間全員気が狂うに違いない。罪なき人間を呪ってはならない。


「私で再生数稼ぐなら広告収入ちょっと分けろや。普段はそんなに人気もないくせに」


 言い返せたのはそれくらいだった。いったいどこの誰がそんな情報を流したのか。私の知っている人間だろうか。それとも全く知らない人間だろうか。前回同様、この投稿者にしては珍しく、再生数が伸びていた。やはり炎上ネタは金になるのだろう。そのうちこの噂にも尾ひれが付いて、どんどん大袈裟なものになっていくはずだ。事実と憶測の境界線が曖昧になり、やがては情報元も失われ、悪者はどこにもいなくなる。これからいったいどうなるのだろう。


「クソ」


 私はぬるい風呂から上がり、ポコにお詫びのビーフジャーキーをあげると、寝室に連れていって一緒に眠った。しかし一向に寝付けず、いつも2錠飲んでいる睡眠薬を3錠飲んだ。

 そして、また奇妙な夢を見た。


 青白い満月の夜。月明かりに照らされた雪の上に、不気味な人型の化け物が佇んでいる。私より遥かに背が高く、ナナフシのようにひょろ長い手足を持ち、頭には赤く染まった麻袋を被っていた。

 化け物は切り立った崖の上に立っていて、今にも飛び下りてしまいそうだった。私はそれの後ろにいて、必死に何かを訴えている。だが、その努力もむなしく、化け物は崖から飛び降り、谷底へ真っ逆さまに落ちていった。その姿があまりにも悲しく、私はすぐに駆け寄って谷底を見下ろした。川の流れる音がするだけで、何も見えない。

 すると突然、全身に衝撃と痛みが走り、口から大量の血を吐いて倒れてしまった。倒れた先に地面はなく、真っ暗な谷が大きな口を開けて待ち構えていた。頭の中で何重にも重なった悲鳴や呻きが響き渡る。いったい自分の身に何が起こったのか。理解する前に意識が飛び、私は現実世界で目を覚ました。


 時計の針はもう午後の1時を回っていた。随分眠ったようだ。スマホには事務所からのメールが届いていたが、開かずに無視した。

 せめて休憩する時間をくれないものか。悪夢、絶縁、デマの拡散、誹謗中傷、町での事件、そして……


 コツン


 ベランダから音がして、私は折れそうな勢いで音のした方へ首を振った。何か小さいものが窓に当たるような音だった。

 昼過ぎだったこともあり、そこまでの恐怖はなかった。窓を開け、外を見下ろすと、道の端に陽葵が立っていた。



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