4人が揃う夜
夕方。仕事がひと段落付き、暇つぶしにSNSを開く。正直言って悪習だ。相変わらず地獄のような光景が広がっている。タイムラインは比較的落ち着いていたが、自分の名前で検索してみると、新たな地獄がいくつも顔を出した。約1年もの間、よく知らない人間相手に怒りを持続させ続ける人間が存在することに、ただただ驚かされる。
「陽葵と彗星蘭行こっかなあ……」
パソコンを閉じ、陽葵にダメ元で連絡を入れると、すぐに快い返事が返ってきた。ありがたいことに、また車を出してくれるという。
「瑠衣―。また面接落ちちゃったんだけどー!」
車のドアを開けるやいなや、陽葵は眉間をしわしわにして叫んだ。どうやらまた転職に失敗したらしい。
「それで誘いに乗ってくれたのか。うまくいかなかったの?」
「わかんない。でも、前の職場を1年で退職したってところで、あっからさまに嫌な顔されちゃった。あと、メンタルクリニックへの通院歴があるかとか、睡眠薬を飲んだことがあるかとか、アンケートも書かされた。正直に答えちゃったよ……」
「普通そんなこと訊く? そういうのって、話す義務あんの? そこ、やばい職場だったかもしれないよ」
「そうかな。でも嘘はついちゃいけないからさ。――そうだ。私がちょっと面接官になりきって瑠衣に質問するからさ、答えてみてくれない? 瑠衣って人見知りしないし、口もうまいじゃん」
「いいよ。やってみ?」
私は得意げに胸を張って見せた。
「じゃあ、あなたの性格を一言で表現してください」
「破壊神でしょうか。どんな障害も信頼も打ち砕きます」
「……ええと、はい。じゃあ、次。座右の銘は?」
「『口は災いの門』です」
「あなたの長所は?」
「誰に対しても盾突けることです」
「周りの人たちはあなたのことをどう評価していますか?」
「犯罪者。もしくは予備軍と呼ばれています」
「ふざけてるよ」
陽葵が笑いながら言う。かなり落ち込んでいるのではないかと心配だったが、楽しそうで何よりだ。
それでもやっぱり、私は陽葵を見ていると少し不安になった。どうにも放っておけないのだ。私が陽葵を温泉に誘う理由は、もちろん気分転換の為でもあったが、彼女が急激に痩せたり太ったりしていないか確認するためでもあった。実際、日に日にやせ細ってきているわけだが……
彗星蘭の駐車場には1台も車が停まっていなかった。人気のある窓側の席にも誰も座っていない。重い扉を開くと、見知った顔が視界に飛び込んできた。
「おまえもいるのかよ」
決して不快なわけではなかったが、彗星蘭のカウンターには既に陸が腰かけていた。
「ほぼほぼ貸し切りで執筆させてもらってて。――あ、陽葵さんお久しぶりです」
陸はカウンターの端にある2人掛けのテーブルに置かれたノートパソコンを指さして言った。
「うん。久しぶり」
突然の陸の登場に陽葵は少し驚いた様子だったが、どこか嬉しそうでもあった。彼の他に客らしい客といえば、紅茶をお供に分厚い本を広げて何やら勉強に勤しむ男性くらいのものだった。
「閑古鳥だなー。これも感染対策?」
「うるせえ。さっきまで町長と宮司さんも来てたぞ」
私が言うと、すかさずマスターが割って入ってきた。今日も素晴らしい輝きだ。
「なにその異色の組み合わせ。っていうかコーヒー飲む宮司の想像がつかない」
「親戚なんだよ。確か町長さんは、陸の父さんとも仲が良かったよな?」
マスターが話を振ると、サンドイッチを口いっぱいに詰めた陸がもごもごしながら返事をした。
「同級生だからねぇ」
どうやら陸も今日の夕食はここで済ませるつもりらしい。厚切りのベーコンとアボカド、チェダーチーズが挟まったサンドイッチを見ていると急にお腹が空いてきて、私は陽葵と一緒に陸の近くの席に腰を下ろした。
「なんか、そういう田舎特有のいろんな人が顔見知りっていうか、どっかで繋がりがあるみたいな、そういうの私はちょっと苦手だな」
メニュー表を見ながら独り言のようにぼそっと陽葵が言う。確かに、気持ちはわからなくもない。「温かい関係」とか、「助け合える関係」とか、そんな風に言ってしまえば聞こえはいいが、それは「秘密が漏れる」もしくは「常にこちらの状況を把握される」ということでもある。
実際、陽葵が仕事を辞めて少々精神を病んでいるという話も、本人から聞かされる前に母から教えられたのだ。東京ならこうはいかないだろう。
「そうだ。繋がりと言えばさ、ここのバイトの人が福露の杜で自殺した人見つけたって本当?」
私は朝に母から聞いた自殺者の話をふと思い出し、陸の隣にいたアルバイトらしき青年に声を掛けた。見た感じ、歳は近そうに見えた。
「まあ、本当と言えば本当だね。俺はもうバイトではないけど」
陸の皿を下げながら、ややダルそうに青年は言った。暗めの癖のある茶髪に、フレームの太いメガネを掛け、カウンターに肘をついて眠そうにしている。ネームプレートには「木戸」とある。
「あれ。じゃあ、木戸さんの情報にだけ遅れがあったのか」
「みたいだね。どこで聞いたのかはさておき、福露の杜の近くで死体を見つけたのは確かにおれだよ。あれはびっくりした」
「死んでたのはどんな人?」
「顔はわからなかった。ご丁寧に袋が被さってて。自分で被ったのかな。聞いた話だとまだ若くて、なんだかって重い病気で余命宣告されてたらしい」
店内の空気が一気に重くなるのを感じた。
「思ったよりしんどい事情だった……」
陽葵も興味を持ったのか、真剣な面持ちで木戸さんの話を聞いていた。
「でも、なんか妙な話なんだよな。不自然というか」
木戸さんはそう言って首を捻った。その言葉に、ボーリング場での一件を思い出して背筋が凍り付く。
私は陸の方を見た。彼もまた、私と同じように表情をこわばらせていた。
「それは、た、他殺の可能性があるってことですかね?」
今度は陸が質問した。
「いや、さすがにそれはないと思うけど。もしそうだったら怖すぎるでしょ。ただ、どうしてあんな土砂降りの日にあんなところでやっちゃったんだろって」
自殺者は深夜に土砂降りの中家を出て、わざわざ自宅から遠く離れた福露の杜の近くまでやって来て命を絶ったらしい。確かに、不自然と言われればそうなのかもしれない。
「人に見られない様に土砂降りの夜を選んだのかとも思ったけど、それなら自分の家とか車の中でも良かったはずだし。その人、独り暮らしだったんだよ。それなのに、わざわざ――」
「ストップ! なんか怖くなってきた!」
私はたまらず声を上げ、木戸さんの言葉を遮った。福露の杜で感じた不快感とボーリング場で感じた恐怖とがごちゃ混ぜになって頭の中を駆け巡ったのだ。
「いや、ごめん。そんなに怖がるとは思わなくて。でも先に話を振ってきたのはそっちなんだけど……」
「今、心から後悔してます」
私は心を落ち着かせるべく熱々のコーヒーを口に含んだ。深みのあるいい味だ。家で飲む賞味期限切れのインスタントコーヒーの500倍美味しい。
しかし、話はまだ終わらなかった。
「そういえばあの場所って、神様がいる話とは別に、殺人鬼が住み着いてるとか、幽霊が出るとかいう噂もあるよね。あそこで変な事すると殺されるとか、取り憑かれるっていう都市伝説も」
心を落ち着けようと必死な私をよそに、陽葵はまだこの話を続けたいようだった。怖がりを置いてきぼりにして話を進めるのはオカルト好きの悪い癖だ。
「た、ただの都市伝説でしょ? だ、だって、あんな禁足地に人間が住み着くメリットなんてある? 猿じゃあるまいし。幽霊だってさ、別に……幽霊だって、別に……」
特に否定する言葉が思いつかなくなり、私は口を閉ざした。幽霊なら、いるかもしれない。何故なら、幽霊だからだ。幽霊とは体外そういうものだ。
「いろんな噂があるからね。祠があるとか、古井戸に落ちるとか。でもまあ、関係ないと思うよ。病気のせいで色々としんどくて、本当に参っちゃってたんじゃないかな」
木戸さんはそう言って話を締めくくると、「今日は用事があるからもう上がる」と言って、カウンターの奥に消えていった。
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