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廻異―終わりの近い町―  作者: 生吹
忍び寄る影
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新たな事件の予感

「あれから、何か変わった事あった?」


 数日後、陸の方から電話が来た。


「何も。警察があのボーリング場に入ったって話も聞かないし、行方不明者の張り紙も、この前防災無線で言ってた85歳の爺さんだけ。しかもその爺さん、村永町長の父親だったんだよ。結構真面目に話したつもりだったけど、イタズラ電話だって思われたのかな」

「一応見回りくらいはすると思うけどな。僕も何も聞いてない。父さんも変わりないし」

「何か、調べられない理由でもあるのかな。っていうか何だったんだろ。例えば、こう……『ヤ』の付く人たちの仕業とか。警察の関係者だとか。あそこの鍵を持ってたみたいだし、夜逃げした経営者と何か関係があるとかさ」


 この数日間必死に考察してみたが、それくらいしか考えられなかった。


「僕もあの日の夜に似たようなことを考えてた。ありえない話じゃないし。実際過去にそういう事件起きてるらしい。犯人はわかってるけど、捕まえられないみたいな。なんなら警察もズブズブで……みたいな」

「っていうか、この辺にもその手のやばい人たちっているもん? この町ほぼほぼゴーストタウンじゃん」


 正直、そういう話はフィクションや都市伝説の中の話だと思っていた。いや、思いたかった。理由はまあ、シンプルに怖いからだ。


「目立たないだけで普通にいるでしょ。……まあ、あの夜の事は、見なかったことにした方がいいのかもしれない。荒塚、まだ誰にも話してないよね?」

「もちろん話してない。話せるわけねえじゃん! もし無関係の人を巻き込むようなことがあったら……」

「うん。それがいいよ。まじで、関わったら僕らの身も危ないかもしれないし。ただの一般市民に事件の解決なんてできるわけないんだし」


 それから数日間、あのボーリング場には近寄らなかった。私も陸も、ネットニュースや新聞記事、噂話など、あらゆる項目をチェックしていたが、ボーリング場で殺人事件があったなどという話は一切確認できなかった。それどころか、今度は全く新しい事件が起こってしまい、私たちの意識はそちらへ持っていかれてしまった。


「この前の夜、この辺で若い子が自殺したみたい。昨日の朝、彗星蘭のバイトの子が見つけたって」


 朝食のクロワッサンを齧っていると、母がコーヒー片手に呑気な表情を浮かべて言った。


「え、彗星蘭の?」


 自殺ならよく聞く話なので、私もそこまで驚きはしなかった。ただでさえここ数年で自殺する若者の数は増えている。東京で暮らしていた時は、しょっちゅう人身事故で電車が止まっていた。最初は驚いたが、気が付くといつの間にか慣れてしまっていたものだ。


「一応訊くけど、それ誰から聞いたの?」

「噂好きの看護師長。かなり正確だと思うよ」

「またか。なんかもう、いろいろとガバガバじゃん。その病院大丈夫?」


 そんな噂を病院の人間がぺらぺらと喋ってしまうのはいかがなものかと少し気になったが、それよりも私の頭の中は彗星蘭に行きたいという思いが大半を占めていた。


「彗星蘭、最近行ってないな」


 あの夜以来、ほとんど外出しなくなっていた私は猛烈に彗星蘭のコーヒーが飲みたくなった。母の淹れる、妙なにおいの付いた賞味期限切れのインスタントコーヒーではなく。


「あんなところで自殺なんて、よっぽどな事があったんだろうなと思ったら、病気で余命宣告されてたみたい。詳しいことはわからないけど」

「あんなところって、どこなの?」

「確か、福露の杜の近くって言ってたような」


 私は陽葵といった福露の杜を思い出した。その瞬間、背筋が凍り付くような感覚に襲われ、思わず母の袖口を掴んでしまった。


「何よ。怖いの?」

「……ねえお母さん。あそこってさ、何のためにあるの?」

「知らなーい。何か、神様的なものがいるんでしょ。冬夜祭とも関係あるらしいけど、なんで?」

「いや、訊いてみただけ」


 私は母の袖から手を放し、仕事をするべく自分の部屋に戻った。ここのところ色々な事が起こりすぎていて、完全に頭が疲れていた。今起きている出来事について、何も考えたくなかった。


「まさか仕事が息抜きになる日が来るなんて」


 バナーのデザインやサムネイルの作成をしている時は不安から解放されていた。投稿する側にいた時にはとにかく大変だった動画の編集作業も、赤の他人のものとなるといくらか気が楽で、恐ろしいことを考えずに済んだ。18歳の頃からやっているだけあり、こういった作業はすっかり手慣れたものだ。

 やっとのことで高校を卒業し、このクソ田舎から脱出して上京してしまえばどうにかなると思い、勢いに任せて東京に引っ越した。画像編集やゲームテスター、ポスティング、試食販売などといった比較的やりやすそうなバイトに次から次へと手を出し、ラジオ配信アプリで見ず知らずの人間相手にだらだらと管を巻いたり、独学で動画編集ソフトの使い方を学んだりした。

 居酒屋やファミレスなどの接客業にも何度か手を出したが、高確率で客と揉めるので、すぐに追い出されてしまった。怒りの感情を制御するのが難しく、沸き上がる攻撃的な感情を抑え込めずに度々問題を起こしたのだ。

 居酒屋にいたクレーマーと本気の口喧嘩をし、唾を吐かれて激高し、客を店から追い出した時は店長から大目玉を食らった。従業員全員の前で怒鳴られた挙句、クビを言い渡されたのはある意味特別な社会経験だ。唯一の救いといえば、バイト仲間の学生が私の行いに対してこっそり拍手を送ってくれたことくらいだった。晒し者にされているのか表彰されているのかよくわからない微妙な空気の中、私はいつもの仏頂面で機械的に店長の怒号を受け流し、なけなしの給料を握りしめて店から退散したのだった。


 思い返してみると私の人生は本当にろくでもないものだ。母はもちろん、陸や陽葵にはとても話せないようなことも山ほどしてきた。そうやって東京中を這いまわっているうちに、何もかもがどうでもよくなり、最終的に動画投稿者として自分の人生を切り売りする生活に落ち着いた。さすがに本名で活動するのは気が引けたため、「千歳」という名前で色々なしょうもない動画を投稿し続けた。何故そんな古風な芸名(?)を付けたのかはよくわからないが、いい加減な私の事だ。何となく頭に浮かんできたのだろう。


 今となっては、その時のことを殆ど覚えていない。



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