真実とは
アルフガン…円形都市国家ヨハネスバーグにある迷宮である。その全容は知られていない。最深部に到達出来た者が帰還したことが無いからである。
今、その最深部に到達したパーティーがあった。勇者カイン、賢者アマリフィ、騎士ランス、盗賊ティオが、ラスボスと対峙していた。
「ここまで来たから、望みを叶えてあげるよ。君達は何を望む?」
ラスボスは10代後半の黒髪の人間に見える。本当にラスボスなのか?疑問を持つカイン。
「お前…本当にラスボスなのか?」
カインの言葉に、
「どうだろうね。戦ってみるか?それよりも先に、君達の望みを聞こう。戦いはその後だ」
笑顔を絶やさない青年。カイン達は、殺気と圧力を掛けまくっているのに、彼は平然としている。
「なら、俺は王様になりたい」
ランスが望みを伝えた。
「そうねぇ~。私は不自由無く暮らせればいいかな?」
「私は研究に没頭したいな」
ティオ、アマリフィも望みを伝えた。
「俺は、お前を倒したい!」
そう口走ると、カインは剣を抜き、青年に斬りかかった。だが…
「何?物理攻撃が無効だと?」
カインの剣は、青年の身体を素通りした。斬った感覚も無い。
「あぁ、僕はあらゆる攻撃を透過出来るんだよ。属性攻撃の場合は、属性エネルギーをドレインしてスルーさ」
青年の言葉に、動揺するカイン達。
「あらゆる攻撃が効かないだと…」
アマリフィが思いつく限りの属性魔法をたたき込むが、青年の笑顔は崩れない。
「君達には、僕を倒すことは出来無い。だから、ここまで来たご褒美に望みを叶えてあげるんだよ。では、ランスには未来永劫、王様になってもらおう。ティオはアマゾネスだから娼館の経営者だな。アマリフィは奴隷商人なんかどうだ?」
青年が言葉を伝えると、カイン以外の3名の姿がこの場から消えた。
「残るはカインだけだな。では、君に修行の機会を与えよう。強くなったら再度、ここにおいで。その時は、僕の騎士団への入団を許可しよう」
カインの全身は光に飲み込まれ、彼の意識は途絶えていった。
◇
「また、あの夢か…」
真っ暗な部屋の天井を見上げて、ふと呟いた。どうも、最近、プレイをしているオンラインゲーム絡みの夢を見ていた。
(攻撃が効かないラスボスって、最強じゃないのか?いや、寧ろ戦ったら負けなのか?)
ゲーム内では、まだラスボスのいるエリアには辿りついていない。既に3年もプレイしているのに、ゲームの攻略が出来ていないのだった。
琢磨はベッドから起き上がり、室内の明かりを付け、PCの前に座り、ゲームを起動しネットへ接続した。
『アルフガンへようこそ』
と、モニタに表示され、セーブデータを読み込み、ゲームが始まった。
(塔の攻略は出来ている。100階層に到達し、もう上り階段すら無い。後、何をすれば良いんだ?)
100階層目のフロアを調べるが、特に何も無い上、モンスターも湧いて来ない。窓から外を見るが、外に通路の類いは無い。それどころか、外へ出られる大きさの窓でも無い。う~ん…あれ?閃きが舞い降りて来た。
窓は三方向にだけある。なんで、もう一方向には無いのだろうか?あると困る理由…見られてはいけない物があるのか?それは外観からはわからないのだろう。考えられるのは、隠し部屋の類いか?だが、隠し扉の類いは無い。いくら見ても、触っても、仕掛けの類いすらない。
考えろ、俺…回り込むのか?上か、下に…床を調べて行くが、それらしい仕掛けは見つからず。そうなると天井か?更に閃きが…モンスターが湧かないってことは、じっくりと調べろってことか…天井を見つめる。だけど、おかしな部分は無い。偽装か?幻術系か?威力の弱いファイアーボールを天井へ放っていく。すると、一箇所だけ挙動が違う箇所があった。浮遊術で浮かび上がり、そこへ向かうと、穴が開いていた。その箇所から侵入して、出口へと向かった。
出口から出た先は、100階層と同じ造りの部屋があった。三方に窓があり、外通路は無い。降り階段もある。降り階段?ここから、降りるのか?階段の横に貼り紙があり、それに目を通すと、『不正解ルートです』と書かれており、次の瞬間、俺は一番街の祠の前にいた。
う~ん…100階層まで制覇したのに、不正解とは…街の教会でセーブするか…
◇
放課後、ゲームカフェへ向かった。情報を仕入れる為である。店に入ると、いつものカウンター席に座ると、直ぐにブレンドコーヒーが出てきた。
「どうした?浮かない顔をして」
カウンターにいるマスターに声を掛けられた。
「100階層に辿り着いたんだけど、不正解ルートだったらしく、一番街へ飛ばされたよ」
登校前のゲーム結果をマスターにこぼした。
「100階層まで行ったのか?それもソロで…やるなぁ~」
顎を摩りながら、暢気な口調で返された。
「何か情報無い?」
「うん?情報か?う~ん…そうだなぁ~。そうだ!琢磨は10番街へ行ったことあるか?」
「10番街?いや、6番街から先はソロでは無理だろ?」
4番街まではソロで可能なのだが、6番街からはソロでは無理だといわれていた。なので、俺はセーフティーゾーンである5番街から、円形都市に入り、塔攻略に乗り出したのだった。
ゲームの舞台であるヨハネスバーグには、1番街から10番街の10の街が外周にあり、内周部には首都であるアルフガンが鎮座していた。内周部と外周部の間には小高い山があり、1番街と5番街にトンネルがあり、首都へアクセス出来るようになっている。
「10番街って、1番街と首都を結ぶトンネルの真上にあるらしいんだよ。そして、その先には森が広がっているそうだ」
それは聞いたことがあるが、6番街から9番街にはステージボスがいて、それをパーティーで倒すレベルのモンスターであり、それらを倒すことで、先の街へ進めるらしい。
「ソロでも可能だぞ。ソロで10番街に到達したプレイヤーがいるんだよ」
それは初耳である。そんなプレイヤーがいたのか。
「その人はどうなったの?」
「桃源郷に辿り着いたらしい。街には戻って来なかったそうだから」
桃源郷とはゴール地点と言われている。そこに到達するまでに、プレイキャラが死亡扱いになると、最後にセーブした街の教会へ転送される仕組みだそうだ。目指してみるかな…10番街を…
◇
5番街に行くと、知り合いのパーティーがいた。
「お兄ちゃん!」
妹の声がした。俺の妹ジールのいるパーティーであった。
「おぉ、たっくんじゃないか」
俺のキャラ名を呼ぶパーティーリーダーのファントムさん。
「塔の攻略はいいのかい?」
「塔は、ハズレのようです。なので、10番街を目指そうと思うんですよ」
「ふ~ん。そうか、ならば、パーティーに入らないか?ちょうど前衛が欲しかったんだよ」
俺は前衛職である魔法剣士であった。因みに妹はヒーラーで、ファントムさんは賢者である。
「パーティーの規模は15名だ。たっくんを入れると16名になる。どうかな?」
妹との共同作業、なんかいいなぁ。
「お願いします。入れてください」
こうして俺は、妹の所属するパーティー『チームA』に所属した。そのおかげで、10番街に辿り付けることは出来たのだが…10番街で選択を迫られることになった。
『このまま進む』か『ここまでで遊ぶ』かである。このまま進むと、街に戻れないらしい。この先で死ぬと、プレイキャラはモンスターとなり、プレイヤーを襲う趣旨のゲームになるらしい。
「まぁ、死ななきゃ言い訳だし。死んでもゲームオーバーでは無いし。俺は進もうと思うけど…一緒に来てくれる者はいるか?」
ファントムさんに選択を迫られた。この先に進まなくても、遊べる要素はある。だけど…
「俺も一緒に行きたいです。桃源郷がどういう場所か知りたいし」
「たっくんは、そう言うと思ったよ。ジールはどうする?」
考え込む妹の出した結論は…
「お兄ちゃんと一緒に行こうかな」
笑顔で俺の腕に抱きつくジール。そして、無理強いなしで、先を進むのは俺達を含む10名となった。それから半年を掛けて、森を抜けた。森を抜けるのに半年って、マップが広すぎるだろうに。
「このゲームを作ったプログラマーは、ドSプログラマーとして有名なんだよ」
ファントムさんが苦笑いしているし。で、森抜けると湖が有り、その湖畔には意味ありげな祠があった。
「ここに入れってことかな?」
ファントムさんを先頭に、祠に入ると、そこの見えない螺旋階段があり、地下からは生暖かい風が吹き上がっていた。
「これを降りろってことか?」
注意深く降りていく俺達。ここまで来て、街まで戻るって選択肢は無い。森を抜けるだけで半年かかるし。1週間掛かりで階段を降りきった。苦行系ゲームに思えた。敵は出ないものの、ただ階段を降りるだけって、とてもつらい。そんな苦行を終えた俺達の前に、迷宮が広がっていた。
「階段の次は迷路か。こんどはどんなドSな仕掛けがあるのやら」
ファントムさんの言葉は、かなり凹んでいるように思えた。妹は無言で、俺の腕に抱きついている。迷子になった時点で終わりになりそうだし。
そんな俺達に待ち受けていたのは、点在するオアシスである。オアシスには宿やお店があり、温泉もある。どれを利用して無料だという。そんな天国のような仕掛けは罠だったのかもしれない。オアシスのある道はハズレの道のように思えたからだ。オアシスを利用すると、ここまで来た道は無くなり、戻れなくなり、道を進むと螺旋階段のある部屋へ戻る仕組みのようだった。
「これは、オアシスに出会わないように、進める道を進むしか無いなぁ」
困り果てた声のファントムさん。豪遊三昧のゲームから足を洗い、本来のゲームに戻る事になった。ただ豪遊になれてしまったメンバーが5名脱落したのは痛い。当初10名いたメンバーも、森で2名脱落し、現在はファントムさんと俺と妹の3名パーティーになっている。大丈夫か、この先?不安しか無い。たかがゲームであるが、注ぎ込んだ時間を考えると、たががと言って良くない気がした。
◇
迷路の抜けると、突き当たりに張り紙があった。
『真実を知りたいか?』
張り紙の左右には『Yes部屋』と『No部屋』があった。ここで選択をすると、ルートが変わるのだろう。
「どうします?」
リーダーのファントムさんに訊いた。
「ここまで来たんだ。真実を知りたくないか?」
真実を選ぶとゲームオーバーになるかもしれない。相手はドSだしなぁ。
「真実を知ったら、お兄ちゃんが居なくなったら怖いなぁ」
妹が苦笑いを浮かべている。苦すぎたのか、目には涙を浮かべていた。
「じゃ、たっくんを先頭に、イエスにゴーだ!」
俺はファントムさんに背中を押されて、『Yes部屋』に押し込まれた。そこは夢で見た青年がいる部屋だった。どういうことだ?
「意外に早く戻って来たな」
戻って来た?
「真実を知りたいんだろ?」
夢で見たのとは違い、青年はその表情に笑みを浮かべてはいない。
「真実はいつだって、目の前にあるんだ。そう、これはゲームでは無く、真実なんだ。寧ろログオフしている状態の方が夢だったりするんだけどね」
何を言っているんだ?
「10番街を抜けてから、君はセーブし、ログオフした記憶は有るかな?」
そんなの当たり前…いや待てよ。ログオフしていない。セーブすらしていない。ずっと、ログオン状態だった。どういうことだ…
「君は僕に、既に3回敗れている。じゃ、4回目の転生をするか?」
彼がそう言うと、俺の身体が光の粒子に分解していく。
「転生すれば、元々の記憶が徐々に思い出せるかもな。今度こそ、正しい選択をした方がいいぞ、勇者カインよ!」
俺の視覚に最後に入り込んだのは、青年の敵意を感じ無い笑顔だった。