頭でっかちな不器用女子は苺タルトに憧れる
思いついて勢いのまま書きました。
内容なんてない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
強いね、って言われた。
強くありたいと思っていたから、普段ならまあね、って勝ち気に笑ってその評価を誇らしく思ったことだろう。
強いから、って彼は続けて、続けたのに、その先は沈黙に溶けたまま。
でも、言いたかったのは、きっと。
いつも理想を持っていた。こうなりたい、こうあるべきって姿があった。それは反面、こうはなりたくない、こうあってはいけない、っていう思いがあったから。
そのための思考も行動も惜しまなかった。ただその理想に向かって走った。走って、走って、走って、立ち止まってしまわないように。
東京に出て、誰もが羨む大企業に勤めることができた。
昇進を目指していた訳じゃないけど、意地悪な先輩や足元見る上司に舐められたくなくて、とにかくがむしゃらに働いた。いつのまに友達からキャリアウーマンなんてレッテルを貼られるようになって、それが嫌で恋人を作った。
貶められるのが嫌で、容姿にはいつも気を使っていた。だからあとは本やネットを駆使して、きつくみられがちな態度を矯正した。
恋愛経験値が低い自覚はあったから、少女漫画や恋愛ドキュメンタリーやドラマなんかで勉強した。
あとは実際付き合ってみながら、反省と改善を繰り返すことにした。これがなかなかに難しかった。
「ゆきは、本当に俺のこと好きなの?」
そう言われれば、なるほど愛情を示して欲しいのだろうなと思ったから、好きだよと返した。彼は不満そうだった。それがわからなくて、どうして?と尋ねれば、
「なんか、ゆきっていまいち俺に興味ある気がしない」
いわく、彼が夜遅くても、数週間連絡が途絶えようとも、女と遊びに行くと行った時でさえ淡白な対応しかしないから、と。
不思議だった。
彼は彼の人生を生きている、彼が何をしようが何を考えようがそれは私が干渉できるものではないと思っていたし、彼の言からは、干渉することが彼に興味を持つこととイコールになるのだろうことが窺い知れた、だがそれが不思議だった。
そうは言っても彼がそれを求めるならばと、定期的に彼の動向を聞くようにした。
最初は喜んでいた彼だったが、次第に煙たがられるようになり、「恋人というより、口うるさい母親みたいに感じる」と言われたきりついに連絡が途絶えた。程度の問題なのだろうか、と反省した。
こうやって何度か実践と反省と改善を繰り返しても、ついには別れるし、その理由は共通して愛情を疑われる類のものだった。
だから、今回もそういうことだと思った。
強いね、
強いから、
俺のこと、必要としないんだね。
「洋一さんは、私と別れたい?」
そう言うと、彼は一瞬傷ついた顔をした。
びっくりした。
彼のそんな顔は初めて見たし、そういう顔を人前でする人じゃないと思っていたから。
そんな、そんな顔をさせたかった訳じゃない。だけど、自分の発言の何がいけなかったかよくわからない。
そんな焦りが顔に出ていたのか、彼は少し表情を和らげた。けど、すぐに神妙な顔に戻った。何を、何を言われるのだろう。喉がなる音が妙に大きく響く。
「僕のこと、どう思う?」
あっと、思った。
慌てて好きだよ、と答えた。
言って、彼の表情を見て、ああ失敗したと思った。
もう、いいよ。ありがとう。
逸らされた目線は、もう私を写すことはなかった。
それから2ヶ月、彼から連絡が来ることはなかった。
終わった、のかな。スマホのランプの点滅が気になるようになった。気づけば休み時間の度にスマホを開いては、トークアプリをチェックしている。こんなことは今までなかった。
彼と最後にやりとりした言葉を思い出す。
話を遮ったから?
別れたいと結論を急いだのがいけなかった?
どう思う?の返答は、好きという言葉ではダメだった?
あの時彼は、彼はどんな言葉を欲していたんだろう。
わからない、わからないよ。
彼が、彼らが何を求めているのか。
そもそも、どうしていつも、私は。
「向いてないのかなあ」
私は、その日から恋人を作ることをやめた。
仕事に打ち込み、趣味を謳歌し、友達とほどほどに遊んでは、健康のために運動や料理も楽しむ。私の日常は恙なく進んでいった。
時折、思い出す。
彼らは、彼は、私にとってどういう存在だったのか。
生きる上で必ずしも必要な存在ではない。
現に私の生活は、こうして変わらず回っている。
街中で彼を見かけることがあった、同じようなスーツ姿の人の中で、彼だけが浮いて見えるような気がした。
隣には、可愛らしい女の子がいた。髪が綺麗で、ピンク色のコートが似合っていて。彼が話しかけると頰を上気させて笑った。彼も笑っていた。お互いの目には、お互いしか写っていないかのようだった。
そうなんだ、新しい彼女できたんだ。
よかったね。
口の中で呟いてさっさと歩き出した。
すれ違う瞬間、横目でチラと盗み見た。
彼と一瞬だけ目があったような気がしたけど。逸らして、足早にその場を去った。
彼の目に、あまり写りたくないと思ってしまった。
特に、ピンクのコートが似合う彼女と同じフレームの中では。
風がビュウと吹いて、寒くて、少し鼻がツンとした。今度新しいマフラーでも買おうかな。
早く、帰ろう。今日は暖かいシチューでも作って食べたいな。パン屋のバケット、売り切れていないといいな。
家に帰って、テレビをつけると、画面の中で綺麗なイルミネーションが瞬いていた。キャスターのお姉さんがサンタの服を着ていて、ああそうか今日はクリスマスだったと思い出した。
それならケーキでも買ってくれば、いややめよう。外は寒いし、きっとお店は混んでいてお目当ての苺タルトは売り切れているだろう。人気商品だから、きっと。
頭の中で、先ほどの光景がちらりと浮かんだ。ピンクのコートが似合う女の子、可愛らしくて、まるでドラマや漫画から抜け出てきたような。
静かな室内のなか、画面の中でキラキラと光るイルミネーション。なるほど、これが虚しいという感情かと彼女は唐突に理解した。それに少し感動しさえした。あまりにも静かな室内、子供の時クリスマスを待ち焦がれて歌ったのは、さてこんな曲だったか。
「ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴るー」
ふ、と笑いが込み上げる。
世間一般的に見て、三十路手前の女が、部屋に一人きりジングルベルを歌うなんて。
「今日は、楽しいクリスマスー」
なんだか、本当に楽しくなってきた気がする。
苺タルトでなくても、いいか。
あの店では苺タルトばかり食べていたけど、たまには違うものを開拓しても楽しいかもしれない。
なんならクラッカーも買ってしまおうか。
うきうきと浮き立つ心のまま、足取り軽く外に出た。
あ、と声を発したのはどちらだったのか。
ピンクのコートが似合う女の子は、隣にいなかった。
近くの公園で、さっき買ったおしるこはもう、ぬるくなっていた。
お店きっともう閉まっているだろう、クリスマスに残ったケーキが、どんな種類でどんな味なだったのか。
浮いていた心は、今は鉛でも飲んだように重く感じる。
「あのさ」
その先を促すように、漕いでいたブランコを止める。
あの、と言っては、次の言葉を探しているかのようだった。
あのときと似ているなあ、と地面を見つめながらその続きを待った。
だけど、彼は何も言わない。
そして私は再びブランコを漕ぎ始める。
わからないことは、わからなくていいことは、知るのを諦めた。答えが出ないこと、検証できないことを求めるのは、少し疲れたから。
そう考えて、ふと気付いた。
今まで連絡が途絶えた恋人と会う機会は無かったな、と。
彼が話さないなら、その繋ぎとして私が話してもいいだろうか。
彼にとっては、過去の、どうでもいいことだろうが、ちょっと答え合わせがしたくなった。
「あのとき、何て言って欲しかった?」
え、と彼の声が揺れた。
ぐっと、押し黙る気配がしたから、
「答えたくなければ、答えなくてもいいんだけど」
そう譲れば、彼は違う!と少し大きな、焦ったような声を出した。
びっくりして、彼と目が合った。
彼はいつも飄々としていた。
いつも顔には余裕の笑みを浮かべていて、怒ったこともましてや泣いたところなんて想像もできなかった。自信が顔に出ていて、いつも楽しそうに笑う。
その彼が、揺れる瞳で、今にも泣きそうな情けない顔で、違う、ともう一度言った。
「な」
なにが、という疑問は彼に遮られた。
「ゆき、ごめん」
「な」
なにが、という疑問はまたも言えなかった。
「俺、すごく自分勝手だった。というか、我儘だった!こうして欲しいのに、ゆきがそうしてくれないって勝手に駄々こねて。察して欲しいって、できないなら俺のことすきじゃないって、恋人じゃないって、、、うわーやだもう、こんな、こんな子供みたいな、いや子供とか関係ないな、えっとクソみたいなかまってちゃんな考えを、してて、」
暗くてよくわからないけど、彼は両手で顔を覆って天を仰いだ。
こんなマシンガントークの彼は初めて見た。
ぽかんと空いた口を閉じることもできない。
「謝りたくて!、、、いや、違くて、ああ待って謝りたいのも本当だけど!だから、えっと」
彼自身何を言いたいのか、固まってないのだろう。
いまいち要領を得ない話だ。だけど、不思議と聞きたいと、その先に自分の問うた答えがある気がした。
「本当は、」
彼は瞳を逡巡させてから、少し深呼吸をした。
「もっと早く連絡するつもりだったんだ、あの、話をしたくて」
「別れ話?」
「なんでそうなる!?」
「え?」
「え、あ、いやそうだよな、えっとそういう風に思うよな」
「私達もう別れてるんじゃないの?」
そう言うと、彼はくわっと目を見開いた。
「なんでそうなる!!?」
「え?」
「あ、、、!いや、、、まあ、そうだよな、普通は、そう思うよな」
彼は、ショックを受けたような顔で、へなへなとうな垂れた。
ブツブツ言っていて聞こえづらいが、俺が悪い、俺がと言っている気がする。
どうやら、別れたと思っていたのは私の思い違いらしい。
しかし、そうだとすると。
記憶の隅にちらりとピンクのコートが翻った。
「私って、彼女なの?」
彼は、もごもごと歯切れ悪く、「ゆきが、まだ俺の彼女でいてくれるなら」
私が、彼の恋人でいるなら?
恋人とは、複数いるものだっけ。ああ、たしかにそんな話を聞いたことがあるな。
ええと、いや、そもそも、ピンクのコートの彼女は、彼の恋人じゃなかった?
ええと、、、。いや、そうは聞いてないか。じゃあ、早とちり?
あれ?でも私達が別れてなかったことも、聞いてなかったよね。
いやまて、違うか、別れてなかったことなんて普通聞かないわ。
私達今も恋人よね?なんて確認したりしないものね。
あれ、じゃあ今までの恋人だったひとたちも、別れたとは聞いてないから、つまり私まだ彼らと別れてないってことなの?あれ??
まって、そもそも恋人って、恋人ってなんだっけ。
あああなにか、なにか言わなきゃ!
「い、苺タルト」
混乱した頭が出した言葉に、彼はもちろん、私も首を傾げた。
「えっと、洋一さん、苺タルト好き?」
「は?」
だよね!私も立場逆なら、は?って思うわ!
恥ずかしい。
私はこんなにダメなやつだっけ。
なんで、こんな、言葉が出てこない。
これでは、さっきと立場が逆ではないか。
朱に染まった顔が重くて、沈んでいく。
彼はそれをどう取ったのか、慌てて答えた。
「いや、甘いもの全般あまり好きじゃないけど」
「そ、そうなんだ。知らなかっ、、、」
あれ、と思った。
私、知らなかった。
彼が甘いもの好きじゃないなんて。
「あの、でもゆきがくれるんなら、なんでも食べるから!いやあの、食べたい!むしろ食べたいから!」
バレンタインにチョコレートを渡した。
彼は嬉しそうに食べていた。
でも。
彼は普段甘いものは食べなかった。家にはお菓子も無かったし、外でも甘いものを食べているところは見たことが無かった。
愕然とした。
こんなに知る機会があったのに。
考えれば、予想できそうなことなのに。
街中で見かけた、ピンクのコートの女の子。ふわふわと可愛くて、女の子らしくて、10人いたら10人が、私と彼女のうち彼女を選ぶだろう。
彼の瞳には彼女が写っていた、彼女の瞳にもまた、彼が写っていた。
私は?
私はどこを見ていた?
あのとき、繋がりそうな視線を逸らしたのは私だった。
どうして?
惨めだった。
私の視線には彼がいた。
彼が見つめているのは、ピンクのコートの彼女。
もし、彼が私のことを忘れてしまっていたら。
交わされない視線に、気付きたくなかった。
それに気づくくらいなら、無かったことにしたい。
ゆきは、ママの宝物よ。
パパの宝物でも食べあるぞ。
ゆき、パパもママも大好き。
パパ、帰ってこないね。
そうね。
ママ、あの女の人だあれ?
うっ、うっ、、、
パパ、どこに行っちゃったの?
ママには、ゆきがいるから大丈夫
ママの宝物よ、ゆきは
ゆきも、ママが大好き
お母さん、その人だれ?
子持ちなんて聞いてないぞ!
いや!やめて!お願い!1人にしないで!
あんたなんか、産まなければ良かった!
怨嗟の篭った目。
望んだものが返されないなら、最初から望まなければよかったのに。
知らなければよかった、知らなければこんな辛い思いはしなかった。
愛さなければ、愛されないことに絶望することもなかった。
ポロポロと目から溢れた涙に気付いて、彼はぎょっと目を剥いた。
強くありたい、傷つかないように。
誰も愛さない、傷つかないから。
でも。
「強くなんか、ない」
彼は息を飲んだ。
あのとき彼は言ったんだ、
強いな、
強いから、
「強くなんか、ないよ」
強くなりたいってことは、強くないってことなんだ。
彼は泣きそうに顔を歪めた。
その顔を見て、ふと、男前が台無しだなと思った。
ああでも、彼には、なんだか、その情けない顔の方がしっくりくる気がする。
そう思ったのも一瞬のことで、彼の顔はすぐに見えなくなった。
「い、苺のタルトだってなんだって!ゆきがくれらなら!好きだから!!モンブランでも砂糖の固まりでも!好きだから!!」
一瞬、砂糖の塊を渡すと、顔を引きつらせながら無理に食べる彼の姿が思い浮かんで。
おかしくなって、ふ、と笑ってしまった。
背中に回された手、触れたところからじんわりと暖かさが伝わってくる。
人って、こんなに暖かかったんだ。
その背に、そっと手を回した。
「ガムシロップも、飲み干してくれる?」
見上げた彼は想像通り一瞬引きつった顔をしたけど、顔を緩ませてもちろんと笑った。
その瞳には、悪戯ぽく笑う私。
彼はそんな私を見て、目を潤ませる。
私は、彼が何をして欲しかったのか問うた。
それは今までの恋人も共通してわからなかったこと。
なるほど、彼らは、ううん、彼は、私に意地悪をして欲しかったのね?
「これからは白米の代わりに、お砂糖を主食にしようか?」
「勘弁してくれ」
なんてね。
Fin.
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ところであの女の子は誰だったの?
えーと、あ、その、えーと。
う、ごめんなさい。合コンで知り合った子で、
...そうなんだ。
ごめん!ちがう!俺にはゆきだけだから!友達に頼まれたから仕方なく!!
...へえ?
そんな目で見ないでくれ!くそっ、あいつのせいで!!あ、ゆき、ゆきさん!置いてかないで!
後日、彼の食卓には、ガムシロップのスープ(原液)、茶碗一杯のグラニュー糖(上に梅干し)が並んだ。
ヒーローはヘタレでおバカなダメンズ。年の離れた姉や兄にいじられながらも溺愛されて育った。
ゆきさんとは、近所のスーパーで見かけて一方的に一目惚れ。曰く、ネギを真剣に見つめる横顔に惚れたと。ツテを使いまくって友人の紹介と後押しで交際にこぎつける。以来、その友人には頭が上がらない。合コンもその友人の命令で参加。そして友人が目当ての人と2人きりになりたいが為にピンクのコートの彼女を送れと命令された。
ゆきの歴代彼氏が大人っぽくて余裕のある人と聞いて(彼の友人の嘘であることが後に発覚)それっぽく振る舞っていた。
ゆきの母親は、すわ新しい恋人と再婚かというところでタイミングよくゆきに邪魔されたと思い、癇癪を起こす。今は離れて暮らしているが、娘がいないとそれはそれで寂しいと思ってる。




