08
夕方、フェールはランドとヴァイスと共に帰ってきた。
「ロゼ」
ヴァイスは駆け寄るとロゼを抱きしめた。
「悪い夢を見たんだって? 大丈夫か?」
「ヴァイス様……大丈夫です」
「……お前たち、いい加減離れろ」
「まあまあ。諦めなよお兄サマ」
ランドは抱き合ったまま見つめ合うロゼとヴァイスに苛立つフェールの肩を叩いた。
「で、頼んだものはあるのか?」
「今探させている」
「頼んだもの?」
ロゼはランドを見ると首を傾げた。
「今回の一連の事の鍵になりそうなんだ」
「それは……?」
「その前にロゼ、嫌でなければ夢で見た事を詳しく聞かせてくれるかい」
「――はい……」
ロゼは頷いた。
応接室へと移動すると、ロゼはランド達に今朝見た夢を語った。
思い出すのは辛かったが、ヴァイスがずっと手を握っていてくれたので最後まで話す事が出来た。
「酷い夢だな」
話し終えたロゼをヴァイスが抱きしめた。
「君は幼い時にそんな夢を見ていたのか……可哀想に」
「――それで、この夢の意味が分かるのか?」
苦々しげな表情でロゼたちを横目で見ながら、フェールはランドに尋ねた。
「ああ……お前から話を聞いて思い出した」
ランドは一冊の古い本を取り出した。
「この本には、かつて異端と呼ばれた者達の記録が載っている。異世界から来た渡り人の事も載っていた。それでここに……」
栞が挟んであるページを開く。
「昔、不思議な力を持った娘がいたという記録がある。自然を操り病気を治すその力は最初ありがたがられていたが、やがて恐怖を覚えた人々によって娘は魔女と呼ばれ、封印されたという」
「……ロゼの夢と同じだな」
「問題はその娘の名前だ」
ランドは本の一部を指差した。
「娘の名はセレネ・ノワール、とある」
「ノワールだと?」
「そう。封印されたのは五百年近く前で、彼女はこの国の北部アートルム地方の一領主の娘だった」
ランドはフェールを見た。
「あの頃ノワール家はまだアートルム地方全域を治めてはいなかったな」
「――それで古い家系図を見たいと言ったのか」
「ああ。該当する者がいるか確かめたい」
「セレネ……」
「ロゼ?」
ヴァイスはロゼの顔が青ざめているのに気づいた。
「大丈夫か」
「……ええ……」
「失礼いたします」
執事が数冊の本を持って部屋に入ってきた。
「頼まれたものをお持ちしました」
「ああ。――五百年前と言ったな」
本を受け取るとフェールはページをめくっていき……やがてその手が止まった。
「確かにセレネという名の娘がいるな……十八歳で病死とある。銀色の髪に天青石色の瞳を持ち、その美しい容姿と優しい性格で人々を癒す姿から〝月の女神〟と呼ばれていた、と」
「女神……」
ルーチェははっとしてランドを見た。
「繋がったな」
ランドは口角を上げた。
「強い魔力を持ち、ロゼと縁のある女神と呼ばれる存在が」
「……だがここにはセレネが魔女だとは書いていない」
「書けなかったんだろう。一族の汚点だからか……彼女を哀れんだか」
「……わたし……」
「ロゼ?」
「わたし……知ってる……」
身体を震わせながらロゼは言った。
「みんな……最初はこの力を凄いって……奇跡だって喜んでいたのに――」
手をきつく握りしめる。
「そのうち……私の事を魔女だって……バケモノだって、みんな見るの。あの目が……」
「ロゼ」
「怖い……あの目……いや……」
「ロゼ!」
ルーチェはロゼの手に自身の手を重ね魔力を注ぎ込んだ。
淡い光がロゼを包み込む。
「もうずっと昔の事よ……今はもう誰もそんな事はしないから」
「……ルーチェ……」
大きな雫が瞳からこぼれ落ちた。
「――ロゼにはそのセレネの記憶があるのか?」
フェールが頭を撫でながら尋ねると、ロゼは頷いた。
「少しだけ……」
「ロゼが……そのセレネだと言うこと?」
「……それは……多分違う……」
ルーチェの問いに今度は首を横に振った。
「でも知ってるの……怖くて苦しいって……」
「……共鳴しているのかもしれないな」
ランドが言った。
「共鳴?」
「お前たち兄妹は共鳴するのだろう。それと同じように、ロゼは一族の血を引くセレネに共鳴しているのかもしれない」
「共鳴……」
ロゼは呟いた。
自分の先祖だというセレネ。
彼女は苦しみを知ってほしいと……自分に訴えていたのだろうか。




