07
『おのれ魔女め』
『なんとおぞましい……』
幾つもの冷たい視線と黒い感情が身体に突き刺さる。
『くそ……何故死なないのだ』
『埋めてしまえ』
『埋めてもまた出てくるぞ、何せ魔女だからな』
『このバケモノが!』
無数の石が雨粒のように降り注ぐ。
けれどもはや痛みは感じなかった。
ただただ悲しかった。
どうして……人より違う力を持っているだけで。
『死なぬならば封じろ』
『二度と外へ出すな』
どうして。
どうして。
「わたしは……ただ――」
最期の言葉は暗闇に覆われてどこにも届かなかった。
「……ロゼ!」
黒い闇を白くて温かな光が包み込んだ。
「……あ……」
目を開けると泣きそうな顔でこちらを見下ろす親友の顔があった。
「わ……たし……」
「うなされていたのよ」
ルーチェはロゼの額に浮いた汗を拭き取った。
「悪い夢を見たの?」
「ゆめ……」
あれは夢だったのだろうか。
それにしてはあまりにもリアルで……感触も感情もはっきりと覚えている。
大勢の人々に取り囲まれ……。
「や……」
「ロゼ」
ルーチェは震えだしたロゼの身体を抱きしめた。
「大丈夫よ、もう大丈夫」
温かなものがロゼの身体を包み込んでいくけれど震えは止まらなかった。
「ロゼ!?」
扉を叩く音とフェールの声が聞こえた。
「……入って下さい」
ルーチェの声にバタンと乱暴に扉が開かれる。
「ロゼ……」
ルーチェの光に包まれながらも苦しげなロゼの表情にフェールは眉を曇らせた。
「何があった」
「悪い夢を見たようです……」
「……ない……」
ルーチェの腕の中から小さな声が漏れた。
「ロゼ?」
「夢じゃないの……皆が私を……石を投げて……殺せって……封じろって……」
虚ろな瞳が宙を泳ぐ。
「私は……魔女だから……バケモノだからって……」
「魔女……?」
「ロゼ、それは夢よ、あなたの事じゃない」
「私なの……私は……いや……私は……っ」
「ロゼ!」
呼吸が乱れ始めたロゼを一際強い光が包み込んだ。
ロゼの身体から力が抜けた。
意識を失い、くったりとした身体をそっと抱きしめる。
「……ロゼはこれまで夢でうなされた事は?」
汗で乱れた髪を撫でながら、ルーチェはフェールを見上げた。
「幼い頃はよくあった。目覚めると内容は忘れていたが、ひどく恐ろしいものだったらしい。戻ってきてからは一度もなかったから安心していたのだが……」
フェールは深く息を吐いた。
「何かきっかけがあったのだろうか」
「――そういえば昨夜……ヴァイス様のお兄様が怖いと言っていました」
「ディランを?」
「あの目が怖いと、ずっと昔から知っていると……」
ルーチェは首を傾げた。
「ディラン様とは……そんなに怖い方なのですか」
「いや……確かに公爵家の人間としては問題が多いが。見た目は人の良さそうな顔だ。……だがロゼは相手の内面にある悪意に敏感なようだからな、外面は関係ないのだろう――それにしても」
フェールはそっとロゼの頭を撫でた。
「ずいぶんと酷い夢を見たのだな」
「はい……」
「――魔女、と言っていたな」
「……はい」
ルーチェはフェールを見上げた。
「何か……意味のある夢なのでしょうか」
「ランドに聞いてみよう」
フェールは立ち上がった。
「昨日は無理をさせてしまったかもしれないな」
実際のパーティのように何曲も続けて踊ったのだが、ダンスに慣れていないロゼにはかなりの負担だったかもしれない。……その疲れで悪夢を見せてしまったのだろうか。
「私は王宮へ行く。今日は勉強はなしにして休ませよう。ロゼを頼む」
「承知いたしました」
フェールが部屋から出て行くのを見送ると、ルーチェはロゼへと視線を戻した。
(魔女……なんてこの国にいたかしら)
ルーチェの知る限りでは聞いた事はない。
日本にいた時の記憶なのか、それとも……。
「……ん……」
ロゼが身動いだ。
「ロゼ」
数回瞬いた瞳がルーチェを捉えた。
「……ルーチェ……」
「大丈夫?」
ロゼの瞳を覗き込んだルーチェは、異常がなさそうな事にほっとした。
「わたし……」
ロゼは身体を起こそうとした。
「ずいぶん酷い夢を見たみたいね」
ルーチェはロゼが上体を起こすのを助けながらその背中を撫でた。
「……あれは……夢じゃないわ」
「え?」
「あの感覚は……本物だったもの」
ロゼは視線を自分の手元へと落とした。
「……暗い、洞窟みたいな場所の……深い穴の中に落とされたの。皆が私のことを魔女だって、危険だって……石を沢山落とされて」
「ロゼ」
「私を殺したいけど死なないの。魔女だから……だから生き埋めにして……封印して」
「ロゼ、やめて」
震え始めたロゼの手をルーチェは握りしめた。
「それは夢よ。もう忘れて」
「忘れていたわ」
ロゼは顔を上げた。
「思い出したの。小さい時見ていたわ、何度も何度も。あれは本当にあった事だわ、私が――」
言いかけて、ロゼは目を見開いた。
「……ロゼ?」
「あれは……私じゃないけれど私なの」
ルーチェを見つめてロゼは言った。
「どういう事……?」
「あれは昔、本当に起きた事だわ。その記憶が……ここに残っているの」
ロゼは自分の胸を押さえた。
それはただの夢というにはあまりにも生々しい――〝記憶〟と呼ぶべきものだった。
魔女と呼ばれ、向けられる憎悪の感情……。
「ロゼ」
ルーチェはロゼの手を握る手に力を込めた。
「たとえ本当だとしても、昔の事なのでしょう。ロゼには関係ないわ」
「――何度も夢に見ていたのに?」
ロゼは顔を上げた。
「あれはきっと、私に関わる事なんだわ」
ルーチェをまっすぐに見つめてロゼは言った。