01
「ロゼ、もういいから。……ロゼ!」
ハッとしてロゼは手を止めた。
「あ……すみません、つい夢中になってしまって……」
手にしていた針と布をテーブルの上に置く。
「私も本を読みだすと止まらなくてね、よく食事の時間を忘れては怒られていたよ」
笑ってそう言うと、ランドは置かれた布を手に取った。
「やっぱり魔力を感じるね」
布にはロゼが刺した花柄の刺繍があった。
「刺繍をしている時のロゼからも、少しだけど魔力を感じた」
「本当ですか」
「無心になって集中していると魔力が出てくるんだろう。……という事は普段はあえて魔力を封じているという事だろうな」
「……私は何も……」
「無意識にやっているんだろう」
ランドは布を置くとロゼに向いた。
「意識して魔力を出せるようになれればいいんだけど」
「はい……」
「確か子供の時は量が多すぎて自分では手に負えなかったんだな」
こくりとロゼは頷いて、自分の手のひらを見た。
ベッドから離れられるようになった頃――今思えばあれがランドの祖父だったのだろう、魔力をコントロールする指導を受けた事があった。
だがどうしても自身の体内を巡る魔力を制御する事ができず、制御しようとすればするほど魔力が溢れて高熱を出してしまい、出来なかったのだ。
あの時の苦しさと怖さは、今も覚えている。
「――ロゼ、魔力が怖いと思っている?」
ぎゅっと手を握りしめたロゼを見つめてランドは言った。
「……はい……」
「その恐怖心で普段は魔力を封印しているんだろうな。好きな刺繍に熱中している時は忘れていられるんだろう」
「恐怖心……」
ロゼは顔を上げた。
「魔力は本来怖いものではない。我々色持ちの身を守るものだ。君の身体の一部なんだから怖がらずに仲良く付き合ってあげて。ね」
優しい眼差しでランドは言った。
「……はい」
「ロゼの魔力は優しくていい魔力なんだから」
頷いたロゼの頭をくしゃりと撫でた。
「ところで今日はルーチェは来られないのか?」
「……来る予定なんですけれど」
「殿下が足止めでもしてるか」
ふ、とランドは笑みをもらした。
「あの殿下が目をつけるとは、やっぱり彼女は〝光の乙女〟なんだろうね」
ロゼがヴァイスと街へ出かけていた日、ルーチェがユーク付きの侍女になったと聞かされた。
ロゼの事でフェールに意見している所を聞いたユークが、ルーチェの事を気に入ったらしい。
(確か……ゲームの時は、執務室付きから王太子付きに変わると一気に好感度が上がったのよね……)
いつも周囲に甘やかされていたユークは、正義感が強く身分が上でも臆さず意見するヒロインに興味を持ち、自分付きにする。
そして自身に対しても態度を変えないヒロインに惹かれていき、それまで我儘だった態度を改め、良き王になろうとしていくのだ。
(殿下も変わってくれるかしら)
ユークに振り回されている兄やオリエンスを思い浮かべていると、扉をノックする音が聞こえた。
「遅くなりました……」
疲れた表情のルーチェが顔を覗かせた。
「やあ、ちょうど君の話をしていたんだ。殿下に足止めされているんじゃないかって」
「――そうですね……」
部屋に入ってきたルーチェはため息をついた。
「昨日から、今日はこちらに用があると伝えていたのに、聞いていないだの下らない命令を次から次へと入れようとするんで……」
そう言うとルーチェは右手を上げて指を握りしめた。
「思わず拳骨入れてきました」