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「ここから王都が一望できるんだ」
ロゼとヴァイスは馬車で王都から少し離れた丘の上に来ていた。
緑に覆われた見晴らしの良いその場所の、川向こうに王都が広がっている。
「素敵な景色ですね……」
都の中心にそびえている二つの塔は王宮だろうか。白い壁の並ぶ王都の向こうには山々が聳えているのが見える。
「あの山の麓がノワール家の領地だったな」
ヴァイスが指差した。
「……そうですね」
領地に行ったのは五歳の時きりで記憶もおぼろだったが、確かにあの事故の起きた湖は山のすぐ側だった。
「ロゼは領地の街に出かけたことはある?」
「いいえ……」
「そうか」
ふいにヴァイスはロゼの顔を覗き込んだ。
「その割には街歩きに慣れているようだったが」
「え……」
「今日行ったのは、普通の貴族は行かないような、平民が行く場所ばかりだ。だけどロゼは平民の中に入っても平気そうだったな」
穏やかな笑みを浮かべてヴァイスはロゼを見つめた。
「平民の食事も美味しそうに食べてたし、雑多な通りを歩いても楽しそうだった」
「……ええと……」
「ロゼは他の貴族令嬢みたいに澄ましていないし、街に溶け込んでいるが平民には見えない。不思議だな」
ヴァイスに疑う様子はなく、だだそう思っているようだったが――ロゼは胸の苦しさを覚えて顔を伏せた。
「ロゼ?」
「あの……ヴァイス様。私……嘘なんです」
「嘘?」
「ずっと領地で伏せっていたというのは……違うんです」
「……どういう事だ」
伏せたロゼの頬に手を添えると、ヴァイスはその顔を上げさせた。
「私は……十三年間、別の世界で生きていたんです」
ロゼはヴァイスに自分の身に起きた事を語った。
五歳の時に魔力の暴発で別の世界に飛ばされてしまった事。
向こうの世界では貴族ではなく、平民として暮らしていた事。
そして二ヶ月ほど前に突然この世界に戻ってきた事。
それからランドに言われた自身の魔力の事。……もしかしたら、また別の世界へ飛ばされてしまう可能性がある事も。
「――そんな事があったとは……」
口を挟む事なくロゼの言葉を聞いていたヴァイスは、話し終えたロゼの身体を抱き寄せた。
「君がこの世界に帰ってこれて良かった」
「……ヴァイス様……」
「ロゼと出会えなければ……自分にこんな心がある事を知らなかった」
ロゼの頬を撫でるとヴァイスは撫でた部分にキスを落とし――びくりと震えたロゼの身体を抱きしめた。
「ロゼ。俺の妻になってほしい」
ヴァイスの腕の中でロゼは目を見開いた。
「初めて会った時から惹かれていた。君だけなんだ、触れたいと思うのも……愛しいと思えるのも」
「ヴァイス様……」
「ずっと俺の傍にいてほしいんだ」
ロゼは顔を上げた。
紫水晶のような瞳が――愛おしそうにロゼを見つめていた。
「……私……も……」
瞳に引き込まれそうになりながらロゼは口を開いた。
「ヴァイス様と……ずっと、一緒に……いたいです」
ヴァイスは嬉しそうに目を細めるとロゼの身体を離した。
そして、ロゼの前に跪いた。
「ロゼ」
左手を取ると、その薬指にはめられている指輪の紫水晶に口づけた。
「俺の全てをかけて君を守る。君がどこへも行かないようこの世界に繫ぎ止める楔となろう」
指輪と同じ色の瞳がロゼを見上げた。
「ロゼ。俺と結婚してほしい」
「――はい……」
頷いたロゼの瞳が潤んだ。
「ヴァイス様……」
「ロゼ。愛している」
目の前の胸へと飛び込んできたロゼをヴァイスは強く抱きしめた。