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絶対にモテない男 ~確率編~

作者: 安藤ナツ

 モンティ・ホール問題。

 そう呼ばれる確率論の問題がある。


①三つの箱に一つだけアタリが入っている。まあ、一〇〇万円にしておこう。


②あなたはその中から一つを選ぶ。


③あなたに選ばれなかった二つの箱から、外れの箱を一つ除外する。


④あなたは最初に選んだ箱から、③で残った箱に選び直しても良い。


 なんて言うか、パーティーの余興として盛り上がりそうなゲームだ。実際、元々はテレビ番組の一コーナーだったらしい。それがどうして数学の、しかも確率論の問題になっているのかと言えば、この問題は明確に④で箱を選び直した方が得――つまりはアタリを選ぶ確率が高くなるらしい。この『らしい』を廻って問題へと昇華されたのだ。

 直感的に考えると選び直しても直さなくても確率はそう変わらない気がする。

 自由ヶ丘利人にこの問題について訊ねると『確率ってのはそう言うもんさ』とシニカルに笑っていた。どうやら、確率論は非常に直感的ではなく、理屈を受け入れることができても、納得し難い分野であるらしい。

 ちなみに、このモンティ・ホール問題を考える時は、箱の数を一〇〇個で考えれば良いと言うのは利人の言い分だった。一〇〇個の箱の中から一つを選び、残りの九九個の中からアタリでない箱を九八個取り除く。

 なるほど。確かにそれならば、多くの人間は選び直すだろう。

 でも、それって問題変わってない? 要するに、最初の自分の選択に殆ど意味はないってことなんだろうけど釈然としない。

 このモヤモヤとした感じ。それが確率論らしい。

 そして確率論と言えば、私と利人の間にはこんなエピソードもある。私の中で『タコの預言者問題』と名付けられた話題で、確立と言う分野の難解さを知ると共に、もう一つ私の心に確かな確信が芽生えた、重要な意味合いを持つ問題である。


 …………。


 いや。実際はそんな大仰な問題じゃあないんだけど。

 この問題の始まりはとあるテレビ番組で、そう言う意味ではモンティ・ホール問題と同等の価値があると言えるかもしれない。概要は単純な物で、ドイツの動物園(水族館だったかもしれない)のタコが、ワールドカップの八試合の勝敗を見事に的中させたと言うニュースに由来する。

 その事を知った私は『タコって凄いんだな』と言う気持ちを共感したくて利人にこの話をした。彼は何時も通りに言葉少なに私の拙い説明を辛抱強く聴き終えると、


「ニュースにする程の確率じゃあないな」


 まるで興味を示さず、退屈そうにそう言った。

 は? 今、私、確率の話しをした?

 

「千恵。ニュースなんて見ないで、勉強した方が良いぞ」

「ニュース見て怒られるの!?」

「あんな物を見るから世の中が狭くなるんだ」


 滅茶苦茶なことをのたまう利人。何時も思うのだが、コイツは絶対に自分を中心に世界が回っていると思っているに違いない。自分の好奇心の対象にならないモノは時間を割く必要のない些事で、それに執心する人間のことに興味がないのだ。


「でもさ、タコがサッカーの試合結果を当てたんだよ? 凄くない?」

「凄くない」

「八試合連続だよ!?」

「一〇〇〇試合連続だったら信じてもやれるが、八回程度じゃあな」


 いやいや。八回って凄いでしょ? だって、八回連続でコイントスして、八回連続で表が出るなんて奇跡だろう。少なくとも、私はそんな経験がない。


「そもそも、八回連続でコイントスするってどんな状況だよ」

「ナッシーのたまなげとか? 八枚エネルギーカード付けてさ」

「だからどんな状況だよ」


 まあ、確かに。言われて見れば、そんなにコインを投げる機会がそもそもないか。


「仮に連続八回してコインの表が出る確率は一/二五六だ」

「一/二を八回かけるんだよね?」

「そう言うこと」


 二。四。八。一六。三二。六四。一二八。二五六。

 小学生の頃、何処まで数が続くのかと、利人と一緒に延々と計算した事があったなぁ。


「この一/二五六って言う確率は、全然大した確立じゃあない。千恵の学校って生徒数一〇〇〇人くらいだったか? だったら、全校生徒にコイン投げをやらせてみろ。一度目で五〇〇人の生徒が表を出すだろう。二回目には二百五十人だ。三回、百二十五人。四回、六十二人。五回目、三十一人。六回、十五人。七回、七人。最後、八回目、三人。ほら、三人も八連続で表を出した。勿論、多少は増減するだろうが〇人の方が珍しいだろうな」


 当然のように利人はそう言う。確かに、そう説明されると、一〇〇〇人いれば一人二人は八回連続で表を出し続けても不思議ではない気がしてくる。

 でも、納得がいかない。

 いや。まあ、百歩譲ってそうだとしても、タコの問題とは別だ。

 危ない危ない、論点をすり替えられて騙される所だった。


「で、でも! コイントスはそうかもしれないけど、タコの話とは違うくない? だって、タコは一回しか挑戦してないんだよ?」


 乾坤一擲!

 そう。タコはたった一回のチャンスをモノにしたのだ。ワールドカップの勝敗予想を一〇〇〇回もしたわけじゃあない。

 得意気にそう言う私に、利人は「やれやれ」と肩を竦めて溜息を吐いた。


「確かにそのタコに与えられたチャンスは一度だったかもしれない。でもよ、他の動物園だとか水族館はどうだ? 多分、似たような事をやっている園は沢山あったと思うぜ? タコだけじゃあない。人間だって予想はしただろう。テレビ局でも予想したに違いないし、スポーツバーだとか、学校の部活だとか、会社の余興とかな。その中で、偶々当たったのがそのタコだっただけだ。そして物珍しいからタコが取材を受けただけだ。わざわざ予想を外したタコだとかチンパンジーだとか高校生を取材する意味はないからな」


 あああ!!!!

 そう言う正論止めろよぉ!

 私はただ『凄いね』って言って欲しかっただけなんだよぉ!


「な、なるほど? で、でも、タコが予言者だった可能性は否定できないよね?」


 苦し紛れに私が反論にもなっていない反論を口にすると、「まあ、そりゃそうだ」憐れみ染みた同意を頂いた。そして利人の台詞は続く。


「けど、コインの表面を八回連続で出したからと言って、誰もが超能力者ってわけじゃあない。超常的な原因を考えるよりも、試行回数でどうにかなる事案だと考えた方が正しそうだろう? 千恵は、八連続で表を出した同級生が次も必ず表を出せると信じられるか? 命賭けられるか? 神秘ではなく、偶然だと思うんじゃあないか?」

「た、確かに」

「ったく。余所でこの話を『凄い』なんて言うなよ? 馬鹿だと思われるだけだぞ」


 …………。

 はい。以上が『タコの預言者問題』とその会話の全てです。

 私はこの事件を切っ掛けに確率論に対して私の直感が何の役にも立たないことを知り、数学の授業をより真面目に受ける決心をすると共に、自由ヶ丘利人と言う個人に対してる確信を抱きました。


 コイツ、絶対モテないだろ、と。


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